第6話
「で? 坊主はこんなに早く来たってことか」
志願兵選定試験の受付を行なっていた小太りの中年騎士は答えた。
「そうだ!」
「お前は今俺が何をしているように見える?」
「テーブルを運んでいる」
「だよな。受付をしてるように見えているなら今日は病院にいって明日は試験会場に来ないことをオススメするぜ」
男が手に持っているのは鉄の剣などではなく、横長の木のテーブルであった。
この男は受付会場の設営をしているだけであり、受付係ではなかった。ましてや騎士団ですらなくただのボランティアおじさんであった。彼はアレックスにもわかるように近くに貼られていた一枚のポスターを指差した。
そこには『現在、試験受付会場の設営を行なっています。人手が足りないためボランティアは大歓迎です。ご協力してくれた方にはささやかですが昼食をご用意させていただきます』と書いてあった。
「昼食が出るだと!?」
アレックスのお腹はぐうぅ〜と情けない声を上げた。思えば昨日の夜から何も食べていない。それにお財布の中身は祭りを楽しむには随分と心もとない。
ここは明日に備えて昼食代を浮かせて夕食と宿にお金をかけるのは悪くない。
「ぜひ俺にもお手伝いさせてください!」
そう考えたアレックスは口元からよだれを垂らしながら食欲に身をまかせた。だが、アレックスが答えると同時にすぐ横で同じ思考回路を辿っている少女がいた。
年の頃はアレックスと同じくらいであろう。無造作に結われた彼女の黒髪は可愛く揺れる。そして、少女もまたアレックスと同様に志願兵選定試験を受けに来たのだろう。そこらへんの町娘とは身なりが明らかに違う。
「昼食……無料!」
ポスターを見ていた少女は明らかに目をキラキラとさせて先ほどのボランティアおじさんの方を向いた。
「私、やりたい!」
「な、なんだお前たち……いや俺は何も言うまい。人手が増えることはいいことだ。ビシバシとこき使ってやるから覚悟しておけよ」
「はい! わかりました!」
「ありがと!」
「馬鹿野郎! テメェら返事は『イエッサー!』だろうが!」
「「イエッサー!」」
二人の若者と一人の中年おじさん。彼らの掛け合いを側から見ていた他のボランティアや騎士団員たちは呆れ顔でその様子を見守っていた。
――その夜。
「「「かんぱーい!!!」」」
ラパーン城下町にある酒場の一角で中年おじさん一人と男女の若者たちで宴が始まった。
もちろんアレックスとボランティアおじさん、そして見知らぬ美少女である。
「いいか。少年少女よ。心して聞くがいい」
「「……ごくり」」
「今日は俺の奢りだ!」
「ありがとうございます!」
「おじさん、あなたのことは忘れない」
まだ全然呑んでもいないというのにアレックスは半分涙ぐみながら、謎の美少女の瞳にもわずかに涙が浮かんでいる。
「気にすんな。その格好を見ればお前らが二人とも明日の試験を受けることはわかる。だから、今日は俺にカッコつけさせてくれや」
ボランティアおじさんもまた涙を堪えながら答えた。その後も酒を片手に自身の経験談を長々と語り始めた。昔は〜。俺の若い頃は〜。などアレックスや少女が興味のある内容とは思えないものばかりであり、彼は自分の輝かしい過去に酔っているようなものであった。
とはいえ、奢りと言われた時から二人の目におじさんの姿はない。その瞳に映るのは美味しそうな料理だけである。次々と運ばれる料理がなくなってはまた運ばれてくる。二人してものすごい勢いで食べるものだから、店員さんも他のお客さんまで彼らに注目している。おじさんは未だに自己陶酔に浸ったままである。
「そういえば、君は名前なんていうの? ……モグモグ」
「モグモグ……ん。カトリア。名前は?」
「アレックスだよ。出身はこの近くの『ボルガン村』」
「アレックス。覚えた。私は近くの町」
「近くの町か〜。俺は試験を受けに来たんだけど、やっぱりカトリアも試験を受けに来たの?」
「見ればわかる。私もそんなところ……ただ私は絶対に魔族を許さない」
ガンッとステーキにフォークを突き立てるとカトリアはそれを一口で食べてしまった。
「……ごちそうさま。おじさん今日はよくしてれてありがとね。あと、アレックスもまた明日」
カトリアはその勢いのまま店を出て行ってしまった。アレックスは彼女の真意が掴めないでいたが、特に気にすることもなくカトリアが残したステーキの付け合わせを食べながら彼女の背を見送った。
その後、アレックスは頼んでいた食事を残さず平らげた。
「じゃあ、俺も明日に備えて帰ることにします」
「ん? あの嬢ちゃんはもう帰っちまったのか。気をつけて帰れよ」
アレックスはベロベロのおじさんを残して一人、おじさんにオススメされた安宿を目指した。
翌日、朝まで呑んでいたおじさんが目を覚ましたとき会計金額を見て青ざめたのはここだけの話だ。
■■■
雲ひとつない快晴だった。正門から続く長い一本道を抜けた先に悠然とそびえ立つのは『ラパーン城』である。降り注ぐ陽の光を浴びて普段よりも賑わいに溢れている城下町を見下ろしている。
賑わいの中心にあるものは志願兵選定試験の受付だ。我こそは勇敢なる戦士であると自負するものたちが周辺の村や町から続々と集まってきた。その数は実に百人を超えている。志願者が多いことはラパーン城の兵士たちも含めラパーン城の城主であるレイノルドも喜んでいた。
城下に集められた志願者たちを眺めているレイノルドの部屋に扉をノックされた音が響く。
「入りたまえ」
「失礼します。騎士団長のノルマンです。志願者が予想以上の人数になったため採用人数を三十人から五十人に引き上げたいと思うのですがよろしいでしょうか?」
「騎士団のことは全て君に一任しているから、何人でも好きに採用するといいよ」
ノルマンはその言葉にかしこまりました、と一礼した。
「とはいえ、私たちの呼びかけに応じてくれる者たちがこんなにもいるとは嬉しいことだね。騎士団長である君の目から見て面白い人材は集まってきているかい?」
「そうですね。レイノルド様もご存知かと思われる者もたくさん来ていますよ。流浪の騎士ジャックマンに力自慢で有名なポール兄弟。後は
「ほおほお、それは良いね。彼女が倒した二つ名付きの魔物の数は十にものぼるそうじゃないか。ひとつ興味があるのだけど、それほどの実力を誇る彼女と昔は赤鬼のノルマンと恐れられた君、どちらが強いんだい?」
「レイノルド様はご冗談がすぎますよ。私も他の騎士団員同様に試験の準備に追われていますので、これにて失礼させていただきます」
部屋を退出していくノルマンの背を見送ったレイノルドはつまらなそうに頬杖をついていた。
「……やれやれ、つれないね。さて、私も志願兵のみんなに会いに行くとするかな」
■■■
「では、あなたで最後の志願者になります。この番号札を持ってお進みください」
「ん。ありがと」
昨日と同様に無造作に言われた黒髪を揺らしながらカトリアは他の志願者たちが集められているラパーン城前にある広間に進んでいった。多くの志願者が集まる中で二一四と書かれた札を持って、寝癖の直らなかった前髪を気にしていた。すると、近くで彼女を呼ぶ声がした。
振り返るとそこには昨日苦楽を共にしたアレックスの姿があった。
「おはよう。昨日ぶりだね」
「おはよ。何番だった?」
「ふふふ。俺は一番乗りだったからな。もちろん一○一番だ!」
少しドヤ顔気味にアレックスは番号札を見せびらかしてきた。
「カトリアは何番だった?」
「二一四。でも、私も最後だから負けてない」
カトリアもまたあまり表情には出ていないがドヤっている感が強い。
「あと、そろそろ試験が始まるはず」
広間に置かれている演説用の壇上に一人の男が上がってきたのが見えた。いかにも貴族然とした服装をした白髪まじりの初老の男である。
「朝早くからお集まりいただきありがとうございます。私、このラパーン城で城主を務めさせていただいております。レイノルドと申します」
「アレックス、知ってる?」
深々とお辞儀をするレイノルドを横目にカトリアはマイペースだ。
「マジで言ってる? レイノルドさんといえばこの辺りでは有名な城主様だよ。なんでも相当優秀な人みたいで城主があの人に変わってからは周辺の村での魔物による被害が随分と少なくなったみたい。おばさん達からいつも感謝してるって伝えといてよって言われたんだよね」
アレックスは「ボルガン村」での別れの時に交わした会話を思いだして語った。
「遥々、このラパーン城の志願兵募集に応じてくれたことありがたく思います。私からは今回の志願兵募集の意味、すなわち何を討伐するための軍なのかということを改めて説明させていただきます。我々の目的……それは魔族、それも四天王の一人バンドロニウムの討伐です」
広間に静寂が広がる。
「討伐対象については必ず喧伝するようにと伝えていたため、知らない人はいないでしょう。バンドロニウムは大魔王フォルプトが誇る魔王軍の最高幹部、四天王の一人としてここラパーン城を含めた西側諸国で暴虐の限りを尽くしている魔族です。その悪逆非道かつ暴虐残忍な所業の数々から悪童のバンドロニウムと呼ばれています」
「悪童? 初めて聞いたけど弱そうじゃない?」
「無邪気に村を焼き、人を殺す。ただただ子供のような無邪気さで悪行をする。笑みを浮かべて……許せないよ」
「カトリア?」
「ん、なんでもない。忘れて」
「私達はバンドロニウムのせいで数え切れないほどの家畜を、田畑を、村を大切な民を失いました。私はもう耐えられない。これ以上かの悪童を野放しにしておくことはできない! 民の無念を晴らすためにもまた、これ以上の惨劇を生ないためにも私は今回の遠征で四天王、悪童のバンドロニウムを討つ!」
うおおおおおおおおお!
レイノルドの言葉に胸を打たれた志願兵達が歓声を上げる。アレックスに至っては先ほどまでバンドロニウムの二つ名も知らなかったというのに誰よりも大きな歓声を上げている。これにはカトリアも横目で引いていた。
歓声が少し落ち着いたのを見計らってからレイノルドは落ち着いた口調で続けた。
「無論、バンドロニウムを討つ策はある。そのためにも私たちはより強力な仲間がほしい。そのためにも志願兵選定試験を受ける皆には全力で試験に取り組んでもらいたい。では、具体的な試験の説明についてはラパーン城騎士団の団長を務めているノルマンが行う」
レイノルドが壇上から降りると入れ替わりで平時にもかかわらず兜をしている全身鎧姿の人物が現れた。
「ご紹介に預かりました。騎士団長のノルマンです。試験について手短に説明させていただきます。今回の試験は総当たり戦による勝敗数を競うものになります。それでは時間もないので手早くいきましょう。準備に取り掛かれ!」
はっ!
ノルマンの合図を受けた騎士団員達が見事な手際で木剣や適当な防具の準備に取り掛かっていた。
「カトリア、総当たり戦だってね」
「ん。戦闘なら余裕。筆記試験がなくてよかった」
「何回戦うかわかってる?」
「?」
「カトリアが二一四で俺が一○一ってことは今回の参加者は大体、百人くらいいるんだけど、総当たり戦ってことはその全員と戦うから百回以上だよ」
カトリアはその衝撃に開いた口が塞がらなかった。
「嘘じゃない?」
「まじまじ」
目眩がしそうになるのを押さえつけて二人は騎士団員の誘導に従った。
両雄伝 歩兵 @Yu-n0
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