第11話 親2
店の扉にクローズの札を下げて藤沢くんと話をした。藤沢くんはしばらく何も言わなかった、私も無理に聞こうとは思わずに黙って側にいた。自分の中で整理がついたのか、藤沢くんは口を開いた。
「ここで色んな人を見てきた。みんな精一杯悩んでいたのが羨ましかった。僕は前に進めない。何をしても父さんがちらつくんだ」
高校生が家に帰らないなんてよほどのことだよね。私はかける言葉が見つからなかった。何て言ったらいいのだろう。
私の家は愉しい父に料理好きな母、私は一人っ子で大事に育てられた。友達に話すと「いいなードラマみたいに理想の家」って言われる。少し嬉しかったけれども違和感があった。ドラマみたい、作り話みたい、そう言われている気がした。だって私の家を羨ましいって言った友達のほうが私よりも愉しそうにまっすぐに一生懸命生きているから。
友達はいつもまんざらでもない風に家族の悪口を言っている。私には自慢に聞こえる。それが本当に仲良しの家族なんじゃないかって思っていた。
でも目の前の藤沢くんは違う。本当に苦しんでいる。
「子どもに執着しているんだよ。私もそうだった。気づかないんだよ、本人は。」
マスターが声をかけてきた。何だろう……。藤沢くんのお父さんと雰囲気が似ている気がする。気のせいかな。マスターは続けた
「私は家族のためを思っていた。妻が危ない目に遭うと妻を責めた。何かあったらどうするんだと怒鳴りつける。心配だからね。でもそれは妻を一切信用していないということなんだ。妻に何かあったら自分が哀しいから怒ってしまうんだ。自分が思い描く結末だけが正しいと思い込んでいる。だからそれから外れた出来事に対応する力を持っていない。予想外のことにひどく動揺する。解決への方向、やり方が解らずに焦り、出る感情は怒りだけだ。愚かだよ。でも家族を大事に思っているのは本当なんだ」
マスターの話だろうか、藤沢父の話だろうか。途中から解らなくなってきた。
「家族は所有物ではない。私はずっと緊張して生きてきた。そのせいか解らないが病気であっけなく死んだ、四十三歳だったよ。病は気からとはよく見つけた言葉だ」
マスターって死んでたの? びっくりしたけれどすぐに納得した。
マスターは過去を悔やんでいるために成仏出来なかった。
「何人助けると成仏するの?」
「さあ、許された時だろうね」
人数ではないようだ。
「私は生きている時、自分勝手で他人を馬鹿にしていた。しかし実際にやってみると解る。見ているだけとは全然違うと。自分が恥ずかしくなったよ。毎日の食事に掃除に洗濯、当時は当然のように妻に全てをやらせていた。そして少しでもミスがあると文句を言う。息子にも同じことをしてきた、ずいぶん厳しくしたよ。いや厳しいなんて言ってはいけないな、現代なら虐待だ。自分が出来もしないことを口先だけで偉そうに言っているだけだった」
マスターの告白を黙って聞いている。藤沢くんは怖い顔をして下を向いている。
「片瀬くん、私はどういう人間に見える?」
「人当たりが良さそうな雰囲気で落ち着いて見えます。まさに喫茶店のマスターって感じですね」
私は思ったことをそのまま言った。マスターの告白内容と同じ人物とは思えない。本当に、人は見た目だけでは解らない。藤沢くんのお父さんだってそうだ。藤沢父が来店した時、私はまず良いお父さん像を思い浮かべた。まさか子どもに手を上げるなんて、しかも人前で。もし彼がここの常連になったとしても、家庭での本性は解らなかっただろう。
「マスターが死んで、息子さんはどうなったの?」
「一度は泣いてくれたよ。けれども私への憎しみは消えないようだった。墓参りは義務でやっているのが解る。息子は【理想の父・家族】というものを知らずに家族を持った。結果自分の息子にも私と同じことをしている。私は申し訳なくてね」
マスターは藤沢くんの方を見た。
「拓也、ごめんな。私が至らないから孫のお前にまで同じ思いをさせている」
藤沢くんが顔を上げた、驚いている。私も驚いている。藤沢くんがマスターの孫? つまりマスターは藤沢父と親子って事?
「私は拓也が生まれる前に死んだし遺影は四十三歳当時のものだからね」
マスターはいつも以上に優しい目で藤沢くんを見つめた。
「おじいちゃん……? 本当に?」
おじいちゃん、と呼ばれてマスターの目尻により一層
「藤沢くんのお父さんとマスター、どこか雰囲気が似ていたもんね」
「似ている……? マスターと父さんが?」
「うん、そう思わなかった?」
今の藤沢父くらいの年代にマスターは亡くなったと思う。マスターをもう少し若くしたら藤沢父のような感じになるんじゃないかと思った。
「すぐ怒鳴る、食事中にいつも怒っている、テレビを見ている時に物音をたてると怒る、家事は一切やらないが文句ばかり言う。お父さんはそうじゃないか?」
マスターに聞かれて藤沢くんは言い当てられた、という顔をしている。
「私がそうだったからだよ。あの子は大嫌いな私に似てしまったことに気づいているのか」
「DVじゃん!」
思わず発言した。祖父と孫の初対面というちょっと感動の場面にそぐわなかったか。
「そうなの?」
藤沢くんが目を丸くして驚いている。
「そうだよ、怒鳴るのだって暴力なんだよ」
これは私も最近知った。情報番組や新聞でDVの記事を見ていると書いてある。怒鳴ったり大きな物音をたてる事も暴力だって。
チーン。オーブンの音がした。
「とりあえずランチにしようか」
マスターがいつもの落ち着いた表情で言った。メニューはドリアだ、やったね。けれども少し気まずい空気だった。
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