第13話:白金獣魔師は交渉する

「えーと?」


 急に話しかけてくる商売人というのはめちゃくちゃ怪しい。

 詐欺られるお金なんて1円も持っていないわけだが、俺は警戒していた。


「いやーすみませんねぇ、急に話しかけて。ビックリしたでしょう? まあまあ、ちょっとだけ話聞いていってくださいよ〜」


 なんか馴れ馴れしいなぁ。

 チラッと隣のレーナを覗くと、彼女も怪しげな視線を送っていた。


「いやなに、私が買取りたいのはね、アナタが来ているその洋服なのですよ! いやぁ、素晴らしい。上質な生地、洗練されたデザイン……。もし良ければなんだが、買い取らせちゃくれないかねぇ?」


「え、こんなのが欲しいのか……?」


「そうなのです! セーフクを買いたいのです」


 俺が今着ているのは、高校の制服だ。

 着替える間も無く異世界に連れてこられたから、俺たちのクラス全員が制服のまま辺りを彷徨っているということになる。


 確かに買い取ってもらって現地に相応しい新しい服の資金に充てるというのも悪くない。

 ……というか、どうせいらないものなのでそうするべきだろう。

 記念にとっておいても邪魔だし、そもそも決して動きやすいものではないしな。


 しかし、この買取商はどうしてこんなにも必死なんだ?


「俺がギルドを出てくるところを待ってたということは、この制服にはかなりの価値があるってことか?」


「はい、それはもちろんでございます。金貨1枚で買取できればなーと……へへっ」


 金貨1枚という買取商の言葉に、レーナがピクッと反応する。


「え、金貨1枚の買取のためにずっと待ってたんですか!? どのくらいで売るつもりかわかりませんけど、そんなので商売になるんですか?」


 レーナの反応を鑑みるに、金貨1枚というのは安いらしい。

 かなり買い叩かれてるんだろうな。


 ツッコミが入るやいなや、買取商は冷や汗を流していた。


「い、いやあ……金貨1枚というのは間違いでして。実は金貨10枚と言おうとして間違えたのです。勘違いしてまして……へへっ」


 いやいや、仮にも商人が一桁間違えちゃいけないだろう。

 本当に間違えたと思うほど俺は純粋でもない。


「なにを言ってるんだ? 金貨100枚と間違えてるんじゃないか?」


「ほげっ!? な、なあにを言っとるんじゃアナタは!?」


 よし、ここは一つ、賭けに出てみるとしよう。

 この場でもし失敗したとしても、制服に価値があるのなら別の買取商に売るという道も残っている。

 俺は金にがめついというわけではないが、わざわざ安く売ってやるほどお人好しでもない。


 当たっているかどうかわからないが——


「アンタがつい最近、俺の仲間から制服を安く買い叩いたって話は聞いてるぜ。あいつら悔しがってたからな。俺から安く買い叩こうと思わないことだ」


「な、な、な、なんだと!? くっ、上手く引っ掛けたつもりだったが……」


「だから、買取金額によっては他の買取商に出す。この制服はこの世界では作れない素材・製法で作られている高級品だ。実用的ではないが、金持ち相手に良い値段がつくだろうな」


「ぐぬぬぬぬ……」


「べつに俺は売らないと言ってるわけじゃない。ただし、買取金額には気を付けろと言っているだけだ」


 強気に出るのは交渉の基本だ。

 話が通じない聖斗や湯乃佳相手だと意味がないが、この商人になら揺さぶりをかけるのは有効だろう。

 利害で動く人間ほど扱いやすいものはない。


「わ、わかった……。金貨100枚ならなんとか……それで買い取らせてくれ……ください」


「ファイナルアンサー?」


「ぐぬ!?」


「チャンスは一回しかないぞ。これで俺が納得できなかったら、別の買取商に持っていくんだが……それでいいんだな?」


「いや。ダメだ!」


 ダメなのかよ!?

 まだボッタクるつもりだったのかよこいつ……。

 さすがは商人だ。侮れない。


「金貨228枚……これが限界だ! これでダメなら他所に持っていけ!」


「よし、いいだろう。それで売ろう。ただし、一つ条件を飲んでくれたらな」


「条件……?」


「いやなに、これ脱いだら他に着るものがなくなっちまう。なんでもいいから適当に服もつけてくれ」


「な、なんだそんなことか……。そこの荷馬車に少し積んであったはずだ。取ってこよう」


 ギルドの入り口から少し離れた場所に荷馬車を停めていたらしく、商人は中をゴソゴソと漁って洋服を持ってきた。

 冒険者風ではなく、現地人の村人が来ていそうなみすぼらしい服ではあるが、着るだけなら十分だ。


「これで売ってくれるんじゃな……?」


「もちろんだ。約束だからな」


 そうして、俺は制服を引渡し、ボロ着と金貨228枚を手に入れた。


「ユート、さすがでした! 私も安いなと思いましたけど、あんなに吊り上げるなんて!」


「俺もここまで上がるとは正直思ってなかったよ……多分これ、相場なんてあってないようなもんだしな」


 多分、先に聖斗たちの制服を買い取って大儲けしていたんだろう。

 先に買い付けた方の買取金額が金貨1枚で買い叩けたから、俺もいけると踏んだんだろう。


 確かに日本に住んでいたらとんでもない金額で買い叩かれるなんて経験はあまりしない。基本的に商売人も善意で商売していることが多いからな。

 レーナの反応がなければ、俺も騙されていたかもしれない。


 それにしても金貨228枚……。

 これって確か、レーナの話によれば 228万円くらいに換算できるんだよな?


 高校生の俺に取っては途方もない金額なわけで、どうしようか迷う。いやまぁ、アイテムスロットにとりあえずしまっておけばいいんだが。


「そういえばユート、そのお金で装備は揃えないんですか?」


「装備?」


「冒険者なら私みたいに、こういう機能性の高いローブを着るものなんです。防御力が上がりますし、武器も必要なら買っておくと良いかもしれません。他にも冒険者には入り用なので駆け出しの冒険者はみんな金策に苦労するんですが……ユートはラッキーでしたね!」


「そうか、その辺全然考えてなかったな。どこにいけばそういうのって買えるんだ?」


「えーと、武器店や防具店ですね! どこにあるのかまでは地図を見ないと……です!」

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俺だけ無敵の白金獣魔師≪プラチナテイマー≫  〜多数決でクラス追放された俺、実は伝説のチートジョブだったらしい。戻ってこいと言われてももう遅い。既にもふもふ達と気ままに楽しく異世界攻略してるので……〜 蒼月浩二 @aotsukikoji

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