• 異世界ファンタジー

英雄の隠し子33〜37話/削除前エピソード

書き直しにより削除した部分です。


第33話:練習

 俺はまだこのクラスの学院生の実力を詳しく知らない。

 だが、ある程度の推測はできる。

 Sクラスは、入学成績の上から順に採られた三十名であり、入学成績は試験成績に加えて身分による加点を合わせてつけられる。

 俺とリヒト以外は突出して成績が良いというわけではないことを考えると、貴族としての身分が低い学院生の方が相対的に強い可能性が高い。

 シーシャは平民だし、ユリアとティアは男爵。

 自由に選べると選ぶとするならこの三人だろう。

 加えて、短い期間ながら少しはお互いを知る仲でもあるし、その辺でも都合が良い。

 まあ、指名したからと言って、三人が受けてくれるとは限らないのだが——

「エレンにお誘いしていただけて嬉しいです!」

「むしろ私で良いの?」

「ええ、断る理由がありませんわ」

 良かった……俺の希望通り三人ともが快諾してくれたのだった。

「決まったようだね。じゃあ、校庭に行こうか」

 ◇

 校庭は、入学試験の会場にもなっていた場所。

 まるで王都の中とは思えないような、広大な草原が広がっている。
 メンバー決めが終わったパーティが続々と集まり、全てのパーティが集合したところで、一限開始を知らせるチャイムが鳴った。

 ちなみに、セントリア貴族学院の時間割は午前の一・二限と昼休みを挟んだ午後の三・四限が週に五日となっている。一限は九十分単位になっているので、微妙に長い。

「さっきも説明したが、今日の午前は明日のオリエンテーションに向けて連携練習をしてもらう。やり方は自由だ。実戦形式でお互いの力量を試すなり、作戦を考える時間にするなり、各々で考えて過ごしてくれ」

 それだけを説明して、オスカ先生は折り畳み椅子に座ったのだった。

 パーティ決めの時も思ったが、全寮制ということ以外はこの学院ってかなり自由だな。

 まあ、自由だからといって何も考えずに過ごせば結果という形で自分に跳ね返ってくるわけだが。

 各パーティで少しの話し合いが行われた後、広大な校庭を活かした練習が至るところで始まった。

 どのパーティもまずはお互いの力量を確かめようと考えているのか、軽い魔法や剣戟などで様子見といった感じ。

「僕たちも始めよう。最初は軽い感じでね。時間も限られているし、なるべく効率良くやりたいけど……そうだな、僕とティアの二人と、エレンとユリアとシーシャの三人でどうかな?」

「わかった。それでいこう」

 五人パーティっていうのは微妙に面倒だな。

 四人なら二人ずつに分かれるなり二対二の形にできたのだが……まあ、学院としてはこの辺はあえて工夫の余地を残そうという考えなのかもしれない。



第34話:職業

「ん……」

 俺たちが二対三の形で対峙すると、クラス中から一挙に視線が集まった。

 リヒトがいることで優勝候補だと見られているためか、注目度が高いようだ。

「ティア、準備はいい?」

「はいですわ!」

 短いやりとりの間にリヒトは《収納》スキルで異空間から剣を取り出していた。

 いかにも高級そうな金色の柄がついた剣である。

 《収納》は、異空間へのゲートを開き、そのゲートを通じて自分の魔力量に比例する質量を限界として自由になんでも保管することができるというものである。

 異空間では時間が止まるため、中の物が腐食したり劣化したりといったことはない。

 これは珍しいスキルというわけではなく、魔力を扱える者なら訓練で誰でも使えるようになる。

 と、それはともかく。

 剣を構えたリヒトが前に立ち、その後ろからティアが隙を窺っているという形か。

 武器種と立ち位置から推測すると、剣を扱うリヒトは剣士、素手のティアは魔法師かな。

「では、私たちも!」

「そうね」

 ユリアは《収納》で異空間から剣と盾を取り出し、シーシャは杖を取り出す。

 ……ということは、ユリアは攻守ともに優れた者にしかできない職業の騎士か。

 入学試験では、防御力を測る試験はなかったはず。これで身分上のビハインドを負いながらも四位とは……なかなか優秀なようだ。

 そしてシーシャは杖……ということは、魔法師ということか?

「ん、シーシャは杖を使うのか?」

「そうだけど……ダメ?」

 俺が武器について尋ねると、シーシャはバツが悪そうな表情になった。

「いや、そういうわけではないんだが……悪い、ちょっと気になっただけなんだ」

 魔法師にとっての杖は、剣士にとっての剣などとは役割が異なる。

 剣士にとっては剣は当たり前だが攻撃に必須のアイテムであることに対して、魔法師にとっての杖は魔力をコントロールしやすくするための補助具でしかない。

 むしろ、いちいち魔力が杖を経由することで減衰し、攻撃力が下がってしまう問題もある。

 魔力操作能力が拙い間は杖を使う魔法師もいるが、基本的にはティアのように杖に頼らず自分でできるようになるのが望ましい。

「エレン、このクラスではシーシャだけですが……新入生の魔法師が杖を使うのはそれほど珍しいことではないですよ」

「そうなのか」

 ——とユリアに対して返事をしたものの、いまいち腑に落ちない。

 このクラスでは、実際にシーシャしか杖を使うような技術レベルの魔法師はいない。

 そんな彼女が攻撃力を求められる試験では他の上位貴族を押し退けて上位合格を勝ち取ったということは、攻撃力の低さをカバーする何かがあるはずだ。

 そんなことを思いながら、リヒトたちと対峙する。

 ユリアが前に立ち、その後ろを俺とシーシャが横並びになっているという配置だ。

 練習が始まる直前に、隣のシーシャが俺にだけ聞こえる声量で話しかけてきた。

「心配しなくても大丈夫よ。私、地元では最強だったし」



第35話:矛と盾

「へ、へえ」

 自信あり気に宣言するシーシャに詳細を尋ねる時間はない。

 既にリヒトがユリアに対して攻撃を仕掛けていたからだ。

 さすがに、練習とはいえ戦闘中に余計なことを考えている訳にはいかない。

 シーシャの言葉の意味はすぐにわかるだろうし、今は目の前のことに集中するとしよう。

「うおおおおおっ!」

 リヒトが声を出しながら、ユリアへ勢いよく剣を振り下ろす。

 キンッ!

 ユリアの盾と衝突したことで、金属特有の甲高い音が校庭に鳴り響いた。

 リヒトのパワー、スピード、技術。ユリアの防御力、動体視力、判断力。両者ともが周りのクラスメイトたちとは比べ物にならないほどの高い次元で戦えている。

 これでリヒト曰く『軽い感じ』だと?

 ——まったく、最高だな。

 これなら、俺の影がいい感じに薄まってくれそうだ。

 キン! キン! キン!

 俺が胸中で感想を述べている刹那の間にも、リヒトは剣戟を繰り返している。

 対して、ユリアは時に盾で、時に剣で守り、いなし、完璧に受け流していた。

 ……しかし、これはこれで問題だな。

 どちらも優秀すぎて、なかなか戦局に変化が現れない。

 言わば、学年一の矛と、学年一の盾の殴り合い。

 リヒトは有効な一撃を一向に出せていない。ユリアは攻撃も優れているはずなのだが、リヒトの圧倒的なスピードの前では攻撃に回す余裕がないようで、防戦一方になってしまっている。

 これは二対三の戦い。この辺りで俺とシーシャが加勢するべきだろうか。

 そんなことを思った時だった。

「ユリア・シルヴァーネ……想像以上に手強いな。ティア、アレを頼む!」

 リヒトが後ろのティアに声をかけつつ、バックステップで後ろへ下がった。

 立て続けに剣戟を繰り出していたリヒトに生まれた初めての隙。

 ユリアはこれを見逃さんとばかりに、一気に距離を近づけようと踏み込んだ。

 とはいえ、リヒトが何の狙いもなく隙を見せるはずもない。

 後ろへ下がったリヒトに対して、ティアは『火球』を放った。

 味方に対してどうして攻撃魔法を……?

 と、俺が不思議に思っていると——

「なっ……! 剣と魔法が融合した⁉︎」

 俺は、思わず声を出してしまった。

 リヒトがティアの『火球』を剣で横なぎに斬ると、『火球』は消滅することなく剣の周りに渦を巻いて一体化してしまったのだ。

 剣と『火球』が融合した様は、まるで剣が火のオーラを纏っているような雰囲気がある。

 ——と、その時。

「ずいぶんと余裕がありますね!」

 リヒトの間近に迫っていたユリアが、強烈な一撃を繰り出した。

 ユリアの決定的と思われる攻撃に対して、リヒトは焦った様子もなく重心のバランスが悪い不利な姿勢で真っ向から剣で迎え撃つ格好だ。

「まあ、実際余裕があるからね」

 リヒトとユリアの剣が衝突。

 さすがにユリアが打ち勝つかと俺でさえ思ったが——

 ドゴオオオオオオオオンンンンッ‼︎

 衝突した瞬間に爆発が起こり、ユリアは吹き飛ばされてしまったのだった。

「きゃ、きゃああああああっ!」

 ユリアは足場のない宙をもがきながら、俺の方へ飛んでくる。

 俺は、反射的にジャンプでユリアを抱き抱えたのだった。

「だ、大丈夫か⁉︎」



第36話:全属性魔法

「あっ……えっと……は、はい!」

 なぜか、俺と目が合うなり急にユリアの顔がカアッと赤くなってしまう。

 どうしたんだろう?

 まあ、見たところは怪我はなさそうだし、別にいいか。

 俺は抱き抱えていたユリアをそっと下ろした。

「それにしても、ティアの魔法……あんなの初めての経験です」

 俺が世間知らずすぎて知らないだけかとも思ったが、一般的にも普通の魔法ではないらしい。

「あの攻撃力ではとても近づけません。弱点などあれば良いのですが」

「強いていえば、ユリアが有利属性——水属性を使うことだな。なんとなく仕組みはわかったけど、あれはティアの『火球』から火属性を取り込んでるんだ」

 この世界には、属性という概念がある。

 属性は火・水・地・風・聖・闇の六種類があり、同じ魔力量の魔法であっても属性が乗っている分で一・五倍ほど効果が高くなるという特徴がある。

 例えば、プレーンの『魔力球』よりも『火球』の方が強いという風に。

 属性には相性があり、水は火に強く、地は水に強く、風は地に強く、風は火に強く、聖と闇はお互いに強い……など細かなルールがあったりもする。

「言わば、剣技版の属性魔法って感じだな。ここまで言えばわかるな?」

「な、なるほどです……! そ、それにしてもエレンって博識なんですね!」

「いや、俺も今日初めて知ったぞ。見ればなんとなくわかるんだ」

「ええっ⁉︎ 見るだけで⁉︎」

「まあ……自分で色々できるとわかることも多いんだ」

 剣士と魔法師。あるいは、別の職業。

 まったく違うようで、実は共通することは多い。広く知識があればこういったところで役に立つこともあるということだ。

「じゃあ、私が水属性でリヒトと同じことができれば……というところですね」

「そうなんだが……まあいきなりは無理だ。他人の魔力を剣に纏わせて上手く使いこなすのは結構難易度が高い。あの技術は一朝一夕でできるものじゃない」

「では、どうすれば……」

「リヒトの攻撃は全部俺が受け止める。後は、二人でなんとかしてくれ」

「え……?」

 おそらく、クラスメイトたちはリヒトの剣技がどれほど高度なのか理解できていない。

 リヒトの攻撃を捌いて耐久する程度なら、俺が変な目立ち方をすることもないだろう。

「おっと、ちょっと剣を貸してもらえるか?」

「構いませんが……」

「助かる」

 ユリアから剣を借りた俺は、左手で魔法を放ってリヒトの真似をしてみる。

 使う魔法は、『火球』、『水球』、『地球』、『風球』、『聖球』、『闇球』の六種類。

 パッと手から放った六種類の魔力球を空中で野菜を切るかの如く剣で掬い、纏わせた。

 うん、完璧だな。

 初めてだったので上手くできるか不安だったが、問題なくできた。

「う、嘘だろ⁉︎ 僕と同じ……いや、僕以上の剣技をこの一瞬で⁉︎」

「なっ……! ぜ、全属性魔法ですって⁉︎」

 リヒトとティアが、俺の想定以上に驚いていた。

 あれ……?

 ちょっと俺の想像していた反応と違うな?

 俺としてはてっきり、『僕と同じ剣技を使うのか。ふっ、受けてたとう……』みたいな感じだとばかりに思っていたのだが。

 もしかして、全属性の魔法を使えるのってレアだったのか……?



第37話:シーシャ

 まあ、やってしまったことは仕方がない。

 幸い、他のクラスメイトたちとは距離が離れているため、リヒトやティアの驚いた声はみんなには聞こえていないはず。

 これなら、まだ誤魔化せる。

 これ以上傷口を広げないよう、さっさと片付けてこの場を切り抜けるとしよう。

「行くぞ」

 俺は宣言した後、リヒトの懐に飛び込んだのだった。

 キンッ!

 剣と剣が衝突し、高い金属音が鳴り響く。

 属性が付与された剣は、単属性で一・五倍の威力になる。

 つまり、六属性全てが付与された俺の剣は、足し算により合計で四倍。

 普通なら一瞬にしてリヒトを吹き飛ばしてしまうほどの差がある。

 だが、俺とリヒトのパワーはちょうど釣り合っていた。

 お互いに一歩下がり、睨み合う。

 そして、本格的に剣の打ち合いが始まった。

 キンキンキンキン‼︎

 なぜ、これだけの差がありながら拮抗した戦いになっているのか?

 理由は単純だ。俺が手を抜いているからだ。

「エレン、これはなんだ⁉︎ ふざけているのか⁉︎」

 周りからは俺が手を抜いているようには見えないだろうが、リヒトにはバレバレ。

 怪しまれることは最初から分かっているので、事前に用意していた答えを小声で伝えた。

「これには、深い理由があるんだ。後で説明する」

「……⁉︎ ……わ、分かった」

 ふう……。俺の狙い通り、リヒトは納得してくれたようだ。

 後は、俺がリヒトを止めている間に、ユリアとシーシャにこの練習を終わらせてもらうだけ。

 周りからは、俺もユリアと同様にリヒトの前で何もできず防戦一方になっているようにしか見えていないはずだ。

「……ティア、僕はエレンだけで手一杯だ。二人の相手を頼む」

「わ、わかりましたわ!」

 よし、今のタイミングだ。

「ユリア、シーシャ! 畳み掛けてくれ」

 俺は背後にいる二人に攻撃を仕掛けるよう声で合図を出した。

 とは言っても、ユリアは武器を持っていないので、ティアの攻撃をユリアに防いでもらいつつ、シーシャが攻撃することになるだろう。

 シーシャ一人でなんとかなるか……というところだが、俺がリヒトを抑えてさえいれば、さすがにどうにでもなるはずだ。

「喰らうのですわ!」

 言いながら、ティアが二人に向けて放ったのは『火炎矢』。

 矢状の細い魔力弾で、球状の魔力弾と効果は変わらず衝突の瞬間に爆発するというものだが、形状が細いことで空気抵抗が最小限になり速く飛んでくるという特徴がある。

 ドゴオオンンッッ‼︎

 『火炎矢』がユリアの盾に衝突し、爆発が起こった。

 しかしさすがというべきか、ユリアはビクともしていない。

「そ、そんな……! 理不尽ですわ!」

 ティアの叫びを無視して、準備の整ったシーシャのターン。

「要は、当たればいいのよね?」

 シーシャが使う魔法は、『|隕石雨《メテオ・シャワー》』。

 上空に出現した無数の魔法陣から赤く燃える石の雨を降らせる魔法だ。

 大量の魔力を必要とする上、魔力の並列処理が必要な関係で、そこそこ難易度が高い魔法だ。

 こんなの、本当に発動できるのか……?

 とやや心配になったが——

 ドドドドドオオオオオオオオオンッッ‼︎

 問題なく出来たようだ。

 大量の隕石がリヒトとティアを目掛けて飛んでいく。

 これなら間違いなく練習……というか、勝負には勝てる。勝てるが、このままでは下手すりゃ二人が死んでしまいかねない。

「……さすがにやりすぎだ」

 俺は、ジャンプしながら隕石の数を『魔力探知』で確認。

 そして、水属性版の魔力球——『水球』を隕石の一つ一つに当てて消滅させたのだった。

「……ふう」

 全ての隕石を処理することができ、俺はほっと安堵した。

 かなり目立ってしまったが、もはやそう言っていられる状況ではなかったので、仕方がない。

 ……というか、これでシーシャが入学成績でトップ5にも入っていないのが不思議でならない。

「シーシャ、あの魔法が使えてどうしてあの入学成績だったんだ?」

「ああ、それね……。私、魔力のコントロールが苦手だから。的当てで外しちゃったの」

「ええ……?」

 杖を使っていることからコントロールが苦手なことは察していたが、そっちの方向だったのか……。

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