ヴィランのボク

まえがき

 友達はいまだにできていません。つらたん。

 あと思っていた以上に忙しく、あまり更新をできる状況じゃないです。

 ごめんなさい。でも少なくとも五月には絶対に更新頻度は上がります。(毎日投稿とは言ってませんよ、ここ注意)

――――――――――

  ―――――――――――


 妙に几帳面な癖に彼は中学の教科書の類を放置している。とはいえそれは僥倖。呆けている赤井クンを尻目に教科書を積み上げていく。薄く破廉恥で、彼からすれば絶対に隠したいだろう恥ずかしい本はボクの背では届かないところに置いてある。

 場所は知られてもいいが、中身は見られない。随分滅茶苦茶なことをしている。しかし本を何冊も積んでいればさすがのボクだって手が届く。だから何冊も積む。あまり良い方法ではないと思うけど、もう使われない教科書だ。ボクの綺麗な足に踏まれるなら喜ばしい事だろう。


「……お前、だからなにをしようとしてるんだ」

「なにって、キミがなにか危ない思想を抱いたら危ないからね、チェックしなきゃ」

 首根っこを掴まれベッドの上に投げ捨てられる。床の上に積まれた教科書類も部屋の隅に片づけられ、仁王立ちしてボクを睥睨する。

 いや、しかしこの筋肉男が猟奇的な性癖を獲得してしまうのはかなり不味い。ヒーローで大男は、それを実現できる可能性がある。

 その主張を、彼はやっぱり信じていない様子ではあるけど。


「はぁ、お前がどうしようもない性悪なのは知ってるが、重要な話してんだろ」

「いや、キミが阿呆みたいに呆けてたからじゃないか」

 重要な話はしていない。ボクが話を持ち掛け、彼は固まっていただけ。

 こんなもん会話じゃない。


「とにかくだ、正直お前の言葉なんて信じられない」

「まあ、ボクは一応ヴィランだからね」

「……いや、それもあるが」

 とはいえ赤井クンの気持ちも分かる。「いついつのどこどこで、ヴィランが襲撃する」と言っているのはまごう事なきヴィランなのだから。と言ってもボクは人を傷つけることはしていないのに、ちょっと過剰だと思う。


「根拠が全く分からないところがあるし、第一お前が信用ならない」

「あっは! アンタ十年来の親友に信用されてないらしいわね!」

「……ボクはヴィランで、証拠も挙げられてないから疑うのは当然だよ」

 お腹を抱えて大声をあげて笑うピコにデコピンを食らわせる。でも逃げることだけは上手なピコは寸前のところで避けてくれる。クソったれ。


「なぁ、赤井クン。ボクはたしかに色々悪戯はしていたけど、そこまで致命的な悪戯はしてこなかったと思うんだ。ボクはキミの目にはどんな奴に映ってるんだ」

「人の性癖を勝手に他人に教えるような人間。告白したことを何年も大声で広めること。そんな気もないのに誘惑してくるところ、人が騙されることになにごとにも代えがたい悦楽を覚える、悪辣極まる人間」

 酷いことを言っている。

 そう思って文句を言ったのだけど、彼はボクの肩を掴んで無表情でそんなことを語ってくれた。目からは光が失われ、怒りか悲しみかなにかによって拳が震えていた。

 ……うむ、話を聞いてみると、ちょっと思わないことがないでもない。


「ハハ……それも昔の事じゃないか」

「俺はお前が「赤井クンはロリコンなんだ」とか言いやがったおかげで、小白から迫られてんだぞ、ふざけんじゃねえ」

 もはやバグり始めた赤井クンは裏返った気色悪い声でボクをまねた後、とんでもない気迫で言葉を連ねる。


「と、とにかくだよ、ボクは伝えた、つた――離してよ、ねえ」

 こんな時は目を合わせずに逃げるべきだ。

 負け戦に真面目ぶって正面から向かうのは愚行。だから逃れようとしたのだけど、光彩を失った瞳を向ける赤井クンはボクを話そうとはしてくれない。無駄に筋肉をつけており、無駄に身長があり体格のでかい男は、ボクを抑えつけようとしている。


「そう、ならこっちにだって手段がある」

「ひぃっ! なんだよ! キミも反省してないだろ!」

 ボクは赤井クンに片手で抱きしめられ身動きは取れなくなる。その間開いた右手で自らのポケットからスマホを取り出す。一体なにをしようとしているのか。

 第一コイツ、PTSDとか仰々しいことを言っていた癖になにをしてるんだ。一日経ったら記憶を失う鶏の上位互換程度の知能しかないのかこいつには。

 ボクにはない固い胸板と、理外の力による熱が細い身体を包み込む。


「スマホを見ろスマホを」

「なにをいって――」

 すると彼はすごい嫌味な顔を見せる。善人で名が通っている赤井クンは滅多にこの類の表情を見せることはない。しかしほんとうに時折彼はこういう顔をする。

 そしてそういう時は大体、ボクにとっては碌でもないことが起こる。

 胡乱な目で、しかしスマホを見ねばならず。いやいやながら覗き込む。

 そして出たのは大きなため息と困惑。そして何者かの裏切りによる失望と怒り。


「随分と可愛い恰好してるよなぁ、お前は」

 そこに映るは一カ月近く前の巫女服を纏い神楽を踊るボクの姿。


「鳴海さんからもらった。「あなたの幼馴染さんはほんとうに可愛いですね」って」

 あの人はなにをしてくれたのか。おそらくはチョコに送られて、それを赤井クンになんの意図かを以て送り込んだのだろう。正直あの人がなにを考えているのかは理解できないから、意図不明だけれど。

 けれど嫌味な顔を晒す赤井クンには対応せねばならぬ。


「赤井クンそれは大分問題発言だぞ」

 一番効果的なのは倫理面で責め立てること。コイツはボクが女装すると水を得た魚のごとく悪辣なことを言い続けてくる変態筋肉野郎だ。しかし倫理観をすべて消し飛ばしているわけではない。


「キミに言ってないだけで、ボクは十数年は巫女をしているからな。神職として」

 迂遠な言い方であるけれど、例えば司祭、助祭とかの神官服を見て「カッコいいコスプレですね」はいくら何でも無礼千万すぎるに決まっている。


「キミは神道を馬鹿にしているのか」

「……いや、そういうわけではないんだがな」

 おまけにボクが敬虔な神道徒だと演じる。よほど共感性のない人間でない限りは口を噤むことだろう。敬虔な宗教人なんて盲信したイカレ人間だと相場は決まってる。

 どこかの宗教は全国的に自爆攻撃を尊ぶ人間を作り出した。熱心なソレなんて恐怖の対象だろうに。


「兎角、信用してないのは分かる」

 とはいえボクがすべきことは赤井クンを黙らせることでなく説得すること。


「だからその日ここで遊ぼうじゃないか」

 赤井クンはすごい顔を見せてくれる。

 しかし首を横にふるうことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る