第5話

「あーもう。恥ずかしいったらありゃしないわ。じゃあもう俺だけが隠せてると思ってたんでしょ? ないわー」


 アレックスがそうやって戯けるとみんなはどっと笑い出した。そして、アレックスもまたいい笑顔で笑っていた。


 少し気持ちを落ち着けるためにアレックスは一度深呼吸をするとゆっくりと話し始めた。


「この際だからはっきり言わせてもらう。俺はあの日の王都キャンベルからここまで転移して来たんだ。本来なら俺はあそこで死んでしまうはずだった。だけど、生きた。生きてここまで成長してみんなと出会えた。だけど、俺はみんなに色んなことを隠してた」


 唾を飲み込み重い口を開く。


「勇者レイを殺したのは俺なんだ。俺がもっと早く逃げてれば、あの場にいなかったら! ……レイは死なずに世界は今も平和なままだったかもしれない。だけど、俺はあの日のレイに世界を託された。未来を守ってくれと力と勇気をもらった。そして、親友と約束したんだ」


 レイは力強く上を向いて叫んだ。


「世界一の勇者になると約束した!」


 大歓声が巻き起こった、山が震えるほどの。女将のメーガンさんやおばさんたちは泣いていて、おじさんたちも涙を必死に堪えていた。

 そして気がつくと自分の目からも涙が流れていたことに気がついた。


「だから、みんな今まで見ず知らずの俺を育ててくれて……こんな俺をここまで育ててくれてありがとう!」


 大歓声の中、みんなが大きな拍手をしていた。旅立つ若者の大きな勇気に敬意を評して、または大きくなった息子の旅立ちを喜ぶように拍手をしていた。そんな大観衆の中、よろず屋のおじさんが一本の剣と鞄を持って歩いて来た。おじさんは村長の元まで来るとそれらを手渡すと何も言わずに去っていった。


「アレックス、お前さんが今日旅立つことは女将から聞いていた。まぁ、お前さんなら『ラパーン城』の志願兵募集の話を聞けば旅立つと思っていたからのう。村の者総出でお前さんの門出を祝いたかったんじゃ。これはせめてもの餞別じゃ、受け取ってくれるかのう?」


 アレックスは片膝をつき頭を下げて胸の前で拳を合わせた。その後に村長から授けられた剣と鞄を受け取った。


「よろず屋に頼んで旅立ちに必要なものを一通り揃えさせたんじゃ。『ラパーン城』までの道のりは長い。当然、野宿が増えれば魔物に襲われる危険性もある。あって損なものはなかろう」


 やはりニヒヒと笑う村長。だが――


「でも、これほどのものただで貰うわけにはいかない!」


「フォフォフォ、なぁにその程度お前さんの仕事に対しては安いもんじゃよ。村のみんなはお前さんに事あるごとに頼み事をしていたようじゃが、みんなそのおかげで随分と助かっているのじゃよ」


「そうよ! あんたが川に溺れた子供を助けてくれたり」

「隣村まで薬を取りに行ってくれたり」

「魔物退治もしてくれた」

「ぼくたちとたくさんあそんでくれた!」

「定期的に薬草を取って来て来れたのも」

「宿屋の店番を代わってくれた! みんなお前に感謝してるのさ!」


「だから、十分にお代は頂いておるよ。安心して行って来なさい」


 剣は鉄製、重さに長さもアレックスが使いやすいように調整されている。鞄も長旅でも壊れないように丈夫でしっかりとした作りになっていた。中を確認してみると三日分の食料と薬一式、野宿の際に便利な火付け棒に暖かい毛布。たくさんの愛情が詰まっているように感じられた。


 アレックスは涙を拭い思いの丈をぶつける。


「本当に今までお世話になりました! ありがとうございました!」


 深々とお辞儀をして顔を上げる。別れの時は話顔でそれを忘れないように必死に涙を堪える。


「行って来ます!」


「「「「「行ってらっしゃい!」」」」」


 こうしてアレックスの長い長い旅はたくさんの愛情とたくさんの勇気ももらって始まりを告げるのであった。



   ■■■



 アレックスがいる西とは真反対に位置する東にある竜の渓谷、その最深部にある竜族の隠れ里。聖殷暦三一八年春。アレックスが村を出発した日よりしばらく経つ。そこには里を去る一人の男がいた。


 竜皮のコートを目深にかぶった小柄な男である。だが、何よりも目を引かれるのは男の背に担がれた大剣と腰から下げている剣だ。大の大人でも持つのがやっとであろうはずの重量感のある無骨な大剣。

 一方で剣は側から見ると儀礼用ではないかと疑うほどに凝った装飾が施されていた。全体的に白を基調としたその剣は渓谷に差し込む陽の光を反射してキラキラと光り輝いていた。


 男は懐からオカリナを取り出すと器用に演奏を始めた。音は渓谷の壁で反射し遠く空の果てまで響く。そして、しばらくすると一匹の幼い飛竜が男目掛けて渓谷の底までやってきた。飛竜の羽ばたきに合わせて砂埃が舞い上がる。風に煽られたフードはいとも容易く男の素顔を晒す。


「ははは、シュナイダーは今日も元気だな」


 竜族に見られる尖った耳もなく、角もなく、鱗もない。そこにいたのは竜族の里からは出てくるはずのない人間であった。ボサボサに伸びた黒髪を風に靡かせてやってきた飛竜に恐れることもなく、男は笑顔を見せて飛竜と触れ合う。本来、飛竜が人になつくということはあり得ない。だが、シュナイダーと呼ばれた飛竜の子供は喉をならせて男に甘えている。


「これからはお前の背中にお邪魔する機会が増える。頼りにしてるぞ相棒」


 男は手慣れた手つきで竜に鞍を着させるとジャンプ一回。颯爽と竜の背に飛び乗ると力強い掛け声とともに竜の腹を蹴る。


 飛竜は男を乗せて空高くまで飛び上がった。


「まずはアレックスを探しに行かないとな。元気にしてるといいんだが……」


 カイン、十六歳の春――旅立つ。



   ■■■



 鬱蒼とした森を抜けるとそこには開けた草原が広がっている。付近には川が流れ起き抜けの動物たちが集まってきている。


 時を同じくしてここはラパーン城の城門前。堅牢な城壁に囲まれた城下町と遠くに聳える城が目立っている。


「うおおおおおおお! 人がたくさんいる。これはみんな志願兵なのか?」


 百人は超えるであろう入城待ちの列を見て一人の少年が叫ぶ。ピカピカの剣と鞄を提げ、いかにも田舎者です、と言わんばかりの古着を身につけている。しかし、より特徴的なものは彼が背負っている純白な盾だ。とてもじゃないがただの田舎者が持っているには相応しくない高価そうな印象を受ける。そして――


「だとしたら、全員が俺のライバルってわけだな。熱い展開だぜ!」


 風に揺れる金髪もまた、ただの田舎者とは思えないほどに陽の光を浴びて美しく輝いていた。


 アレックス、十六歳である。


 彼もまたラパーン城が誇る騎士団が行う魔族討伐、それに参加する志願兵の実力を判定し騎士団とともに討伐に行くことができるかどうかの試験――通称、志願兵選定試験に集まった一人であった。


 数多く集まる受験者たちのために普段は堅牢を誇るラパーン城の城門も今日は開け放たれ、多くの勇気ある若者たちを歓迎していた。


「近くで見ると本当にでっかいな。こんな城門があるならそこらへんの魔物たちは手も足も出ないわけだ」


 城門を潜る際にアレックスは自身の身長と比較してそう感じた。アレックス四人分以上は優にある。もちろん近くには門番を務めている騎士団員がいる。彼らもまた志願兵たちを歓迎しているのだろう。笑顔で挨拶を交わしている。


「志願兵選定試験を受験しに来た者たちもそうでない者もようこそ我らがラパーン城へ!」

「この『ラパーン城正門』が開かれるのは実に久しぶりのことである。城下町の民たちもまたそなたたちのことを歓迎しておる」

「明日の試験を前に英気を養うのもよし、鍛錬をするのもよし。今日はぜひ楽しんでいってくれたまえ」


 アレックスは賑やかな『ラパーン城正門』を抜けると一際大きな通りに出た。


「ん? 急に人が増えたな。何かやってるのか?」


 そこでは城下町に住む人から他所から来た商人までもがごったごえしの大騒ぎになっていた。アレックスが人混みをかき分けて進んでいくとその正体は自ずとわかった。


「さぁさぁ、よってらっしゃい見てらっしゃい!」

「今ならもっと安くしてあげるよ」

「綺麗なお姉さんから怖いお兄さんまで我が家自慢の焼き鳥はいかがかな」


 所狭しと立ち並ぶ出店の数々。そして、どこからか聞こえてくる陽気な音楽。中にはそのリズムに乗せて軽快なダンスを披露しているものまでいた。


「こ、これは……祭りだ!」


 彼が過ごした「ボルガン村」にも近隣の村々を巻き込んで祭りをやっていたが、所詮は田舎村が集まっただけであり規模は言うまでもないだろう。とはいえ、友人や家族とワイワイする時間は楽しいものだ。


 アレックス自身もそれなりに楽しんでいたが、この規模の祭りとなると「王都キャンベル」でも年に数回ほど……だからであろうか。彼の目にはどうしてもあの日と重なって見えてしまった。


 百年続いた平和が音を立てて崩れた日、大魔王フォルプトの復活し、勇者レイが敗北した日だ。


 アレックスの手がわずかに震えていた。気がつけば足も止まっており、周りの人たちからは変なやつだな、と思われているのかもしれない。


 アレックスはそんな弱った自分に喝を入れるように頬を両手で大きく叩く。


「俺は勇者になるんだ。カインとの約束を思い出せ……それにまだこの盾も俺は使えこなせないっていうのに」


 背中に背負っている純白の盾に目を向ける。これはアレックスがあの日、勇者レイに託された盾だ。これがある限りまだ勇者レイが近くで見守っていてくれる。アレックスはそんな風にも感じている。


「――心で負けてどうする。俺は世界一の勇者になる男アレックスだ!」


 未だに震えが止まらない手で力強く拳を握りしめ、今一歩を踏み出した。


「そうと決まれば俺がエントリーナンバー壱番になってやるぜ!」


 アレックスの物語はまだ始まったばかりである。

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