5.5 私がいるんだから
始業式が終わった後のこと。
「ただいまー。はーるーかー、お姉ちゃん帰ったよお」
家に帰り着き、玄関で靴を脱ぎながら、雪菜は奥に向かって声をかけた。
リビングのドアが開いて、春香が首から上をひょっこり覗かせる。
「おかえり。早かったね」
「そりゃあもう、春香に会いたくて超特急で帰ってきたからねえ」
「ふーん……っていうか……」
春香の目が細められ、湿っぽい視線を姉に送る。
「またそんな格好して……もうそこまで寒くないでしょ?」
四月の昼時にも関わらず、耳あて、マフラー二本、ミトンの手袋、ダッフルコートという出で立ちだ。完全に季節外れの格好である。
雪菜が家に上がり、トコトコと春香に歩み寄る。
「ふへへ、だってコレ全部、春香からのプレゼントだからねえ。着られるときに着ておかないと」
「もー、それで汗かいたりして風邪ひいたらどうするの? 看病なんてしてあげないからね」
「心配してくれてありがとねえ。よし、ぎゅーしよう」
満面の笑みで両手を広げる雪菜だが、春香はふいとそっぽを向いた。
「やだよ、子どもじゃないんだから」
「えー、私は愛情をたっぷり注ぎたいんだよお。昔は春香から抱きついてくれたのに、しくしく」
「い、今は違うの!」
「私から一方的にするのもダメ?」
雪菜の問いに、春香は目を泳がせた。顔を僅かに俯け、着ている洋服の裾を両手できゅっと掴んだ。
そして、雪菜に背中を向け、俯いたまま口を開く。
「後ろからなら……」
「おー、ありがとう。春香デレさいこー」
春香が後ろを振り返り、口をへの字に曲げる。
「変なこと言うならやらせないよ?」
「ごめんごめん、そんじゃ、抱きしめさせてねえ」
春香を抱え込むように、後ろから優しく腕を回す。
背中を守られた妹は、目を瞑り、口を閉ざす姉にそっと耳を傾けるように頭を寄せた。
二人で昼食を食べながら、不意に雪菜が言う。
「あっ、そうだった。私、あのふたりと同じクラスになったんだよ。席も近かったから、たくさんお話したよ」
「え"えっ!?」
「すごい声が出たねえ……」
春香は口元を押さえ、耳を真っ赤に染めた。
「あはは、かわいかったから無問題だよ。でも恥ずかしがる春香もかわいいねえ。何もかもかわいいねえ」
「やめて……っていうか、ほんと?」
「うん。緋野さんと、お相手は夢川琴莉さんっていうんだって」
「可愛い名前……どんな感じだった?」
「いやあ、その夢川さんがさあ、私が妹ラブだって言ったらめちゃくちゃ食いついてきて面白かったなあ。緋野さんに百合脳って言われてチョップくらってた」
「え、私たちと一緒の人なの?」
「そうみたい。それから、なんかさあ、教室に入った瞬間、堂々と抱き合ってる二人が目に入ってさあ、それが緋野さんたちだったからびっくりしたよ」
「ゔぇっ、そんなに堂々と? やっぱり隠してないんだ? すごい……見たい……」
「いやあ、一応そういう……恋愛的な? そういう関係だってことは周りに言ってないみたいだけど……あれで隠せてるとは到底思えないなあ」
「へえー、そうなんだ。でも、私もだけど、お姉ちゃんもラッキーだったね」
「そうだねえ。あ、それからねえ……怒らないでね?」
「なにが?」
「口、滑らせちゃって」
後ろ暗そうにこめかみを指先で掻く雪菜を、春香は唖然として凝視した。
「は? 嘘でしょ?」
「いやあ、わざとじゃないんだけどねえ。咄嗟の言い訳とか思いつくほど頭の回転速くないからさあ私……それにほら、言ってた方が春香も気が楽かなあって。ごめんね」
「はあ? 信じられない! お姉ちゃん嫌い!」
表情に焦りを滲ませて、雪菜が席を立って春香の方へ回った。膝立ちになり、春香にすがりつく。
「えええ、それだけは言わないでおくれよお。ごめんってばあ」
「嫌いは言い過ぎた、嘘。でもイヤ、許さない」
「お詫びにこの後あの二人に引き合わせるからあ」
「え、ほんと?」
「うん、少し部活するって言ってたから、簡単に見つかるよ」
「……わかった」
「あ、でも緋野さんには気を付けてね。夢川さんいわく、緋野さんの独占欲を刺激したら恐ろしいらしいから」
「えっ、なにそれ、重くていいね……」
「いやいや、私は春香の心配をしているんだけど」
「そうだった、ごめん」
入学式の支度を終え、姉妹は揃って家を出ようとしていた。
玄関で靴を履く姉をじいっと見つめる春香。そんな視線に気が付いて、雪菜が演技っぽくテレテレと頬を緩める。
「そんな熱烈に見つめられたら照れちゃうなあ」
「違うから。お姉ちゃん、それ、全部取っ払ってから家出てね」
相変わらずの暑苦しい格好の姉を、呆れた目で見る妹。
雪菜は「えっ」と漏らし、明後日の方を向く。
「春香に、包まれていたいんだ」
「は、意味わかんない」
「うう、淡白な春香もかわいいよ、めちゃくちゃかわいいよお」
「それはいいから、全部とって、脱いで。そんな格好で入学式に来られても恥ずかしい」
「じゃ、じゃあ……学校まで手、繋いでくれるなら」
「やだ、恥ずかしい」
「それじゃあこのまま行くしかないなあ」
雪菜がなぜか偉そうに腰に手を当て、胸を張る。そんな姉に、春香はため息をついた。
「今は私がいるんだから、別にそんなの身に着けてなくてもいいじゃん……」
「えっ、今のもう一回言って、録音するから!」
「絶対イヤ。はあ、学校までだからね」
「やったあ」
こうして、六見姉妹は仲良く手を繋いで学校に向かったのだった。
ガチ百合バレして脅され中! 二年生編 やまめ亥留鹿 @s214qa29y
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