死霊術師の朝は早い

上屋/パイルバンカー串山

死霊術師の朝は早い

 朝靄の彼方より人影が歩く。

 昇りかけの朝日が柔らかに差し、海辺の潮の香がかおる砂の道を歩いている。

 静かに響く潮の音は、遠く古より変わらず砂浜を行き、砂浜を戻る。

 砂を踏みしめる音はリズミカルで軽い。人影――少女の体重が軽いせいだろう。

 行く先は、砂浜の丘にある粗末な小屋。




「じっちゃ! 起きとるけ!」


 輝く瞳と日に焼けた小麦色の肌、タンクトップの少女は元気よくかつ躍動的に軋む戸を開け放つ。


「おう、カナカ。起きとるぞう」


 しわがれた声が出迎える。黒髪短髪の少女=カナカに祖父はしゃがんで背中を向けたままだ。


「じっちゃ、母ちゃんが朝飯つくってくれとうよ」


 掲げたバスケットを開く。ラップに包まれた焼き味噌の握り飯。キュウリの浅漬け。


「今はいらん、まずは仕事終わってから飯じゃ。男は飯くわんともまずは仕事じゃ」


 小屋の中は熱気に溢れていた。小屋の中央にはジャングルジムのような鉄棒で組まれた棚がある。


「まーたじっちゃ朝から酒飲んどる! 飯くわんと酒ばっか飲んじゃダメとセンセェも言うとったがね」


 祖父の横には焼酎の紙パックが転がる。書かれた商品名「どどめ色霧島」。杯はかけた縁が目立つドンブリ。


「酒はお清めじゃあ。それに一杯引っ掛けたほうが調子がでるわ」


 祖父が立ち上がる。低めの天井に白髪塗れの頭がかすりかけるほど背は高い。やや痩せたが、まだ全身に締まった筋肉を纏う。煮しめたように焼けた肌は、老人が若い頃から太陽がギラつく海を生きる場所としてきたことを教えている。


「それにのう、これで一段落つくわぁ」


 汗が浮かぶ白Tシャツと短パン。両手に握られた太い鎖を懇親の力を込めて老人が引っ張る。


「ほおれ、大人しくせいや!」


「おおお……おお!」


 ジャングルジムの中、何かが動く。

 引き絞られる鎖に戒められ、動きが止まる。


「カナカ、飯にすっかあ」




「じっちゃ、あとどの位でゾンビ節できるん?」


「んー、いまは本乾燥じゃ。前にやったカビ取りと仮乾燥が終わったからのう。一週間ほどかけて乾かせば出来上がるぞ」


 煙突より煙が立ち上がる小屋を眺め、二人は砂浜に広げたレジャーシートの上で朝食を取る。

 ポリポリと浅漬けのキュウリをかじりながら、祖父はポットから注がれた味噌汁を啜る。


「飲んだ後の味噌汁はうまいのう。使っとるゾンビ節もスーパーなんぞのまがい物とは違うからうまさも一塩じゃ」


「そりゃ自画自賛だぁ。だって家のゾンビ節はじっちゃの作ったのじゃん」


 焼き味噌の握り飯を頬張りながらカナカが呟く。味噌にはもちろん削り立てのゾンビ節が入っている。


「だから贅沢なんじゃ。自分の納得のいくもんを納得のいく方法で作って食べる。下手な金持ちではこういうことはできん」


 ゾンビ節は現在あらゆる日本料理に使われる伝統食材となっている。

 しかしそれは大量生産の大量消費品という位置付けであり、祖父から言わせれば紛い物のゾンビ節が氾濫している。

 カナカの祖父はいまでは数少ない本ゾンビ節を昔ながらの方法で作る死霊術師だ。


「ゾンビ節って手間かかんよね。まさか表面にカビつけて増やすなんて初めて知ったよ。しかもカビ生えててもゾンビ動くし」


 表面にびっしりとカビをはやしたなまりゾンビ節を思いだして少女の顔に疲れが浮かぶ。今回、小屋の乾燥室に置かれたゾンビ作りには少女も微力ながら手伝いをしていた。


「どんなに乾燥させても中には水分がわずかに残っちまうんじゃ。だからカビを植え付けて増やし、その後一気に乾燥させる。するとカビが水分を求めてゾンビ節中の水分を吸い尽くして徹底的に乾燥させるんじゃ。最近の工場の大量生産じゃ機械乾燥で一気に水分を取っちまう。あれじゃあゾンビ節の味がでんな。

キッチリ乾燥させたゾンビ節は叩くといい音がしてのう。こうコーンと気持ちよく鳴りおる」


 握り飯を噛み締めながら、更に味噌汁を啜る祖父。具は岩のりと青ネギ。


「じっちゃ、今日の味噌汁はあたしがつくっとうよ」


「ん、どうも味噌が薄いと思ったらお前か。もちっと精進せえ。嫁の行き場所なくなっぞ」


 孫相手でも老人は加減しない。頑固クソジジイと影でいわれる原因である。


「はいはい、老人なんだから塩分気をつけんといかんよ なあ、じっちゃ、じっちゃは昔漁に出とっと? 家に飾ってある黒い死霊術師祭服はそんときつかってたのけ?」


 老人の視線の先は遙か彼方。水平線と、海辺に浮かぶ小舟。


「ああ、ワシは昔、死霊術師で漁やっとってのう。ゾンビ使って魚取ってたんじゃあ。そんで使えなくなったゾンビをゾンビ節に加工して売ってたのが、だんだん魚が取れなくなってゾンビ節作り一本に絞った」


 近年、外国の大規模な定置網ゾンビ漁などによる乱獲のため、全体の漁獲量が減ってきている。老人もその煽りを受けた死霊術漁師だった。


「どうせなら、ずっとやり続けたかったがな、それもできんのが時代かのう。こう、海原をゾンビ共がざっぱんざっぱん泳ぎながらカツオ追っかけてるのは痛快な光景でなあ。……今はゾンビ保護条例やらゾンビ保護団体がうるさいしなあ」


 生き方を時代に左右される。老人も世の中のあやふやな動きに振り回される個人に過ぎない。しかし、生き方そのものを変えても、消す気にはなれない。


「まだ、ワシの作るゾンビ節を必要としてくれる人がいるなら、生きてる限りいくらでもつくったる。だが、ワシの死んだ後はどうなるかのう」


 高級料亭や海外の一流料理店では老人の作る本ゾンビ節は多くの需要があった。しかし、老人の体力を考えれば納得のいくゾンビ節を作り続けられる時間は後十年あるかないか。


「じっちゃの後継ぎかあ、父ちゃんはサラリーマンだし。あたししかやっぱいないよね……」


 まだ十代前半の少女には、己の将来など想像もつかない。握り飯を持ったまま、迷いの表情を浮かべ、俯く。


「やりたかないならやらんでもええな。お前の人生ならお前のやりたいことやればええ。無理にとは言わん」


 老人は、孫の未来を勝手に決めることはしたくなかった。

 ただ、この生まれた頃から慣れ親しんだ味噌汁や握り飯にある「味」を、彼女の子やその子孫たちが味わえなくなる日が来る。それがほんの少し寂しい。


「――――やるよ、じっちゃ。あたし、ゾンビ節作り絶対覚えるよ!」


 朝日に輝きながら、意を決し少女が顔を上げる。幼いながらの決意が、その眼にはあった。


「そうかい、ま、期待せずに待ってらぁ」


 力なく返事を返す祖父の横顔は、心なしか柔らかに笑っていたように見えた。




 HNK大河ドラマ。「腐(くさ)っちゃん」 第十二話終。第十三話へ続く。



 新番組


 激震吹き荒れる料理業界。嵐を起こす男か現る!


「ばかな! 臭いゾンビを料理に使うなど!」


 煌めく包丁。唸りを上げる鍋。核爆発する電子レンジ。


「ウギヤギャギャギャっ! だがさばいたゾンビに酒、生姜、五香粉につけオーブンでジックリとローストすればっ!」


「な、匂いが変わった!?」


 その腕に不可能はなく。その料理に限界は無い。

 眼前にある万物。全てが食材。


「さらにみじん切りしたエシャロットと玉ねぎと炒め合わせ、金華ハムのスープを注ぎジックリと蒸す!」


 ゆえに、ヤツの生み出す結果は、全てが美食となる。


「はがな! こんなはずが! 腐ったゾンビが! 腐ったゾンビがああああっ!?」


「ギャ――ギャギャギャっ! タンパク質の分解でゾンビはアミノ酸の塊よ! つまりゾンビは旨味そのもの! これを蒸してツバメの巣を加えれば――」


「完成! 王 族 の ゾ ン ビ ス ー プ ! 」


 食欲が動く限り、誰もヤツを止められない。


 新ドラマ「ネクロ一番」毎週金曜夜三十時放送中!


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