5 見せつけないわけにはいかないの
始業式が終わり、放課後になった。
隣の席に座る綾里が、憂鬱そうにため息をついた。
「はあ、部活動紹介めんどくさい」
「がんばれ部長」
「これで誰か入部してきたらどうしてくれる」
「いや、それが目的だから」
まだ二人きりの部活を夢見てるのか。諦めなさい。
まあ、新入部員ゼロという可能性は割とあるとは思うけれども。
うちの高校の入学式は、この後の午後から始まる。そして入学式の最後に部活動紹介があるのだ。
園芸部部長の綾里は、そこで新入生に向かって部の紹介をしなければならない。ちなみに私は、綾里の傍らで鉢植えを持ってつったている予定だ。平部員バンザイ。
「園芸部かあ、私暇だし入ろうかなあ」
後ろの席の六見さんが、ゆったりとした口調で会話に入ってきた。
まあそれはいいのだが、この人は始業式の間も、ホームルームの時間も、ずっと朝の重防寒スタイルのままで、暑くないのだろうか。
教室は暖房も効いているし、何より他人の目は気にならないのだろうか。始業式で体育館に移動した時とか、めちゃくちゃ視線集めてましたけど。
っていうかマフラー二本ってどうなのよ。見た目がすごくゴワゴワしていて、とにかく重々しい。
「六見さんは前の学校では部活に入ってなかったんですか?」
「入ってないよ。なにせ私は多忙なのだよ」
「さっき暇って言ったばかりじゃないですか……」
私の指摘に、六見さんは「あはは」と抑揚なく笑う。
「そうだったかも」
ふわっとしてる人だなあ。喋り方も相まって、掴みどころがない。
綾里が六見さんに視線を向け、訝し気に眉根を寄せた。
「ねえ、どうして私たちが園芸部って知ってるの」
確かに、そんな話はしていないのに、なぜ知っていたのだろう。
六見さんは僅かに目を丸くして、口を半開きにした。
「あー……しまった」
ええ……もうなんのこっちゃ分かりませんわよ。しまったって何ですかそれ。
六見さんが頬を掻き、首をひねる。
「いやあ、妹から聞いててさあ。アレ、花火大会で見かけて以来、妹がちょーっとおふたりさんにお熱なのよ」
「え、何、どういうこと?」
「まあ分かりやすく言えば……」
そこで一旦言葉を切り、六見さんが私に指をさした。いや、今の六見さんは白いミトンの手袋をしてるため、厳密には指をさすのとは少し違うが、そこはどうでもいい。
六見さんは首をすくめ、口元をマフラーにうずめて隠した。
「夢川さんと同じ趣味をしている、ということだよ」
「うわ、分かりやすい!」
分かりやすすぎてびっくりしちゃったよ。なぜか綾里の冷ややかな目が私をなじってくるけど、知らんぷりしよう。
「ってあれ、私がそういう人だって言いましたっけ?」
「妹にしか興味がないって聞いてあんな反応されちゃあねえ」
「なるほど、確かに」
「それでねえ、私が緋野さんのことを知ってたもんだから、この高校に通ってるって話したら、文化祭に潜入しておふたりさんが園芸部だってつきとめたみたいなんだよねえ。どうも妹がすまないねえ」
「いえ、六見さんは悪くないですし。ただ……」
ちらと綾里を一瞥する。むすっとした表情で、私の目を見返してきた。
「綾里様がガチギレしたら大変なので、ほどほどにして下さいとだけ」
「おー、妹、園芸部に入る気満々なんだけど、いじめないであげてね」
そう言ってまた、掴みどころがなく「あはは」と笑うのだった。
六見さんが、
「私はこの後、最愛の妹の入学式に出てその立派な晴れ舞台を見届ける使命があるのだよ。急いで帰ってご飯作って一緒に食べて妹と一緒に学校に舞い戻る予定なのさ。羨ましかろう? それじゃまた」
一気にまくしたて、颯爽と教室を後にした。
「……面白い人だ」
「変な人、の間違いじゃない? シスコンだし」
綾里も十分に変な人ですけどね! 口が裂けても言えませんけど!
その後すぐに、私と綾里は部室へと移動した。
部室に入って、私は気になっていたことを口に出した。
「ねえねえ、この間ここで誰かに覗かれたじゃん? それってもしかして、六見さんの妹さんだったのかな?」
すると綾里は、私の頬を両手で挟んだ。そのままグニグニと動かしてくる。
「おばか。あのノゾキはことりが通ってた中学の制服を着てたって言ったでしょうが」
にゃるほど、確かにそう言っていた。六見姉妹は前年度まで別のところにいたわけだから、違うようだ。
でも、てっきりそう思ってさっき正直安心してたのに……別人なのかあ。
というか、グニグニが長い。いつまで続けるの、ほっぺたが取れそうになってきたよ。
「あぅあぁ……しょーやっらかも……あにょー、しょろしょろうにうにやめれくらはいましぇんか……」
「なあにー? 何言ってるか全然わかんない」
クスクスとおちょくる笑みを浮かべる綾里様。
どうして意地悪モードなんだよう、何か気に障ることしましたっけ?
「私はねー、今日ことりが知り合ったばかりの女の子とたくさん会話してたのが気に食わなかったの、わかったかな?」
あ、ご丁寧に説明してくれてありがとうございます! ばっちり理解しました!
「そういうわけだから、部活動紹介はちゃんとリードをつないで出ようね」
「は、はい!」
……ん? あれ?
「いやいやいや、それはおかしいでしょ!」
「ことりは私だけのもの。だから、戒めとして、ね?」
にっこり笑顔だけど圧がすごいんだよ!
やばい、動悸がしてきた……。こいつは小悪魔なんかじゃない、悪魔だ!
「どんだけ独占欲肥大してんですか!」
「もう計り知れないくらい。いつも言ってるでしょ、本当は監禁したいくらいなの。間違えた、軟禁だった」
あ、はい、もう聞き飽きるくらい聞いてました。
「そうでしたね、元からでしたね……しかし! さすがに大勢の前でリードは……やめましょう?」
「よく考えて。新入生の中には六見妹やノゾキがいるの。だから、見せつけないわけにはいかないの」
もう思考回路がどっかにワープしてるよ!
そもそもの話が、ノゾキの人がそういう趣味なのかは分からないわけだし。
でも丁度いいから、コレを利用してやろう。
「そうだけど……綾里こそよく考えて。六見さんの妹さんやノゾキの人は、むしろソレを見たら喜んでしまうのでは?」
私の言葉に、綾里は虚をつかれたように目を丸くした。
「確かに」
納得しちゃったよおい。それでいいのか、綾里様。
「わざわざエサを撒いてやることはないか……」
「その通りです、だからやめましょう」
「ちっ、しょうがない」
ちっ、て、かわいいな。綾里は性格の黒さも外見の隅から隅までもちょっとした仕草とか表情とか、時折垣間見えるヤバさも、何もかもかわいいなあ。
はあ、私の恋人は卑怯だなあ。
って、どうして私は急に惚気はじめたんだ。
しかし、どうやら私の精神的平和は守られたようだ。
昼食をとってから、私たちは部活動紹介の時間まで花壇の手入れをすることにした。
中庭の花壇で作業をしているところへ、
「おーい、おふたりさん、やっほー」
という声がした。振り返ると、片手を上げた六見さんと、そして彼女と仲良く手を繋いだ女の子がこちらに近づいてきていた。
振り返った私と綾里に見られたからか、女の子は気恥ずかしそうに慌てた様子で繋いだ手をほどいた。
ほほう、なるほどですねえ。
というか、六見さんが重装備を解いて身軽になっているぞ。こう見ると、意外と小柄で華奢だ。
さっきまでゴテゴテしていたからなあ。なんだったんだアレは。
「おー、頑張ってるねえ。あ、この子がさっき話した妹だよ。
「お姉ちゃんやめてってば」
「あはは、ごめんよ、つい」
「もう、いつもやめてって言ってるじゃん」
不服そうにしながら、どこかモジモジする春香ちゃん。
わかる、私にはわかるよ、恥ずかしいだけなんだもんね。ほんとはずっとお姉ちゃんと手を繋いでいたいんだもんね。お姉ちゃんに可愛いって言ってもらえて嬉しいんだもんね。
なんて勝手なことを思っていると、隣にいた綾里が前に出て、両手のゴム手袋をサッと外した。
「はじめまして。お姉さんから聞きました、園芸部に入りたいそうで」
え、なぜ敬語? 怖い、綾里先輩怖い!
「はじめまして……は、はい、そう思ってます」
ほら春香ちゃんがなんかドス黒いオーラを感じ取ってビクビクしてるよ!
「
おおー、さすが綾里様、ドストレートにいきましたねえ! こんなこと、なかなかできることじゃないですよ!
「ってあれ? 去年さあ、『ことりと一緒にいたい』って言って私を無理やり園芸部に引きずり込んだのはどこのどなたでしたっけ?」
思わず口にすると、綾里は「あっ」と漏らして私に顔を向けた。
「そうだった。ことりも不純な動機だった」
いやあなたですよ!
ふと春香ちゃんを見ると、口元を両手で隠し、瞳を煌めかせていた。
おおう、そういう目線で見られる側ってこんな感じなのか……言葉で言い表せない変な感じ。
春香ちゃんがハッと我に返って、綾里をまっすぐに見つめる。
「あの、絶対に邪魔はしません、空気になります。真面目に部活もします。それでもダメですか? それに、去年の文化祭で見た小庭園、すごく綺麗で、私もやってみたいって思いました。本心です!」
綾里が眉間にシワを寄せたまま、私を横目で見やる。
「邪魔はしない、か……ことりの先輩たちへの変な思考と一緒ね。アレを考えたら……害はないか」
「そうですとも。崇める聖域を荒らそうとする愚か者がどこにいますかって話ですよ。ただ画面の外から拝んでいたいんです」
私が自信満々に答えると、綾里は湿っぽい目をくれた。
「だったら初めから入ってこなければいいじゃん」
「それだと春香ちゃんは私たちのやり取りが見られないでしょうが!」
「ことりはどういう立場なの……」
「同志として気持ちがわかる!」
「はあ、意味わかんないけど……」
綾里が春香ちゃんを見てコクリと頷いた。
「そういうことなら、まあ」
綾里様のありがたい承諾をいただいた春香ちゃんは、パッと顔を輝かせた。
「ありがとうございます! 私、先輩方の近くでは空気になります!」
うんうん、良い心がけだ!
六見さんが春香ちゃんの頭に手を乗せた。
「おー、よかったねえ春香」
「うん、お姉ちゃんが余計なこと話してなかったらもっとスムーズに入れてたんだけどね!」
「おおー、ぐさっときたよ、ごめんよ春香」
「や、絶対許さない」
「許しておくれよお」
「や」
必死に謝る六見さんと、そっぽを向く春香ちゃん。
えへえへ、なにこれ、かわいい。
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