145話:思い出
かつての清洲城。まだ拓海が織田家にいた頃、彼は毎日のように信長のところに通っていた。最初は一々広間に行って一対一で話していたものだが、そのうちに『別に部屋に来てもいいよ』ということになり信長の部屋に押しかけていた。もちろん、夜にお邪魔することもあった。
「磯貝様、こんばんは」
「あ、こんばんは。すみません、いつも」
「いえ、気にしませんよ」
夜の信長の部屋には基本的には部屋の主である信長、そしてその妻の帰蝶がいる。見張り的な人がいない訳では無いが、その人達は城の巡回にあたっていることが多く信長に着いているわけではなかった。後は……親衛隊だろうか。清洲城に滞在している親衛隊員が幾らかいる。でも、彼らも主のプライベートを犯そうとはしない。
「帰蝶、ごめんね」
「いえ」
信長がそう言うと帰蝶が立ち上がって別の部屋に移動する。二人の間でだけ話せることもたくさんあった。
帰蝶は別の部屋に移動することに対して顔色ひとつ変えない。だから拓海も彼女に対して積極的に親交しようとしなかった。なんだか不気味にも見えた。
「……なんか帰蝶に悪いな」
「人の嫁を呼び捨てにするんじゃねえ」
「へい」
帰蝶と話が盛り上がったことは……たった一回だけあった。あの長い年月で、たった一回だ。今考えると嫌われてたんだろうな、と思う。織田家の女は数いるものの清洲城にいる者は少なかった。信長の母親は末森にいるし、後に有名なお市の方はまだ幼い。拓海が織田家にいる間女性とほとんど話さなかった要因の一つだ。
「あれ?信長様は……」
「今日は来客がいらっしゃるようで」
「ん……ああ、そうだった」
アレは何だったか? 織田信成の那古野城移転の会見だった気がする。ともかくその時は信長が部屋にいなかった。
「では、これで……」
「失礼を承知で聞きたいことがあります」
ビックリした。帰蝶が自分から話しかけてくることなんてこれまで無かった。「え、ああ、はい」となんとも言えぬ返事をした後彼女の言葉を待つ。
「何故磯貝様はそんなに信長様と懇意なのでしょうか」
「……あー」
突然の事だったから咄嗟には答えられなかった。確かに彼女から見ると奇妙に見えて仕方がないだろう。確かに重臣の中で一番歳の近い恒興は、信長にとって拓海の次に仲が良い家臣だ。しかし恒興を自室に呼んだことなぞないし、あくまでも主従関係が前提にある。
「なんというか、信長様と私の……趣味が合う?」
「なぜそんな口調に?」
「帰蝶様は勘が鋭いようで……父親譲りですかね」
「父の話は関係ないです。確かに父は狡猾ではありますが」
ここだ! つけ込める隙を見つけた。
「ええ! 凄いですよね道三様は。その鋭敏な頭脳で下克上を成しえた傑物ですよ」
嘘は言ってない。
「……まあいいでしょう」
「じゃあ代わりに、私も一つ帰蝶様に尋ねてもよろしいですか?」
「はい」
帰蝶は俺に話題を変えられたからか不服な様子だ。すまんな、こればっかりは。誤魔化すしかない。
「帰蝶様は美濃にいた時、誰か懇意にしてた人はいたんですか?」
「美濃……懐かしい話ですが……あ」
帰蝶は懐かしむような目をして言う。彼女にとってはもう5年も6年も前の話になるのか。そう考えると思い出すのも一苦労だ。
「光秀、という者がいたんです」
「……ほう」
思わず身を乗り出した。光秀、光秀……帰蝶の目線から見て明智光秀くらいしか居ないだろう。思わぬ掘り出しものを拾ったかもしれない。
「子供の時よく遊んでくれました。父上と活発に交流していた時期があったらしいですが、私にとっては幼少の時の話なのであまり知りませんね」
拓海が光秀の直接会った時、異様に驚いたのはこの時の会話が影響している。この言葉から『光秀は稲葉山城に在番している』と思い込んでいた。だから明智城で出会ったことに過剰に反応した。
「その方はどんな方なんですか」
「私の母の兄の子、つまり従兄弟……はい、従兄弟にあたる人です。優しくて面倒みの良い方ですよ。いつか磯貝様も会うことがあると思いますよ」
にこりと帰蝶が微笑んだ。故郷を思い出したからか、持ち前の気の強さが少し緩和されている気がした。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
現在、稲葉山城。
城の観光ついでに城を回っていると見た顔がいた、斎藤義龍だ。傍には喜太郎……斎藤龍興がいた。親子水入らずの時間なんだろう。見ないふりをしようとしたが、義龍がこっちに気づいて声をかけてきた。
「磯貝! どうだ、斎藤は。慣れたか」
「お陰様で……仲良くさせて頂いている方もいますし」
竹中半兵衛が城内で見る度に声をかけてくる。完全に懐かれたな、アレは。子供だが話しているとたまに鋭いことを言い出すのは面白い。この間も「遠山氏と戦を手っ取り早く仕掛けるべき」と主張していた。
「なら良い。織田とはいえ他家の者だったから、どうだと思っていたからな。順調なら何よりだ」
気にかけてくれるのはありがたいが、少々この人と話すと緊張する。圧迫感で。座って対面している時は気づかなかったのだがこの斎藤義龍という男、相当に身長が高い。マジで2メートルくらいあるんじゃなかろうか。人生全てひっくるめて会った人の中で一番大きいかもしれない。それで筋肉がついてて、体格も勿論良い。威圧感がないわけがない。
「じゃあ、これからも頑張ってくれ」
そう言って義龍は去っていった。なんだか彼は急いでいるように見えた。
【斎藤道三編進行中!】信長と作る太平の世 〜未来人たちは天下統一目指して頑張ります〜 篠崎優 @sinozayu
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