床上手な一撃

倉井さとり

床上手な一撃

 町外まちはずれのなにもない荒野こうや


 ふたりの男が、それぞれじゅうかまえ、たがいに銃口じゅうこうを向けあい、じりじりと間合まあいをはかっていた。

 じゅう長物ながもので、かなりの威力いりょくがありそうだ。

 ふたりの人差ひとさゆびがねに掛けられ、発砲はっぽう寸前すんぜんまでしぼられていた。


「あの女は俺のものだぁ!」

「いいや、違うとも! 彼女は、私の親友しんゆうのものだろうね!」


 ふたりは、相手への敵意てきいをむき出しにしながら、しきりにさけぶ。


「もう言葉なんかいらねぇ! お前をたたきのめすだけだぁ!」

「ならば、口をひらくでない!」


 ふたりは、一歩いっぽ、また一歩いっぽ間合まあいをめていき、相手を確実かくじつ仕留しとめられる距離きょりさぐっている。


「かかってこい、腰抜こしぬけぇ!」

「ああ、やってやるとも! 貴公きこうひたいにこいつをお見舞みまいしてやるとも!」


 慎重しんちょう足運あしはこびとは裏腹うらはらに、言葉での応酬おうしゅうはげしくわされる。


「お前のダチはどうした! なんで本人がこない!」

「彼は決闘けっとうなんてがらではないのだよ! それより貴公きこうはどれだけ自惚うぬぼ野郎やろうなのだろうね! 貴公きこうと彼女がりあうはずがなかろうが!」


 やがてふたりは、射撃しゃげきで相手を確実かくじつ仕留しとめられる間合まあいに入った。しかし、両者りょうしゃどちらもがねくことはなかった。


当事者とうじしゃをだせ! こんなのおかしいぞ!」

「いまさらのことだと理解りかいしたまえ! げんに私と貴公きこうはこうしてじゅうを向けあっているのだ! 諦念ていねんするがよかろうね!」


 ふたりはなおもつばばしあいながら、を進めていく。そして同時に、銃口じゅうこうを相手のひたいにじかに突きつけた。


「これで仕舞しまいだ、おひとよし!」

年貢ねんぐおさどきと思われる! 私も貴公きこうも!」


 おたがいに、突きつけられた銃口じゅうこうから、相手のふるえを感じとっていた。ふるえだけでは、それが、いかりなのかおそれなのか、はたまた両方なのか、判断はんだんは付かない。共感きょうかん非共感ひきょうかんがせめぎあい、そのすえ、ふたりの決意けついを呼び起した。


 両者りょうしゃは同時に動いた。先程さきほどまでの慎重しんちょうな動きとはって変わり、はげしく荒々あらあらしいのこなしだった。じゅう逆手さかてに持ちえ、銃口じゅうこうあたりをにぎめ、銃床じゅうぞこで相手になぐりかかった。金属きんぞく木材もくざいのぶつかりあう音が、あたりに鳴りひびいた。

 ふたりは力のかぎちあい、その体は熱をびてゆく、だけれど精神せいしんはかえってえ、しだいにまされてゆく。力と技量ぎりょう拮抗きっこうし、はげしい応酬おうしゅうはつづいた。


めんどう小手こて!」

小手返こてがえし! めんめんめん!」

どうどう小手こてぇ!」

小手返こてがえし! き、き、きぃ!」

小手こて! 小手こてぇ! 小手こてぇ!!」

小手返こてがえしぃ! めぇん!!」


――ガツン!


 自惚うぬぼれ男の渾身こんしんめんが、代理男だいりおとこひたいに入った。一拍子ひとひょうしおいて、代理男だいりおとこじゅうを取り落とす。続いて、じゅうにぽたりと血のしずくが落ちる。代理男だいりおとこひたいれていた。


――ドスン!


 代理男だいりおとこは地面にひざいた。


「……すまぬ親友しんゆうよ……、無念むねんなり……、そうとても……」


 代理男だいりおとこはそうつぶやくと、取り落としたじゅうひろいあげ、その銃口じゅうこうをくわえ込み、うで精一杯せいいっぱい伸ばし、指先ゆびさきがねを押しこんだ。

 火薬かやく炸裂さくれつし、代理男だいりおとこうしろにのけりながら、仰向あおむけに倒れた。血だまりは、かわいた荒野こうやであってもあまし、ゆっくりと広がっていく。


 自惚うぬぼれ男は代理男だいりおとこ亡骸なきがらに近づくと、じゅうをその場にほうり、ふところから真っ白な手袋てぶくろをとりだし、それを代理男だいりおとこ顔面がんめんたたきつけた。

『ペチッ』と、かわいた音がした。それは本当に、くだらなくて、つまらない音。


 自惚うぬぼれ男はかたわらのじゅうひろいあげ、代理男だいりおとこに向け、全弾ぜんだん発砲はっぽうした。

 銃声じゅうせいすら、どこかつまらない音で、まるで、ほとんど意味をさない会議かいぎの、その採決さいけつをとる拍手はくしゅのよう。


「おもしろくねぇ……」


 自惚うぬぼれ男はそうてると、じゅうほうり、代理男だいりおとこじゅうひろいあげた。そして、代理男だいりおとこのように銃口じゅうこうをくわえ込んだ。目をじ、息を吸い込み、め、うでを伸ばし、がね指先ゆびさきをのばす。だが、がねにほんのわずかとどかない。どうやら、自惚うぬぼれ男は、代理男だいりおとこよりもうでが短いらしい。


「……畜生ちくしょう! けた気がするぜ……」


 自惚うぬぼれ男は銃口じゅうこうきだし、忌々いまいましげにつぶやいた。


「だが俺は頭のれる男さ……」


 言いながらうかべる、そのうすらみは、自死じしめこんだにしては、どこか楽しげだった。


 自惚うぬれ男は自身じしんじゅうひろいあげると、それを片手かたてに持ちながら、再度さいど代理男だいりおとこじゅう銃口じゅうこうをくわえ込んだ。そしてなんの躊躇ちゅうちょなく、むしろ渇望かつぼうするかのように、手に持ったじゅう銃口じゅうこうで、くわえ込むじゅうがね器用きように押した。

 かわいた音が鳴りひびき、自惚うぬぼれ男は、まるで大木たいぼく最期さいごのようにばったりと倒れ、しばしの痙攣けいれんののちに絶命ぜつめいした。そのがおはどこか満足まんぞくげなものだった。


 重苦おもくるしいしずけさだけが、その場を支配しはいした。

 よこたわるふたつの亡骸なきがらは、おびただしい血を流し、いくらかかるくなったはずなのに、しずけさにけずおとらずの重苦おもくるしい様子ようすで、動きだす気配けはいはおろか、今まで生きていた気配けはいすら感じさせなかった。


 やがてそこに、ドレスを着たうつくしい少女と小ぎれいな青年が、騒々そうぞうしい足音をたてながらけてきた。


「なんだこの状況じょうきょう!」


 少女がさけんだ。


 青年は、倒れたふたりの男にかけより肩をゆすった。その目はどこかほどけていて、意味のない労働ろうどう従事じゅうじするもののようだった。


「どうしてこんなことに!」


 少女は頭をかかえてさけぶ。うた演劇えんげきでもやっているのか、その声量せいりょうはすさまじく、聞くものの血のけをひかせるほどだった。


「おそらくふたりは、きみをめぐって決闘けっとうをしたんだ!」


 青年は彼女に言った。


「まあ、なんてこと! なんかいやだわ! 生理的せいりてきけつけないノリだわ!」


 少女は嫌悪感けんおかんに血のけを引かせ、顔面蒼白がんめんそうはくになった。


 青年は、肩を落としてうなだれて、体をふるわせた。男にしては長すぎるかみかくれ、青年の表情はうかがいしれない。


きみの気持ちはいたいほどわかるよ……」


 と言う青年の声色こわいろは、まるで、誰かのかみきわけすくようなものだった。


 少女は顔面蒼白がんめんそうはくのまま、なにかにあやつられるように、かたわらに落ちていたじゅうひろいあげた。自分が取り落したものをひろうような自然な動き。そのまま、本能ほんのうみついたような手際てぎわで、銃口じゅうこうあたりを両手でにぎめた。そして、バレエダンサーのように力感りきかんなく、だけれど容赦ようしゃのない足運あしはこびで、青年の背後はいごに近づいた。


「私のためにあらそわないでぇー!」


 少女は、おのでもかかえるようにじゅうをおおきく振りかぶり、銃床じゅうぞこを青年の脳天のうてんたたきつけた。


――ベキィ!!


 銃床じゅうぞこ端微塵ぱみじんにくだけちり、じゅうはまっぷたつにれてしまった。


 たれた頭蓋骨ずがいこつは大きく陥没かんぼつし、青年は痙攣けいれんすらせず、即死そくしした。


 少女は目をぱちくりさせ、手に持つじゅう片割かたわれを見つめながら、小さくつぶやく。


「……やだ、私ったら床上手とこじょうずだわ」

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