144話:お目見え

 めでたいことに晴れて、稲葉山城下に滞在できるようになった。

 城下には小さいながらも家が与えられ、そこに藤吉郎と暮らすことになった。いよいよ今日は斎藤家の有力家臣との顔合わせのときだ。初めにきっかけが無ければ仲良くなろうとしてもなれない、とは義龍の言で。


 「皆、新しき斎藤家の家臣として磯貝拓海殿を受け入れることとなった! 仲良くしてやってくれ」

 「その方の名前、聞き及ぶにもしや織田家の……」

 そういったのは一際歳のとったように見えた男だった。

 「その通りだ守就。彼は尾張の織田家重臣の、磯貝殿だ」

 『おおっ』という声が一瞬にして部屋に広がった。


 というか最初に質問したおっさん、安藤あんどう守就もりなりか。西美濃三人衆の一人だ。ということは三人衆の残り二人、稲葉いなば良通よしみち氏家うじいえ直元なおもとも多分いるかな?

 この部屋にいるのは守就の他に八人の人間がいた。若い者から老臣まで。そのうちの一人には見覚えがあった、光安だ。ついこの間までお世話になった顔、忘れるはずもない。


 「何故織田の重臣が斎藤家に? 斎藤の内偵に来たのではあるまいな」

 「言葉を慎め、弘就ひろなり。その事については確認が済んでいる、お前が気にすることでは無い」

 「し、失礼しました」

 義龍に強く突っ込まれたから弘就は黙った。名前からするに日根野ひねのか。著名な名前がどんどん出てくるな。気持ちがアガる。


 それにしても、やはり内偵への疑心は皆持つものらしい。こうやって義龍が真っ向して否定してくれたのは取り敢えず良かった。変な勘違いには発展しなさそうだ。

 もう少しこの時代の人達がどう考えるのかを学んだ方がいいな、と思う瞬間でもあった。

 

 

 拓海のお披露目が終わったあとに幾つか連絡事項があって解散となった。そこに話しかけてくる男がいた。

 「弘就殿はあんなことを言っていたが、本当にどうして斎藤に?」

 「え?」

 「ああ、もちろん答えたくないのならば大丈夫です……名乗り遅れました、竹中たけなか半兵衛はんべえ重治しげはると申します」

 「竹……」

 おっと、叫びそうになった。光秀の時の失敗は再び犯すまい。


 竹中重治と言われるとピンと来ない人が大半かもしれないが、『竹中半兵衛』と言われると分かる人は多いだろう。軍師として名高いあの、だ。とても若い……若いと言うより子供だ。中学生くらいじゃないか?

 「理由……まあちょっと。確執というか……はは」

 「なるほど……?」

 「そ、それにしても竹中半兵衛殿、凄いですね。そんな若いのに、と言えば失礼ですが……若いのに斎藤の重臣として活動しているなんて。ほら、藤吉郎、竹中半兵衛殿だぞ」

 そう言って後ろの藤吉郎の方を向くと失笑していた。

 「なんで私にわざわざ紹介するんですか


 いやいや、そんなの決まってるじゃないすか。

 「"半兵衛"で構いません。若いのにこの席にいる……というのは私も少々理由がありまして」

 「ほう」

 そう言って半兵衛は胡座を組み直して懐かしむような目で語り始めた。なんかちゃんと聞かないといけない空気がしたので拓海も足を組み直す。


 「私の父、重元しげもとは道三様の後継者問題で義龍様の弟君の方に着きまして。色々とあって討死したんです。その時に稲葉……稲葉良通殿に拾われて斎藤家に。その時の戦での武功が歳の割に素晴らしいということでそのまま置いてもらっているんです」

 「なるほど? 数いる斎藤家臣の中で何故稲葉殿に?」

 「天文二十二1553年の斎藤の家督を争った戦で父の部隊が稲葉殿の軍に突撃したんです。その時に父は死にましたが……」


 分かった分かった。その時に半兵衛がいい感じに動いたのを評価された、とかそんな感じだろう。武将の逸話にありそうな話だな。

 「拓海殿も、若い時から織田の重臣として登用されて……すごいです」

 「あ、本当に? えっと……ありがとう」

 なんか唐突に褒められた。憧れの対象になっているのか? もしかして。


 「まあいいや、これから宜しく」

 「いえ。こちらこそ」

 「半兵衛、何やってるんだ」

 半兵衛の後ろから声がかかる。さっきの話的に推測すると……

 「あ、稲葉殿」

 やはり稲葉良通か。こっちも守就ほどではないがおっさんの年齢に見える。


 「磯貝拓海です。どうぞよろしくお願いします」

 「ああ、織田家の。どうも」

 ぺこりと一礼すると向こうからも返ってくる。

 

 「ぜひ分からないことがあったら何でも」

 「ああ、ありがとうございます」

 社交辞令的にそう言うと良通に『行くぞ』と手を引かれていった。「拓海殿! また話しましょう!」という声に「おーう」とよく分からない返事をしながら、なんだか気に入られたらしいことに嬉しくなった。

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