第3話
マンドラゴラは月に一度だけ収穫できる植物だった。だが種を植え、肥料を与えた後はもう何も手を加えなくても勝手に育っていくとても楽な植物でもあった。そしてあの悲鳴が関係しているのか、野生の生き物に食べられることもなかった。
収穫できるマンドラゴラの姿は与えた肥料の元になった子供の姿にとてもよく似ていた。違うのは髪の毛の代わりに緑色の草が生えているところだけだった。
引き抜いた瞬間、聞いたもの全ての命を絶やす叫び声を上げてマンドラゴラは大抵どこかへ逃げ出そうとする。しかし特殊な血を掛けると何事もなかったかのように身動き一つ取らなくなる。そのスキに縄で縛り、袋に詰める。それから先の処理や取引は老人一人で行っているようだった。表向きの使われ方以外もあるらしいが、どのように使われているのかは想像もしたくなかった。
私は何も考えずに仕事に励んだ。そのうち子供を責め立てる言葉もスラスラと言えるようになっていった。それを知った老人は年上の男とは別の畑を新しく担当することになった。マンドラゴラの悲鳴で死なないようにか、新しい畑はあの畑と全く別のところに作られていた。そこでも私はひたすら働いた。月に一度子供を有りもしない罪で責め立てた。子供たちはみんな同じようなリアクションをした。
ある雨の日、くたびれた夫婦が屋敷を訪ねた。行方不明になった子供を探しているらしい。子供の特徴を聞くと先月の肥料とそっくりだった。私は「御主人様に報告します。進展があればお伝えします」とだけ伝えて屋敷のドアを閉めた。そしてドアにもたれかかり、声を殺して泣いた。
だが私も弟のためにやっているんだ。自分にそう言い聞かせるしかなかった。
肝心の弟は私たちの部屋に帰ってくることがほとんどなくなった。仕事もほとんどしていないようだったが、使用人は誰も何も言わなかった。老人が緘口令でも敷いたのだろう。
そんな中、私は日中は仕事に励み、夜は酒に溺れた。老人の部屋に行って弟の様子を見る勇気が出なかったからだ。きっとあの部屋はいつでも開かれているのだろう。しかし誰も恐怖のあまり近づかない。そんなところだろう。
何なら私は弟のことを忘れてしまいたかった。私のせいで弟を酷い目にあわせてしまったからだ。どんなおんぼろな家だったとしても、ずっとあそこで二人静かに暮らしていればこんな目にも遭わなかっただろう。そんな気持ちを消すためにひたすら酒を飲んだ。
久々に弟と顔を合わせたのは、働きだして三年目に入った頃だった。突然、老人が「弟に会わせてやる」と言ってきたのだ。
震える手で老人の部屋のドアを開けると、そこには弟が立っていた。柔らかな布で作られたローブに身を包み、遠くを見つめる笑みを浮かべていた。
そして、弟はほとんど成長することなく、あの日と同じ姿をしていた。
「この子はとても優秀だよ」
老人はあの日のように呪文を唱える。私はあの日のようにまた快楽と不快感の混ざった感覚に満たされて精を放ってしまう。そして弟は前よりも大量の種を吐き出していた。
「だが、そのうち種を吐き出せなくなる日も来るだろう」
種を袋に入れながら老人は言った。
「だから君には子供を作ってほしい」
子供が生まれたら弟は解放する、と老人は付け足した。私は二つ返事で承諾した。まだ生まれてもいない子供よりも私には弟の方が大切だった。
そうして後日、仕事を終えた私につがいとしてあてがわれたのは弟そっくりのマンドラゴラだった。
私は何が起きたのか全くわからなくなった。酒を飲んでもいないのに目の前がグルグルと回る。
マンドラゴラの姿は肥料の元になった者に似る。そして目の前のマンドラゴラは弟に似ているが、髪の毛でなく緑色の草が生えている。
しかし短期間でマンドラゴラが育ち切ることはない。最低でも三十日はかかる。弟に会ったのは五日前。何かの間違いだろう。
だが、もしも会ったのがそもそも弟でなければ。似ている誰かかもしれない。
なんだか、すべてがどうでもよくなって、私は目の前のマンドラゴラを抱きしめた。マンドラゴラは弟と同じように薄い布のローブだけを着ていた。
ふいにマンドラゴラは私の耳元であの呪文を囁いた。私はこんな時なのに無様に身体を震わせた。マンドラゴラは何度も何度も呪文を囁いた。
気がつくと私はそのまま気を失うように眠っていたようだった。目を開けると弟の顔があった。しかし緑色の髪の毛がマンドラゴラであることをしっかり主張してきた。私はマンドラゴラの膝の上で寝ていたらしい。膝は植物らしかぬ柔らかさだった。
これとつがいになれ、か。私は立ち上がり、自分を馬鹿にするように鼻で笑った。そして初めて朝から酒を飲んだ。「お前も飲め」と腹いせにマンドラゴラにも頭からかけてやった。不思議なことにマンドラゴラにかかった酒はみるみる内に吸い込まれていった。面白くなって私はどんどんマンドラゴラに酒をかけていった。マンドラゴラは喜んでいるような気がした。植物のはずなのに。
その日、私は赤ら顔のまま仕事をした。他の使用人たちは誰も何も言わなかった。もうみんなに私たち兄弟の事情は全て伝わっているようだった。
仕事を終え部屋に戻ると、やはり弟の顔をしたマンドラゴラがいた。朝とまったく同じところにずっといたようだった。
そういえば、こいつに子供を生ませるのは人間と同じやり方でいいのだろうか。私は疑問に思ったが、少し考えて「老人が何も言ってこないということはそういうことだろう」と一人で勝手に納得した。
そしてマンドラゴラをベッドに運び、ローブをはいだ。
身体は中性的な体つきをしていた。そして股間には男性器も女性器もついていた。異様な姿に呆然としていると、マンドラゴラはあの呪文を唱えた。私は身体から力が抜け、マンドラゴラを押し倒すような形になってしまった。
弟の顔をしたマンドラゴラは別の呪文を唱えだした。
だんだん目の前の物を犯したい、孕ませたい、壊したいという欲望に心が支配されていく。弟に似ているから手出ししたくないという心の壁はいともたやすく崩された。
私は服を脱ぎ捨て、欲望のままマンドラゴラを突き刺した。そして強く抱きしめながら乱暴に抱いた。マンドラゴラはその状態であの呪文を何度も唱えた。私は唱えられる度に精を吐き出した。マンドラゴラは呪文以外には声も上げず、身じろぎもしなかった。ただ私に使われるだけだった。
呪文を連発されたせいでまたそのまま気を失うように眠ってしまった。目を覚ますとまた朝になっていた。「お前のせいだ」と言いながらマンドラゴラに酒をかけた。マンドラゴラは酒を全部吸い取った。その様子を見終わると私は慌てて着替えて仕事に向かった。
日中は仕事、夜は酒という生活が、日中は仕事、夜はマンドラゴラとの性行為に変わってしまった。疲れて寝ようとしても、マンドラゴラは呪文を唱え精を無理矢理吐き出させたり、興奮させたりしてくる。かと言って抱いたところで行われることは何も変わらないが。私は朝になるといつも腹いせに酒をマンドラゴラにぶちまけた。
そうして一ヶ月後、マンドラゴラのお腹はすっかり膨らんでいた。
弟の顔なのに、子供を孕んだ。弟の顔なのに、私と性行為に励んだ。今更その恐ろしさに気がついてしまった。
私は酒を一瓶丸々飲み干して現実から逃れようとした。しかし部屋にいる弟の顔をしたマンドラゴラはお腹を膨らましている事実は何も変わらない。私は床に向かって嘔吐した。
その後、私は老人に「マンドラゴラを妊娠させたこと」を報告した。老人は満足げな表情を浮かべ、「弟は離してやる」と言った。
老人のそばにいた弟は相変わらずあの日から成長していない姿で、更に遠くを見るような笑みを浮かべていた。ちゃんと生きていたことに安心したが、声をかけても反応はなかった。ただ笑みを浮かべているだけだった。
「とっくの昔に心が壊れていたよ」
私の様子を見て老人は言った。私は老人に殴りかかろうとしたが、やはり呪文のせいで惨めにも力が抜けていった。弟は笑顔で種を吐き出していた。
事実に耐えきれないあまり、私は弟を部屋に連れて帰ることすらできなかった。廃人になってしまった弟。果たして私はそんな弟を大切にできるのか。わからない。考えたくない。
それに私は罪を重ねすぎてしまっている。もしも弟が正気に戻ったとして、それを隠し通せるか。
私はベッドの上で声を殺すように泣いた。全部私のせいだ。私が悪いんだ。こんなところに来なければよかった。
「わたし、あなた、たすけたい」
誰かの声がした。顔を上げると弟の顔をしたマンドラゴラがいた。しかしマンドラゴラは喋らないはず。
「あなた、おさけ、くれた、わたし、しあわせ」
驚くことに本当にマンドラゴラが喋っているようだった。しかしただの腹いせが嬉しかったなんて、やはり何か人間とは違うんだろうなと思った。
「ねがい、ひとつ、かなえる」
そういえばマンドラゴラはそんな力も持っているらしいという話を思い出した。私は駄目元で「二人で暮らしていた頃に戻りたい」と言った。
「わかった」
マンドラゴラは呪文を唱えだした。それは今までに聞いたもので一番長く、とても柔らかな響きをしていた。聞いていると心が安らぐようだった。今までの記憶もまるで洗われるように薄れていった。
そして私の意識は遠くへ飛んでいった。
*
長い悪夢から目を覚ますと、いつもの朝だった。ボロ小屋の壁から差し込む朝日が眩しかった。隣ではまだ弟が寝ていた。揺すって起こすと、弟は目をこすりながら大きなあくびをした。
井戸で水を汲み、顔を洗った。冷たい水が顔に染み込むようですっかり目が覚めきった。弟はまだ少し眠いようだった。
夢の内容を思い出すと、急に弟のことが愛おしくなった。緑色の髪をわしゃわしゃと撫でると、弟は「どうしたの?」と不思議そうな顔をした。
マンドラゴラの種 シメ @koihakoihakoi
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