第2話

 ここで働きだして一年が経ったときのことだった。

 どんなに忙しい日でも夜になると二人の部屋で私と弟は少し話をしてから寝床で丸まって寝るはずなのだが、今日はどんなに夜が更けても弟は帰ってこなかった。


 他の使用人たちに話を聞いても、弟の行方はわからなかった。また、運の悪いことに老人は会合へ出ていて留守らしい。

 私はマンドラゴラ収穫を共にした男にも弟の行方を訪ねた。男は驚いた顔をしてから、とある場所を教えてくれた。


「行ったら後悔するかもしれない」


 男はそう言って片手に持っていた酒を瓶のまま飲んだ。私は礼を言い、教えてもらった場所に走って向かった。


 その場所は老人の部屋から行けるらしい。駄目元で老人の部屋のドアに手をかけると、何故かすんなりと開いた。私は不審がりながら老人の部屋に足を踏み入れた。


 部屋には壁という壁中に本が並べてあり、まるで書庫だった。少し文字を覚えた今ではこれらの本がほとんど魔術に関わる物だと理解できた。その中にある何も書かれていない真っ赤な背表紙の本を押すと、本棚のひとつが横に移動し、下へ降りられる階段があらわれた。私は迷うことなく階段を降りていった。


 進んだ先には石造りの地下室があった。そして弟と老人がいた。しかし弟は全裸で手枷をつけられて立たされている上に、よだれを垂らして壊れたような笑みを浮かべていた。細い両足はぷるぷると震えていた。老人はその様子をただ眺めていた。


 私は老人に「弟に何をした」と詰め寄った。老人は悪びれる様子もなく、「(聞き取れない言葉)の民にしかできない儀式を行っているだけだ」と言った。


 老人が何か呪文を唱えると、私の体に快楽と不快感が混ざった物が無理矢理注ぎ込まれるように感じた。そして体中がそれに満たされた瞬間、前触れもなく精を放ってしまった。

 それは弟も同じようで、気持ち良さそうな、苦しそうな表情をして体を震わせて精を放った。しかし弟の出したものは液体ではなく、キラキラとした小さな粒だった。


「これがマンドラゴラの種になるんだよ」


 老人は小さな粒を拾い上げ、私に見せつけた。ランプの光が反射してキラリと光った。

 これを植えて、更にもう一手間加えるとマンドラゴラが上手く育つんだ、と老人は言った。


 私は目の前の醜悪な光景と老人の行動に気持ち悪さを感じ、吐きそうになってしまった。しかし弟を取り返さねばいけない。


 弟を抱えてここから逃げ出そうとした。しかし私が動こうとした瞬間、老人がまた呪文を唱えた。私の身体からは力が抜け、まただらしなく精を放ってしまった。そしてその場にへたりこんでしまった。


「どうしてお前たちをここへ迎え入れたのか理解したか?」


 頭上からの老人の声はとても重々しかった。


 次の日から仕事が増えた。マンドラゴラの植え付けだ。

 私がここから逃げ出すと弟のことは殺す。弟を連れて逃げようとすると弟はもっと酷い目に遭わせる。逃げられたとしてもそれから私たちが無事には済まないだろう。あの後そんなことを老人から言われた。私は老人に従うしかなかった。


 あの畑に向かう最中、年上の男は何も言わなかった。途中で何かが入った袋が動くと男は苛立ったように袋に蹴りを入れた。ぐえっ、と声を出して袋の動きは止まった。


 収穫はいつも通りだった。薬で懐かせた犬を使って収穫する。今回は少女の姿をしていた。逃げ出さないように特殊な血を掛けるとマンドラゴラの動きは止まった。私はいつものように縄できつく縛る。マンドラゴラは何か言いたげな目をしていた。


「今日からは植え付けもやってくれよ」


 男は私の抱えた袋をちらりと見て言った。私は頷いた。


 収穫をしたばかりの畑の穴を土で埋めていく。そして邪魔になるであろう石や枝を取り除く。肥料を撒かないのかと聞くと、男は「あとでやる」と言った。

 軽く地面を耕したあと、あのキラキラとした粒――いや、種を撒く。親指で穴を開け、同じところに五つ種を入れる。そしてふんわりと土をかぶせる。


 あとは肥料か、と思ったところで男が何かの入った袋を開けて中身を取り出した。出てきたのは縄で拘束され、猿轡を噛まされた幼い少年だった。顔は涙や鼻水、血でぐちゃぐちゃだった。


「今回は俺がやってみせるから、お前はそれを抱きかかえてろ」

 小便させるようにな、と男は付け足した。


 言われたように私が少年を抱きかかえると、男は口を開いた。


「お前は俺の仕える御主人様の家から大切な魔導書を盗んだろ? その挙句に市場で高値で売りさばいたとか。汚い金で豪勢に過ごす一日はさぞかし楽しかったことだろうな。

 だけどそのせいでお前の家族はみんな死刑だ。お前よりも先に広場で首を跳ねられて死ぬんだ。

 そう、お前のせいだ。お前が盗みなんてチンケな犯罪を犯さなければお前の父さんも、母さんも、姉さんも、可愛い可愛い妹も死ぬことはなかったんだ。お前はその様子を特等席で見ることになるんだ。御主人様のご慈悲に感謝するんだな。

 そのあと、お前は家族の血にまみれた広場で牛に腕や足を引っ張らせてじわじわと身体を引き裂かれるんだ。考えるだけで痛そうだよな。見たことはなくても聞いたことはある処刑法だろ? そう、重い罪を犯した奴にだけ行う処刑方法だ。それだけお前は重い罪を犯したんだ。この町では価値に関係なく盗みは重罪だ。知らなかったなんて言わせないぞ。

 ああ、今お前の家族は拷問を受けているだろうな。犯人が分かってても戒めのためには拷問が必要だ。お前が犯罪を犯すということは同じ血の流れている家族も犯罪を犯す可能性があるからな。どんなに年老いててもどんなに幼くても容赦はしない。水責めとか、火炙りとか、指と爪の間に針を刺すとか……拷問の方法は無限にあるからやりたい放題だ。

 それに御主人様が加虐癖のある奴に頼んでくれたらしい。加虐癖ってわかるか? 人を傷つけるのが大好きってことだよ。俺はそうじゃない。つまりお前の家族はもっともっと酷い目に遭ってるってことなんだよ」


 ひたすら責め立てる男の言葉を聞いて、少年は恐怖のあまり失禁していた。


「ほら、それを種にかけてやるんだ」


 私は少年の尿が種を植えたところに当たるように体を動かした。土に液体がじわじわと染み込んでいく。少年は怯えすぎて気絶していた。


「こうするとマンドラゴラはよく育つんだよ。さっき話したこと? 全部嘘だよ。こいつの親も姉も妹も全員ピンピンしてる。でも金がなくて食っていけないからって親がこいつを売ったんだよ」


 あの様子ならそのうち妹も肥料として売られるだろうな、と男はつぶやいた。


「それと犬はそのまま畑の奥に捨てておけ。が片付けてくれる」


 男が指差した先には薄暗い森が広がっていた。その奥で大きな獣が動く気配がした。すべてを察した私は、慌てて少年と犬を森の中に投げ込んで馬車に向かった。

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