お遊びとヒーロー部と襲撃

まえがき

 がんばてかいた。

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 赤井クンというのは案外甘々な人間である。

 ボクが言うのも難なのだけどボクは結構性格が悪い。しかも色々赤井クンに対しては性悪なことをしてきた自覚がある。時折邪悪ながら無害な人間がいるけれど、ボクは邪悪でありかつ有害と言う第一に除かれるべき性質をしていると自認している。

 その癖赤井クンはボクの行動を率先的に咎めようとしない。それどころか手を下す直前まで付き添ってきたりするおかしなヤツだ。いったいこれが清廉潔白で義に篤いと呼ばれる人間だとは思えない。

 しかし今日は、その赤井クンの異様な性質が功を奏す。

 赤井クンは、ヴィランのボクが提案に頷いてくれたのである。


「やぁおはよう、今日も著しく不快な見た目をしているね」

 出会ってまず目につくのはその筋肉質な身体つきを隠しきれていない、コートやらの暖かそうな衣服である。次には彼の暑苦しさを表象する燃えるような赤い髪、そしてむさ苦しい顔。遊びだというのに一気に気分は損なわれる。


「おはよう、そっちも著しく人の情欲を煽り立てる顔をしているな」

 むさ苦しい巨体と、凄まじき熱量に顔をゆがめる。だというのにヤツはそんなことを言ってボクをもてなすのである。

 あな、いみじき友情である。


「――佐倉おねえさん、なんですかその恰好。やる気あるんですか」

 世に冠絶したる凄まじき友情に、身体を震わせ身体の内からあふれ出る熱を抑えようとしていた頃、横から白色が飛び出してきた。


「嫌味なんですか? その顔があればおしゃれしなくても問題にならないと言いたいんですか?」

 小さな白の少女、小白こはくちゃんはふわふわとした笑みを一転させて、凄まじ気迫を以てボクにつかみかかって来る。お嬢様かつ中学生女子にはふさわしくない修羅の如きを湛え、額には青筋を浮かべにじり寄る。


「……いや、遊びに来たんでしょ?」

 いったん赤井クンとの友情から意識を離し、随分と力を入れただろう衣服と小物と、そして化粧を眺める。そしてボクは首をかしげるのである。


「デートでもパーティーに行くでもないのに、なんでおしゃれしてるのよ」

 もしや赤井クンが恣意的な言い間違いでもしてくれたのかと思い彼を睨む。しかしどうにも呆れた顔で首を横に振るうばかり。そもそもこの男はボク以外の人間に嘘を吐くことがない人間だった。


「美人だからって調子に乗っているんですか、それとも正妻ポジだからですか?」

「いたい、いたいよ?」

 では目前にいる『同盟』の美少女連中が曲解したのか。小柄でほわほわしているくせに異様に力強く掴まれる痛みに身をよじり、小白ちゃんから逃れようと足掻く。

 そして知る。ボクの力が小白ちゃん以下の貧弱さを持つことを。


「とりあえず私刑は後にしましょう。まずはそこの咎人の話を聞かなければね」

 一時は落ち着いていた藍色女はいつか見た、狂気を孕むほどの活力を取り戻したらしい。凛とした顔をして、ボクよりも幾ばくか背の高い彼女は酷く高圧的に見下す。

 困惑しているボクは置いてきぼりにしたまま。


「勇一くんより、お話は聞かせていただきました」

 粛々と語られ始めたこの状況。赤井クンだけはそろりそろりとゆっくり、音を立てることなく逃れ行く姿を見つける。しかしそれに口を出すことはできない。

 目の前には一見して義務と善き心が表面化し、鋭さをも思わせるその顔は慈悲深さが湛えられている様に思われる。しかしその慈悲はまるで見当違いの方を向き、ボクにはそのほんの少しのエッセンスでさえ向けられてはいない。


「あなたのことは疑わしいですが、他にもヒーローを動員させてもらいました」

 しかしあるのは狂気ではない。嫉妬でもなく、著しき独占欲でもない。疑念と懐疑であった。そしてヴィランという人間社会に仇なす邪悪を嫌悪する瞳。

 居心地が悪いったらありゃしない。しかしそれも仕方がないこと。

 だってボクは実際にヴィランなのだから。


「……ボクは赤井クンとしか遊ぶ約束をしてないんだけどね」

 しかしそこに私怨が含まれているように感ぜられて反骨心を抱く。ボクの感情はどうあれ、彼女にとってボクは先鋭的な恋心を向けていた相手を奪った相手なのだ。恨まれることに理解はすれど、しかしそれを無抵抗にするつもりはない。

 とそんなところで赤井クンを眺めてみれば、顔を背ける姿が見える。

 この悪鬼羅刹どもを連れてきたのは、彼の意思なのか、いまだ曖昧だ。


「とにかく、もしこれで嘘ならば、分かっているね」

 悪魔の如き悍ましき笑み。異様なほどに口角が吊り上がる様は肉食動物の獰猛に勝るほど、ボクの心を震え上がらせた。


「二度とお天道様を見られないから」

 その言葉は説得力があった。

 なにせ時折ボクの視界にはちらりほらりと顔見知りのヒーローたちが屯しているのだから。大勢のヒーローたちに囲まれれば、ボクの命などひとたまりもなく、憲法によって保障されているはずの身体自由など一秒も持たずして粉砕されることだろう。


「はは、は」

 鳴海先輩に伝えられたその連絡事項が、嘘かあるいは間違いであるかもしれない。その恐ろしき可能性が今になって湧き始めた。


「では、その時まで一緒にお買い物を楽しみましょう」

 ふふふ、とにこやかに笑った藍色女の変わり身はあまりにも恐ろしいものだった。


 □


「あっはっ!! アンタやっぱそういうの似合うわね! モデルみたいよ!」

 ゲラゲラ笑って、挙句床に落ちてぴくぴく痙攣している。そのまま死んでしまえばいいのにと思った。踏み潰してみようと足を動かした。もはやこんな奴はいらない。

 けれどまた奴は逃げるのである。逃げるのだけは本当にうまい。

 ボクは恨めしく笑い続ける妖精、ピコをねめつける。


「ふぅむ、似合ってはいるんですが、足りないんですよね、洋服の方が」

「……ボクは似合わない方がうれしかったけどな」

 ひらひらとした服を身に着けるのは、美少女然とした姿のボク。試着室のカーテンを無理やり開けた小白ちゃんの瞳にはそれが映っていた。


「やはりこちらの方が……」

「ねぇ、もう夕方だよ? もうすぐ例の時間だよ?」

 ボクの一見これほどに勝る可愛らしき人間はおらぬだろうと思わせるほどの姿を、しかし彼女は悩ましく眺めている。そしてその脳裏では、ショッピングモールにいくつかある服屋で見つけた服を組み立てているのだろう。

 こんなことを続けてもう五、六時間は経ってしまった。


「しかたがないです。とりあえず佐倉おねえさんにはそれ買ってあげます」

「……いや、いや」

 疲労困憊で、その上目まぐるしく服屋を回っていたおかげでちょっとだけ酔いもある。けれど小白ちゃんが財布を取り出したところで思わず制止をする。

 しかし冷静になってみると制止しなくてもいいように思えてきた。


「なんですか? それとも他の服がいいんですか?」

「いや、違うけど……」

 男子高校生が、女子中学生に金を払わせて女装する。その字面に含まれる業はあまりに深すぎる。LGBTとか性的マイノリティとか、そう言った言葉を弄してもぬぐい切れぬほど反倫理的な匂いが漂っている。

 しかしボクが払ったとて、女装するために金をかけていることになる。前者に比べていくらかましだとは言え、今度はボクの矜持を激しく棄損する。


「――よし、赤井クン。キミが払おうか」

 ボクは払いたくない。しかし小白ちゃんに払わせるのは不味い。だからこそ赤井クンに責任を押し付ける。

 なんといっても、連中を連れてきたのは赤井クンなのだから。


「よろしく頼むよ」

 渋々銭を出してくれた赤井クンにはにっこり笑って腕を組んでやることにする。

 ボクだってなんら対価なしに赤井クンに金なんぞを支払わせるほどの畜生ではない。だからこその接待である。人類はお水を売ることが商売になるくらいだ。


「じゃあ行こうか」

 どもりつつ、泡を吹きそうになっているのか良く分からないが、とかく顔を青くする赤井クンにボクは笑いかけた。



「さぁて、皆々様方。そろそろお時間ですよ」

 しかし楽しい時間もあっという間。もっと赤井クンの精神が摩耗してくれれば面白かったのに、例の時間になる。逃げるためにボクは背中から翅を生やす。口だけは豪胆な癖に、心底臆病らしいピコはそわそわしていた。


「言っておくけど、これはボクが企画したわけじゃないよ」

 まずはそこを言っておかねばなるまい。腕時計を見つつ、ボクは彼女ら彼らにおそらく今日最後の言葉を吐きかける。


「3,2,1――」

 その瞬間、轟音が鳴り響く。

 ヒーローたちはすぐさま血相を変える。


「アハハハっ! 死ね、死ね、死ね!」

「……じゃあ頑張ってね!」

 そして聞こえる甲高い声にボクは逃げることを決定する。赤井クンたちは驚いてボクの方を見てきたがどうしようもない。

 襲撃するヴィランが男なら少しだけ戦ってやってもいいと思ったが、仕方がない。


「あ、おい!?」

 ボクの持つ力は【魅了】。

 それはボクの容姿を見てほんの少しでも恋心を抱く人にのみ効果を示す力。

 だから、大概の女性に効果がない。

 ゆえに逃げる。それしか選択肢がないから。


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魔法少女って聞いてない。 酸味 @nattou

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