第6話 司祭エリック・アルファ

ヨシヒロはノア教司祭との会談にリケとロイドを選出した。

リケは言うまでもなくノア教との話し合いを担当しているからだ。

ロイドは意外にも顔が広い。元領主のレオンハルトとも友好関係にあったし、現領主王弟カンドーともあまり仲は良くないが顔見知りではあるらしい。今から会う司祭とは直接会ったことはないが、支配者時代に部下同士を通じてやり取りをしてたらしい。ロイドの選出は全くの新参者だらけで行くよりは旧知のものをという配慮だ。


今回、面会を行うのはスラムにある孤児院だ。この孤児院はヨシヒロとノア教が共同で設置したもので、ノア教の指導の下、簡単な教育や衣食住の提供を行っている。スラムには多くの孤児がいるため、大きな敷地が必要となり、平屋ではあるがスラムで1番大きな建物だ。


ノア教の修道女アンの案内で司祭のいる部屋に案内された。

部屋の中には、フードを深々と被った男が座っていた。ヨシヒロに気づくと笑顔で近寄り握手を求める。


「ヨシヒロさん、初めまして。私はノア教からアルフレッド王国のスチュートの司祭を任されている“エリック・アルファ”です。フードを深々と被るのはノア教司祭の装束です。お許しください。」

司祭エリック・アルファは丁寧な挨拶をした。ヨシヒロをスラムで調子に乗っているガキだと邪険に扱われる可能性もあったので少し意外であった。

フードを深々と被っているため、目がギリギリ出ている程度で、口元や鼻はしっかりと見えるが、耳や髪の大半は見えなかった。


「ご丁寧にありがとうございます。おいはヨシヒロです。孤児院の設立の際にはご協力ありがとうございました。」


「いえいえ、領主がレオンハルト公から王弟カンドー・アルフレッド様に変わってからというもの、スラムは荒れ果て肥大化していました。その中で、民を救わんとする我らの信条はこの状況を見て見ぬふりはできぬと考えていました。しかし、独自のルールで支配されているスラム、我々も中々手を出せずにいたのです。そんな時に、新しいスラムの支配者であるヨシヒロ様が孤児院の設置を目指していると聞きつけ、是非にと協力させて頂いたのです。」


なるほど、今の今まで何故ノア教が協力してくれたのか疑問だったが、スラムの独自のルールで手を出せずにいる中、ヨシヒロの存在は渡りに船と感じたのだろう。また、信条から見て見ぬふりをできなかったと言っているが、本音は孤児院の設置による教徒の拡大だろう。苦しい時に手を差し伸べてくれる者はただの人であっても神のように感じる。それが教会であれば尚更だ。ヨシヒロもその本音を感じながらもやり過ぎない限りは特に意見するつもりもなかった。


「また、アンがそこのお嬢さんにお世話になっているみたいで、重ね重ねお礼を…。」

エリック司祭がリケを指しながら言う。


「いえいえ!アンさんにはとても仲良くしてもらっています!」

「はい!リケさんとは気が合うみたいで、まだ孤児院が本格的に始動してから二週間ほどですが、親交を深めることができたと思います。」


リケから修道女のアンと仲がいいと話を聞いていなかったので、少し意外だったが、目の前で楽しそうに話す二人を見て微笑ましい気持ちになった。

「リケとアンさんがこれほどに仲良しだったとは。こちらこそ彼女を派遣していただいた司祭様には頭が上がりません。」

ヨシヒロは一通り感謝を述べると、表情を変え、本題をへと舵を切る。


「それで、エリック司祭、本日は何を話し合いに来られたのです?まさか世間話をしに来たわけじゃないでしょう?」


エリック司祭は先程までのにこやかな口元ではなく、真剣な表情になる。

「まさか。本日はヨシヒロさんにお伝えしたいことがございまして、この場を設けて頂きました。話題に入る前に、このスチュートの領主“カンドー・アルフレッド”についてご存じですか?」


「あぁ。まだ実際に目にしたことはないが、スラムにも彼の悪評は届いているよ。」


「はい。彼の御仁は政治を部下に任せ、日々女遊びに耽り、いい評判は聞きません。何度かお会いしたことがありますが、これらの悪評を信じることが容易な雰囲気の御仁でした。ただ人間性に難があるだけなら良いのですが、野心も旺盛なようで日々兄である国王と勢力争いをしている様です。」


「おいはカンドーとは分かり合える気がしないな。それで、領主カンドーが本日の話し合いに何の関係が?」


「そのカンドーが孤児院の未来に暗雲を及ぼすのではと思いまして。カンドーはこの孤児院をよく思っていない。あの方から見れば、異国の宗教とスラムが勝手に自分の領地でよからぬ事をしていると感じるのでしょう。」


孤児院の設置は多くの孤児の助けになり、領民からの支持を得やすい。この活動を異国の宗教やスラムが行ったとなれば、領主としての威厳が保てなくなるのだろう。

「確かに。慈善の活動であっても領主からしたら目障りということだな。」


「はい。おそらく近いうちに我々はカンドーに呼び出されることになるでしょう。そうなれば、今まで見て見ぬふりをしてきたスラムやヨシヒロさんの地位も危ないでしょう。最悪、命に関わる。我々の宗教活動にも規制がかかるでしょう。」


「それは困る。何か策を講じなければならないな。」

ヨシヒロは今や多くの人を従える立場だ。スラムの住人は社会的地位が低く、どんなことをされるかわからない。カンドーがスラムの住人を管理下に置いてしまえば、奴隷化や死地への派兵など考えるだけでも最悪な未来が待っている。


「以上がヨシヒロさんにお伝えしたいことです。私は一度本国に帰らなくてはならないので、この件はアンに一任します。」


「エリック司祭がまたスチュートに戻られる前に、この件アンさんと解決しておきましょう。」


「心強い限りです。丸投げしてしまった様で申し訳ないですが、よろしくお願いします。」


ノア教司祭エリック・アルファとの会談は終了した。


ヨシヒロは孤児達やスラムの住人を守るためにも、王弟カンドー・アルフレッドの好きな様にさせる訳にはいかないと強く決心した。




_____________________


エリック司祭との会談から一週間後、予想通りヨシヒロとアンは領主カンドー・アルフレッドから呼び出しを受けた。

2人はスチュート市街地の中心部にある城の謁見の間に案内された。しばらく待った後、カンドーと思わしき小太りの中年男性がやってきた。2人は膝をつき頭を下げる。


「遅れてすまなかった。レオンハルトの小僧とサイプレス高原国の戦が始まったらしくてな。その報告を受けていたのじゃ。」

ほう。噂されていた戦が遂に始まったのか。帰ったら誰かしらに戦況について探らせようか。


「儂がこのアルフレッド王国第二都市スチュートの領主カンドー・アルフレッドじゃ。面を上げよ。」


ヨシヒロ達が頭を上げると、カンドーが椅子に座っており、側近三名が脇を固めている。

カンドーとヨシヒロの目が合う。その時ヨシヒロは酷い嫌悪感を感じた。カンドーの目は人を見る目ではなく、獣を見るかのような侮蔑を含んだ眼をしている。

また、アンを見るときはまるで品定めをしているかのように全身を目で嘗め回している。カンドーがニチャァと笑顔になる。ヨシヒロは、奥歯をかみしめながらその光景を横目で見ていた。



今は我慢だ。そう言い聞かせヨシヒロはカンドーと話を始める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フィクショナル・ノア〜戦国最強、2度目の人生でも異世界最強です。 古屋芭音 @banon_huruya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ