第7話 ありがとう

 父は刑務所に入った。


 ようやく、児童虐待の罪が認められたのだ。


 光と弟たちは、母に引き取られた。


 母は何度も泣きながら、「ごめんね」と謝った。


 自分だけ逃げたのが、凄くつらかったという。


 光は包帯だらけになったものの、平穏な生活を手に入れた。


 学校の部活にも参加出来たし、友達も出来た。


 ありふれた生活に、光の笑顔が増える。


 久しぶりに一人で帰った帰り道、光はタマバミと玉梓のことを思い出した。


 ひとことお礼を、と思ったが都合のいいポストも路地も、どこにもない。


 あの日の帰り道を懐かしむように歩いたが、ぶつかったポストなんて、その道に無かった。



「……何で?」



 光はボソッと呟いた。


 まるでキツネにつままれたような気分だった。


 けれど、あの二人が夢だったとは思えない。


 光はようやく見つけたポストの裏を撫でた。




「……ありがとうございました」




 近くに路地はない。直接伝えられないのは悲しいが、届いてくれと願った。


 光は家族の待つ家に帰る。


 その足取りは以前に比べて、とても軽かった。


 光の背中を、ビルの上から見守るタマバミがいた。その傍に玉梓が座る。



「良いのですか。社に招かなくて」



 玉梓が「気に入ったのでしょう?」と尋ねると、タマバミはククッと笑って「まさか」と言った。



「悩みのない人間に用はない。それに、我は空を見たくて来ただけじゃ。話すことなぞなかろうて」



 タマバミはビルから足を投げ出して、ぷらぷらと揺らす。空を仰いで楽しそうにするタマバミに、玉梓は「そうですねえ」と、笑った。



「いずれまた、お会いいたしましょう。悪事があれば、再び巡り会う」



 ──そのための、タマバミ様なのだから。


 玉梓はタマバミの隣で、空を仰いだ。


 少し強いが、心地よい風が吹いていた。

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悪食神社の神様 家宇治 克 @mamiya-Katsumi

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