3ー20 女神の会合(2)
「あの娘に与えた<聖女>の力は、もとは私のもの。<勇者>もそう、全部全部私のもの。……けど、その力を使って私を殺し、蘇り続ける私の特性を利用して魔力を奪うなんて、まさに悪魔の発想だと思わない? 女神たるママに向かって、なんて酷い仕打ち……」
女神グラスディアナは自らの言葉に酔いしれ、ぐすん、とわざとらしく涙する。
けれど王女の視線は、女神の手にした暗黒色の武器へと吸い込まれる。
魔王殺し。
かつて女神が勇者に授け、魔王を討ち取った際に振るわれた武器。
勇者が手にしていた時は、ほのかな白と橙色という優しい色を含んでいたが、いま女神が手にした剣はほのかな狂気を孕んだ暗黒色に染まっている。
「この剣が気になる? そう、これは<魔王殺し>。私がかつて勇者に与えた武器と同じもの。……地上に降ろした一本は、まだ大陸のどこかにあると思うけど……エルフの誰かが隠し持ってるのかしら? これは、その魔王殺しのオリジナル。文字通り、これで貫けば魂を傷つけ砕き、聖女の蘇生すら完全に無効化する武器よ」
そして、はい、と女神はアンメルシアに剣を授ける。
「これで聖女を殺しなさい。あなたにとっても都合が良いでしょう? あの聖女の歪んだ顔が見れるなら」
その話だけは同意する。
私はあの聖女を殺す、その力を頂けるなら、地べたにだって這いずったって構わない。
……いや待って、とアンメルシアは眉を寄せる。
私に剣をくれるということは、
「女神様。もしかして……わたくしを! この王女アンメルシアを、五体満足で現世に蘇らせ――」
「あ、それは無理ねぇ。あなたの魂はまだ、あの聖女に握られてるから」
「っ」
「私の力を百度奪った聖女。あいつの方が、いまは私より力を持っているのよ。いまは一時的な仮死状態に陥ったあなたを、私が例外的に呼び寄せただけ。……ああ、そうだったわね。聖女を殺すにしても、首から上しかなかったわね?」
「で、では女神様。わたくしはどうやって、あの女を」
「んー。じゃあ、首だけでも殺せるように改造しましょうか。じゃあ元の姿に戻して、と」
え、と抵抗する暇もなく。
女神はアンメルシアの首を跳ね、その髪を掴んでから、うーん、と目尻をにっこりさせた。
「さあ汚らわしい口を開けなさい、アンメルシア。聖女にバレないところに、魔王殺しを仕込んであげます」
「な、なにをっ……いぎあっ」
「奥歯にでも仕込んでおけば、隙ある時に聖女へ吐き出せるでしょう? ふふ、唾みたいにぷっと吐いて聖女の首を取る。じつに面白そうじゃない! ああ、もちろん聖女にバレないよう偽装もしてあげるわ」
「奥歯っ!? あ、あなた本気で、聖女すら殺す刃を私に植えると!?」
「当然じゃない! ……ああほら、口閉じない。歯医者を怖がる子供じゃないんだから。もう、面倒ねっ。仕方ない、邪魔な下顎をまずへし折って、と」
「ひぎああああっ!?」
女神は愉悦に語るが、アンメルシアはそれ所ではない。
指でめきりと顎関節を破壊され、下顎がだらりと外れた姿のまま、上の奥歯へ無理やり指を突っ込まれる。
「あ、あああっ、がっ……」
「はーい、歯を抜きますよ。ぶちっと!」
「いぎあああああっ!?」
強引に奥歯をぶちりとねじ取られ、ゴミのように捨てられた後、女神はふんふんと鼻歌を歌いながら――
「はい、挿入っと」
ずぶり、と小さくした黒刃の破片をねじ込んだ。
「――っ!!!!!」
その途端、アンメルシアの脳髄を貫くような激痛が走り抜ける。
光の槍で頭蓋を貫かれた時よりも、聖女に毒を塗された時よりもなお激烈な。
目玉の奥を貫かれ、心臓をぐちゃぐちゃとスープのようにかき混ぜ陵辱されるような、最早痛みとすら呼べない圧倒的な激痛と刺激。
「はーい、ぐりぐりーっと移植完了。魂殺しは魔力殺しでもあるから、エルフにとっては発狂するくらい痛いと思うけど……」
「ひぎ、あ、ああああああっ!?」
「ほら、頑張って耐えて! これはママの愛よ、愛だから大丈夫! あなたなら出来る、愛があればなんでも適う! そのうち適合するから!」
頑張れっ、頑張れっ。
君ならできるっ。
最強の王女様なんだから!
「っ、あ、あががっ……!」
「ほらほら。憎い聖女を殺すためでしょう? ねぇー? 本当は私だって地上に降りて殺したいけど、エルフ共の【天帝計画】はまだ時間かかりそうなのよねぇ。あれが完成したら私が直接降りられるんだけどぉ……」
女神が王女の頭を無造作に撫で、頑張りまちょうね~と子供をあやすようになでなでする。
その笑顔を恨めしく睨もうとしても、痛みが強すぎて意識がまともに留まらない。
果てしなく続く責め苦と拷問にのたうち回り、意識が途切れ途切れになりながら、アンメルシアは思う。
どうして、自分ばかりがこんな目に合うのか。
生きることすら許されない、激痛を繰り返し浴びせられる程の罪を犯したとでも言うのか。
本来なら世界の全てを手にする、”完璧”なる自分が何故ここまでの苦痛を負わなければならないのか、と。
――そして、思う。
――聖女を殺し、自分が天下を取り戻した暁には――
この女神も、殺してやる。
魔王殺しの刃に焼かれながら、アンメルシアの意識が次第に薄れていく。
「あら。そろそろ聖女の実験が終わる頃? 聖女があなたを蘇らせようとしてるのね。まあ大丈夫でしょ。失敗したら別の方法考えればいいんだもの。時間はたっぷりあるわ。ああいけない、それより私が私を愛する時間を大切にしなきゃっ」
悲鳴のきしみをあげるアンメルシアを放り出し、手鏡を取り出す女神グラスディアナ。
その瞳はもう、王女など見ていない。
アンメルシアは最後まで、最後までその横顔を忘れないよう睨み付け――
*
ざばっ、という水音を共に、意識を取り戻した。
「が、っ」
「失礼。……すこしやり過ぎてしまいましたかね。危うく本当に消滅させるところでした」
エルフ殺し特性の毒液から引き上げられ、アンメルシアは再び首だけの存在となって蘇る。
目の前にあるのは、見慣れたほどに苛立たしい聖女の笑顔だ。
「どうやら記憶混濁の発生は間違いないようですね。魂の感覚からして、あなたの混乱が伺えました。まあ、途中であやうく魂を操る糸を手放しかけて、すこし気配が伺えませんでしたが……」
実験結果はそれなりです、とメモをまとめながらも、聖女は小首を傾げた。
その顔には僅かに、けれど本物の困惑が浮かんでいる。
「アンメルシア。死んでる間に、何かありました?」
「っ……あ、うっ……」
「まあ死んでる間に何かあった、というのも変ですが……なんでしょう。すこし不自然というか、不可解な気配がしたのです。理由は、うまく言えませんが」
眉をひそめる聖女は暫く悩んだものの「エミリーナの作った毒の影響ですかね」と結論づけ、その違和感を見逃してしまう。
アンメルシア自身、今の出来事は朧気で夢のようだった。
あまりに痛みが強く、記憶には所々に穴が開き、今なお自分がどうしているのか理解できない。
「っ……ぐっ……」
けれど王女は、自分成すべきことは覚えている。
記憶を失い、魂を極限まで削られても、この世界に対して成すべきこと。
聖女を、殺す。
必ず殺す。
……そして聖女の首を取り、魔法使いの身を焼き払った後は。
お前を殺す――女神グラスディアナ。
朦朧とする意識の中、アンメルシアはガチリと唇を噛みしめる。
その汚れた奥歯にはしっかりと、闇色に染まった刃が誰にも知られずに仕込まれていた。
――――――――――――――
物語的には盛り上がるところですが、更新ストックが切れたので一旦更新を保留します。大変申し訳ありません……!
復讐聖女の殺り直し ~エルフに裏切られ全てを失った私は『蘇生魔術』で復讐する。命乞いしてももう遅い、死者をあやつる力で世界を優しく直します~ 時田唯 @tokitan_tan
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