〈薬師編 冒険者のその後〉

 暗い小屋の中、私は俯せに横たわり、じっと手を見つめる。

 その手は、以前無くした手で、奇跡のように生えてきた手。

 ――それが奇跡だと、私は今さら知った。

 死にかけて、今さら――。


 私は目を瞑り、あの時理解出来ていればと思った。

 それは走馬灯なのかもしれない……。


          *


 ……ワームを無理やり飲まされて気絶した私は、おばあちゃんの家で目を覚ました。

 おばあちゃんは、気がついた私に泣きながら、

「助かって良かったね」

 と、繰り返していた。

 私は、何も良くない、って思った。


 だって、腕が無くなったんだよ?

 これじゃ、冒険者どころかなんの仕事にも就けない!


 八つ当たりだ。

 甘えていたんだ。


 わかっているけど、私は他に当たる人なんていなかった。

 おばあちゃんも甘えさせてくれるから、存分に甘えた。八つ当たりした。

 そうしたら、おばあちゃんはためらったけど、私に回復薬をくれた。

「……なんで持ってるの!? あんなに嫌っていたのに……!」

 私が詰ると、おばあちゃんはすまなそうな顔をして言った。

「……私の薬と取り替えたいって言ってくれた人がいてね。取り替えたんだ。効き目は保証しない、って言っていたけどね……。アンタがどうしても、って言うのなら、飲みなさい。ただし、この回復薬は。これは、出回っている回復薬じゃないって理解して飲むんだよ」

 当時の私はこの言葉が理解出来なかった。

 だけど、治ればなんでもいい、そう思った。


 そして、その回復薬は私の期待通りの結果をくれた。

 おばあちゃんから奪い取るように回復薬を受け取り飲んだら、腕が生えたのだ!

 しかも、手荒れも傷もなかったように、綺麗な腕が生えた。


 喜んだのは一瞬だった。

 その回復薬は、期待外れの結果だったのだ。


 生えた手は、うまく動かなかった。

 感覚はあるけれど動きがぎこちなく、ものをつかんだり持ったりするどころか握って開き手を上げる、ってことすら難しかったのだ。

 がく然とする私に、おばあちゃんは諭した。

「慣らしていけば、徐々に動くようになるかもしれないよ。ちゃんと再生しただけ良かったんだから」

 その言葉を聞いた私はカッとした。

 こんなんじゃ、何も出来ない!

 ないのと一緒じゃない!

 そう叫んだら、おばあちゃんに頰を叩かれた。

 ……初めて、叩かれた。

「いいかげんになさい! そもそもこんなに効果のある回復薬なんてお貴族様だってお目にかかることはないし、アンタが飲めるのも奇跡なんだよ! 本来、怪我をして欠損したら、諦めるものなんだ! 命があっただけ儲けもんなんだよ! それをあの子がアンタを憐れんで、薬と交換、なんて言ってくれたものなんだよ!」

 私は、おばあちゃんの言ったことに頭が真っ白になった。

 ……あの子? あの子がくれた? って言った?


 真っ白になった後、一気に頭に血が上った。

 ……よくも! 恩着せがましく……!

 私が頼んだときは『ない』って言ったくせに、おばあちゃんにはあげるとか! そもそもアイツ、私にワームを無理やり飲ませて……!


 私は立ち上がって叫んだ。

「そんなにあの子の方がいいなら、これからはあの子にやってもらえばいい! 私はおばあちゃんだからこそ安価で仕事を請け負ってやってたのに! もういい! 私は別の町でもっとわりのいい仕事をもらって稼ぐから!」

 そう言って飛びだした。

 おばあちゃんの呼び止める声が後ろから聞こえていたけれど、それすらも当たり前のように思って、反省しろ! とすら思っていた。


          *


 町を出た私は、すぐに極貧になり、一日の食べ物にすら困窮するようになった。

 請け負える仕事がないのだ。

 稼げる仕事は、私ではこなせない。

 私がこなせるような仕事はほとんどない。

 えり好みしていたら本当に何も仕事がないのでおばあちゃんの依頼よりも低賃金な仕事を引き受けるが、それすら満足にこなせず依頼失敗。

 森へ行き、薬草を探しがてら食べられそうな植物をさがして飢えをしのぐのが日課になった。


 ……帰ろうかと思ったけれど、プライドが邪魔して自分からは無理だった。

 そのうちおばあちゃんが泣きついてくる、冒険者に頼んで私を捜す、そうしたら帰ってやってもいい、だから早く私をみつけにきなさいよ、ホントにノロマなんだから! ……そんなバカなことを考えて、意地を張っていた。


 それはまだ余裕があったからなのだろう。

 そして、このときに反省して戻っていたら違う結果になったのだろう。

 だけど私は、腕が動かないからだとか、おばあちゃんがあの子を贔屓するからだとか、回復薬が粗悪品だったからだとか、私以外の何かのせいにしていた。


 ある日、いつものように森で食料と薬草を探していたら……魔物が出る辺りまで入り込んでしまった。

 何も懲りていなかった私は、魔物に襲われた。

 腹を抉られ、骨が折れた感じがした。


 よろけながら必死に逃げていると、冒険者らしき人たちが私を見つけた。

「……助けて……!」

 私の声に反応して、冒険者たちは魔物を退治してくれた。

「ゴブリン程度で良かった」

 って言われて、ショックと羞恥にまみれた。

 ゴブリンは、初級冒険者の練習台、と言われるほど弱い魔物だ。そんな魔物に私は重傷を負わされたのだ。

 恥ずかしくて逃げ出してしまいたい、と思ったが、重傷を負わされたのは確かなのだ。

 私は頼んだ。

「お願いです、回復薬をください、このままでは死んでしまいます」


 私の頼みに、冒険者たちは顔を見合わせた。

 さんざん躊躇っていたが、私の怪我を見て、しぶしぶと言った感じで回復薬をくれた。

「……恩に着せるわけじゃないけど、俺たちもこれを買うのに大金を払ったんだ。万が一のために。無料であげるわけにはいかない」

 なんてケチなんだろう、私は死にかけているのに、って思ったが、「治ったら時間はかかるにしても支払います」と言った。

 そしてこの時、私はおばあちゃんのところへ戻る決心をしたのだ。

 あの子に頼めば、回復薬をもらえるだろう、私には渡さないだろうがおばあちゃんには渡すだろうから、それをおばあちゃんから受け取ってコイツらに返してやればいい、そんなことを考えていた。


 受け取った回復薬は、おばあちゃんからもらった回復薬とは違っていた。

 見るからに……効き目が薄そうな、色のついた水のような、そんな雰囲気をしていた。

 首を傾げつつも飲んだ。

 この程度の怪我ならすぐに治るだろうと思って。

 おばあちゃんの薬でさえ、飲んで安静にしていれば数日でよくなってくるのだから!


 ほとんど効果は無かった。

 出血は止まったようだが、それだけだ。


「……な……何よこれ!? 回復薬って騙したの!? ぜんぜん治らないじゃない!」

 私が叫ぶと、冒険者たちは目をつり上げた。

「ふざけるな! 高い回復薬を無料で渡したってのに、なんて言いぐさだよ!?」

「だって、治らない!」

「当たり前だろうが! そんな大怪我を完全に治す回復薬は、中級回復薬以上だ! 金貨何枚もする、金持ちの買うモノだよ! 下級回復薬は、出血を止めてすぐには死なないようにする、程度の効力しかねーよ!」


 それを聞いた私はがく然とした。

 そして、それを以前聞いていたことを思いだした。


『たかが銀貨五枚で、部位欠損が治る? なら、冒険者が怪我を理由に引退、ましてや死亡なんざもっともっと減るだろうが。上級で骨の皹及び肉や筋の断絶回復、特級でようやく部位欠損の修復だ』

 ……そうだ、すごく強そうな冒険者の人にそう言われたんだった。


「お願いですから、町まで連れて行ってください、病院に運んでください」

 頼んだけれど断られた。

「これ以上損しろってか? 助けて文句言われて金を使わせられて、俺たちに何の得があるってんだよ!!」

「お前、むしろ生きてる方が害だよ。そうやって他人の厚意に寄生してそれを当たり前のように享受して胡座をかいて感謝もせずに文句ばっかり言ってきたんだろ? そんな奴の人生にかかわるのはお断りだ!」

「助けた上に銀貨五枚って大金を無駄にした、これを教訓にするよ! 次回からは頼まれても施しはしねぇ、ってな!」

 冒険者の人は、さんざん私をののしり、そのまま去っていった。


「恩知らず」「助けるんじゃなかった」「助けたら大損した」

 そう言われても酷いと言えなかった。

 ここにきて、私も自分のしてきたことがようやくわかってきたから。


 ……あのとき、ファングボアに襲われて救出に来た冒険者の人に、ガミガミ怒られて怖かった。怖かったけど、言ってることはわからないしなぜ怒っているのかもわからなかった。

 あの子が優しかったなんてわからなかった。さっきの冒険者の人たちへよりも酷い態度を取ったのに手当てをしてくれて、それが当たり前だと思っていた。


 ――私は、他人が私を助けるのが当たり前だと思っていた。

 だって、おばあちゃんがそうだから。誰もが私を無償で助けるのが普通、なんて心のどこかで思い込んでいたんだ。


          *


 なんとか町へ戻ったけれど、そこで力尽きた。

 住み処にしていた無人の物置小屋に転がる。

 病院に行って治療してくれ、と言っても無駄なのはわかっていた。さっきの冒険者の人たち以上に無料で治療をしてくれる確率はないだろう。

 震える手で、薬をつかんだ。

 おばあちゃんからもらっていた薬の大半は、金に困って二束三文で売り払ったのだけど、一つだけとっておいたのがあったのだ。


 それを飲もうとして……手が滑って、地面に散った。


「……ふふ」

 もう、涙も出ない。

 これは罰かな。おばあちゃんの薬より、傷すら治せない回復薬をほしがった私への、罰。

 売らないで取っておけば、もしかしたら飲めば治ったのかもしれないのに。


 ……しばらくは生きていたと思う。

 だけど、熱が出て、傷は変なふうに悪化していった。ぐちゃぐちゃになった。

 見たくないのでそのまま目を瞑っていることが多くなった。

 目を開けているときは、私の身体で一番マシな、再生した手を見つめる。

「……ごめんなさい」

 今さら、こんなふうになって今さら、ようやく私はおばあちゃんの、そしてあの子のすごさがわかりました……。


 最期に浮かんだのは、そんな言葉だった。

(終わり)

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