暗躍?

とある電話、仲介役

 とある日の放課後、ボクのスマホに電話がかかってきた。

 それは喫茶Natureで開かれる密会『ヤドリギ』を主宰する、鳴海雅美なるみあみ先輩からの電話だった。そしてそれはただの電話ではなかった。


赤井あかいクン、ちょっといいかな」

 同盟を自称する連中が一斉攻勢をしてから、避けていた赤井クンへと声をかける。あの地獄の一週間が終わって、彼はきっぱり精神攻撃を止めた。しかし思った以上にボクの心に傷が残ったのだろう。身体が拒絶反応を起こしていた。

 だから二週間、赤井クンと関わらない生活をしていた。

 けれどそれも終えざるを得なくなる。


「……逃げないでよ」

 筋肉質な巨体を縮めてチョロチョロ逃げようとする彼に壁ドンする。何故か逃げようとしていたので捕まえるために仕方なく。腕が短いから抱き着く様な形だけど。


「キミに話があ――だからなんで逃げんのさ?」

 どうにもあれ以来彼はおかしな動きを見せる。抱き着いたボクを払おうとして失敗する赤井クン。その上また無言でどこかへと逃げようとする。

 いつもは異常なくらいに無神経なのに、近頃彼は何故か粛々としていた。


「もしもーし、聞こえてますかぁ? 顔背けてたらわかんないよ?」

 放課後の廊下。ボクは壁に赤井クンを押し込み顔を背ける彼に向け声をかける。自然と上目遣いにはなったけれど今回は誘惑などしていない。逃げようとするから捕まえて話をしようとしているだけ。でも全然話を聞いてくれない。

 なんでボクはこんなことをしているのか。一瞬ふと我に返る。

 遠くから「往来でいちゃついてるよ」という声が聞こえて、慌てて彼から離れる。


「まったく、キミの所為でまたあらぬうわ……」

 馬鹿な噂をしようとする奴を睨む。ばつの悪そうな顔をして逃げ帰る姿を見送った後、「さてではそろそろ話でも」と赤井クンを見やる。そこには虚無があった。


(あいつ、逃げやがって)

 身体はでかいくせに音も出さずに逃げてしまったようだ。結構重要な話をしようと思っていたのに、なんで逃げるんだろうか。

 今頃はどこにいるだろう。トイレにでもいてくれたら楽なのだろうが、あの様子だ。おそらくは全速力で家に逃げ帰ろうとしているに違いない。そうなれば赤井クンは捕まえられない。家に言っても居留守をつかわれるのが目に見えている。


(前は勝手に寄ってきたのに、今度は逆かよ)

 最近の赤井クンは勢いを増して理解が出来ない。元からよくわからないところが多かったのだけれど、今ほどではなかった。こんなにも幼稚園児染みていなかった。

 しかし文句も言っても仕方がない。あれでは明日も話を聞いてくれなさそうだし。

 溜息がこぼれる。時間もそれほどないから余計に大きく。


(メッセージ送ればいいか)

 それなら時間がある時に赤井クンも見てくれることだろう。まともな人間だと他人には思われている赤井クンだけれど、存外あれは暇人だ。ボクほどじゃないけど。

 鳴海先輩に言われたことをそのままメッセージに書き込み送る。


「アンタそれでいいの?」

 スマホを仕舞い、床に下ろした鞄を背負う。そして帰り道でまた何か本を買って行こうかと考えていた。そんなときピコが呆れつつボクに疑問を投げる。

 首をかしげてピコを見る。


「あんなに重要なことなのに、文書だけで」

「……仕方ないでしょ。大声で叫べる話でもないし」

 不安になる気持ちも分かるが、焦っても仕方がない。

 世界と言うのはボクらがなにかしなくとも勝手に動いていく。しかもそれでなんとか平和になるのが世界と言うもの。こういう時はのんびりした方がいい。

 第一赤井クンも気付かないわけがない。流石にブロックとかはしてないだろうし。


「明日には赤井クンの方から、話を聞かせろって言ってくるよ」

 あれは残念な奇人であるが、しかし責任感のある男だ。

 こちらがのんびりしていても向こうからやって来るに決まってる。


「キミにも漫画かなんか買ってあげるから行こう?」

「まったく、ワタシがもので釣られるとでも思ってるの……まあいいけど」

 ピコはピコで近頃漫画を読むことにハマっているらしい。無料の電子漫画を読んでいたらしいがそれだけでは飽き足らずたまにぼやいていた。でもボクには漫画趣味はないしどうしようかと思っていたけど、お金はあることだし買ってみようと思う。

 といっても某古本チェーンだから求めてるものがあるかは分からないけど。


「でも二、三冊だからね」

「えぇ!?」

 漫画なら買おうと思えばいっぱい買えるし読みつくせるだろう。値段も小説に比べたら安めなのも多いし。ただ漫画で本棚を埋め尽くされても問題がある。

 釘を刺したのだけどすごい驚いていた。……五冊くらいまでなら許そう。


 □


 翌日、朝早くのこと。


「……昼休み時間あるか」

「はぁ、別にあるけど」

 世界史の課題をやるついでに「アンタたちの歴史を見てみたい」と言い始めたピコと共に、教科書を眺めプリントの空白を埋めていた頃。

 妙に改まった顔、そして小声で赤井クンが声を掛けてきた。

 想像通りの姿と行動に、ため息を吐く。そして勝手に逃げてくれた赤井クンに優しくしてやるのも癪なので、ちょっと突き放した態度を取る。


「そうか、ならちょっと時間をくれ」

「えぇ~、ボクは昨日キミに話してやろうと思ったのに、逃げたよねぇ?」

 そもこちらの誘いを好き勝手に無視してくれたのは向こうの方である。ピコは呆れかえっているが、これはボクのプライドの問題である。赤井クンなんぞに無礼を尽くされ、なにもしないというのは癪が過ぎる。


「それじゃあボクも逃げて良いってことになるよねぇ?」

 ぷいっと顔を背けぶつぶつぼやく。

 あー、とかうー、とか呻いている彼の振る舞いはどうしようもなく面白い。それを十全に感じ入るため表情筋に力を籠める。


「悪かった」

「謝ってほしいんじゃない、理由を知りたいんだよ」

 ちょうどよい。だからそれも聞いておく。


「お前を精神的に苦しめてしまった」

「へっ?」

 しかし返ってきたのは意味の分からない台詞。

 いや、たしかにこの男がボクの精神が著しく摩耗させたのは事実だ。しかしなぜそれがボクを拒絶することになるのだろうか。


「少しの悪戯の様なものだったんだ」

 お前、アレ悪戯だったのかよ。

 ほんの少しの殺意を抱いて、必死に抑え込む。手が凄い震えてる。


「あんなに顔を青くしてたから、近付いたら嫌われるんじゃないかと思った」

「……まあ、あの勢いで近付いてたら確実にボクはキミと縁を切ってたけど」

 しかし珍しく自分がやったことについて認識はしているようだ。コイツは時々異様なほどにデリカシーがなくなる。自覚がある分、ちょっとはましなのかもしれない。

 比較するほどのことでもないと思うけど。


「だから避けてた」

「でももう二週間は経ったよ?」

 なにか悩ましげな表情で、今にもボクの下から逃れようとしている赤井クンの姿はあまりに見慣れない。この大男がなにを弱々しくしてるのか。ちょっと悍ましいからやめてほしい。


「PTSDはそんな早く治らないと聞いた」

「いや、さすがにそこまで重症じゃないよ」

 酷い勘違いだ。

 今までボクが赤井クンにやったことを覚えてないのか?


「第一ボクはキミに抱き着いてたりしたことはあるんだよ? キミのおかしな行動が気持ち悪かっただけでキミ自体はそれほど嫌ってはないよ?」

 場合によってはお狐さま直伝の誘惑台詞を吐いたりしていたくらいだ。



 時間が経ち、放課後になった。

 当初赤井クンからは「昼休み……」とか言われたけど無理やり押し通して、彼の家で話をすることにした。学校は事実上ヒーローの巣窟であったし。

 しかし相も変わらず気持ち悪いくらいに整っている部屋だ。生活感がない。

 大きめな棚と天井の間にある隙間をちょっと眺める。分かりにくいけれど本画に三冊置いてあるのを発見した。ベッドの下、スマホに続いて今度は本棚の上か。こちらも相変わらず分かりやすいことだ。


「ヴィランの話、なんだろ。お前どこ見てんだよ」

「えっとね」

 頭を叩かれて、すごい威圧的な声で囁かれ、ダンベルを持ったので仕方なくスマホを開く。赤井クンの癖など知り尽くしているのに今更なにを恥じているんだ。

 地図アプリを開いて、とある場所を指し示す。


「明後日、ここに襲撃あると思うよ」

「はっ?」

 豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした赤井クンを見れたのはすごい満足。

 でも次の瞬間に肩を掴まれ、耳元で叫んでくれたのは嫌だった。


 鳴海先輩の電話。

 彼女が言うにはヴィランの一派が襲撃を計画しているらしい。

 そのことを赤井クンに伝えてくれと連絡が入ったのだ。

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