私たちの踊り場でまた会おうね

呉 那須

忘れないで

 はさみ中学校の踊り場は深い眠りから覚めない氷のようで窓は冷汗を床に垂らしていました。ハムカツ先生がたまに屋上点検で通る以外、ここには私とらくがき先輩しかいませんでした。

「理不尽とは仲良くしなきゃダメだよ、挨拶だけしたらOKだなんて甘いからね会ったらしょうもない世間話をしたり夕飯のお裾分けしたり調味料もらったりしないと」

「はぁ、えーと、つまるところそうでもしないと世の中やってらんないってことですか?」

「そゆこと」

「あーじゃそろそろ帰りますか」

「や、屋上の鍵閉めあるし」

 私1人ではさみ中学校を出ると、古本みたいな暗闇が学校と街を飲み込んでいきました。


 太陽が真上に登る頃、私は電球屋の端に置かれたブラウン管テレビに映る自分と先輩を見ていました。私が学校から出る所でテレビの画面は砂嵐に包まれました。

「あ店員さん、この電球っていくらですか値札なし」

「はいそちらの商品は多分50円です」

「じゃこれ買います」

 買い終えて電球を飲み込むと昼間でも分かるくらいお腹がピカピカと光ったので、つい目を閉じてしまいました。

 少し時間が経って目を薄く開くとテレビの電源は既についていて、そこにはどこかで寝ている私が映っていました。


 私は白いベッドに寝転んでいたので起き上がると目の前に薄汚れた、ベージュのカーテンがありました。ンシャッとカーテンを開けると体温計やガーゼが雑多に置かれた机の上にらくがき先輩が座って本を読んでいました。

「起きた?」

「……えどうしてここに?」

「どうして?」

「どうして」

「あーね、大したことじゃないんだけど大丈夫かなって。まぁ、なわけって感じだけど、気を付けてね正しいあるべきはずの自分を見失わないでね。わたしたちのいる世界はそんな都合のいいもんじゃないし。……えーと、じゃ帰るね扉を開けても何も変わらないから安心してね」

 一方的に言いたいことを言って風のように保健室から消えてしまいました。らくがき先輩の頭からは脳味噌みたいななめくじが5匹くらい飛び出てました。


 保健室の扉を開けると、私は電球屋の外にいました。お腹の光が強すぎて私を直視できない人達は、色眼鏡をつけて私を見るようになっていました。

 突然、目の前であじの開きみたいな男が大きな口を開けていて私を食べようとしてきたのですが、男は光のせいで目が真っ白になり倒れました。電球の光は消えたのですが、くっついていた糞たちのせいで彼はすぐに発酵してヨーグルトになってしまいました。


 吸い込まれるようにヨーグルトを見ている内に、私はまた保健室のベッドに寝てました。どろっとしたカーテンを開けると、3階にある1年5組の教室の黒板の中にいました。そこでは、猫の毛皮を被った子達がニコニコと踊っていて「一緒に踊ろ」と誘ってきました。

 テストがあるからと黒板を抜けて自分の席に座ると、牛みたいな声で隣の席のえんぴつちゃんに声を掛けられました。

「ねえ、最近人を紙パックジュースにするのが流行ってるって知ってる?」

 私は知りませんでしたが、さらに隣の席の豚声くれよんちゃんは知ってるらしく会話に入ってきました。

「最近良く動画で見るよねー」

「そうそう、その店が今日駅前にオープンするんだって!2人とも行かない?」

 四足歩行の2人に、ごめん今日はちょっと……と言おうと思ったらぐにゃぐにゃとチャイムが鳴ったので「んじゃそれは後で」とだけ言って前を向きました。私は41時間目のテストに備えて内職。


 時計の針が何百回も空回りする中、ぺたぺたとチャイムの音が鳴ったから私は電球屋の正面から見て左前にある公園に寄ってみました。すると、白衣を着た紙パックジュースがジャングルジムのてっぺんでぞーきんみたいな人面犬をメスで解剖していました。私は気になったのでよいしょと登ると紙パックジュースは私に無理矢理人面犬の顔を見せてきました。最初は嫌で目を閉じていたのですが、少し目を開けると、顔は潰れて分かりにくかったけどどこかで見たことがあることに気が付きました。

「ねぇ、この人面犬はどこにいたの?」

「はさみ中学校のアスファルトの上」

 そう言うと真っ赤な液体がストローから飛び出て白衣と私を汚しました。

 私は足早に公園を出て、家に向かっている間ずっと犬の顔について考えていました。



 誰だっけ?



 私は何故か学校に行かなきゃと思い、帰り道をUターンして学校に向かいました。公園を横目に見るとジャングルジムから紙パックジュースが私を見つめていました。

 学校に着くと今にも消えそうなハムカツ先生が校門を閉めようとしていたので「忘れ物しちゃって」とだけ言って、靴だけポイと脱ぎ捨てて上履きも履かずに学校に入りました。

 

 まず3階の教室に向かいました。


 だけど何もピンとこなくて階段を駆けるように登りました。



 

 そこには目を覚ました踊り場がありました。








 



 




 らくがき先輩はすでに燃やされていました。


 






 それでも私は涙を必死にこらえて、精一杯の笑顔で言いました。




 ありがとうございました


 さよなら












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私たちの踊り場でまた会おうね 呉 那須 @hagumaru

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