変身〜不穏な流れ〜(5)

『あっ、もしもし。送られてきた写真、みましたけどこの写真、本物ですか? 僕を驚かせようと合成とか加工してませんよね』

『なんでそんな事を俺がしなきゃいけない? 大体、俺たちはそんなふざけ合いをする関係じゃないだろう』

『そう、ですね……こ、これは、信じたくないくらいやばいです。誰が見てもきっとそう思うでしょうけど、僕達が見ると余計に、戦慄しますよね。大丈夫だったんですか?』

『厳密に言えば大丈夫じゃなかった。俺でさえ受け入れられる器ではないと体が悲鳴を上げていた。俺の能力が事実上、機能しなかったって事だ。こんな事は初めてだよ』

『そんな。僕もきっと生で見たら気を失っていたかもしれません。写真越しからでも胸がドキドキしてずっと見てられないですもん』

『写真でもきついか。で、誰が見ても怖いって言ったが、安原の恐怖はただ単に動物的、勘からくるだけのものではないんだな? 安原の能力である、超能力者か否かを見分ける力はちゃんと機能しているんだよな、写真でも。それを確認したい』

『は、はい。どうやらそうみたいです。ただ経験値が浅い僕が言うのもあれですが、僕も初めての経験です。単純な恐怖と、その察知した時にくるある種の衝撃、興奮、それらが同じくらいの強さで同時にきて、しかも混じり合ってこれはどっちなのか区別するのに手間取りました。なんとかしっかりと整理して、あの感覚もしっかりと反応してましたよ』

『器用な事できるんだな。それと初めてと言えば、他にもそうと言える事象が発生している。これは俺の今までの、予想を覆すものだな。なんだと思う?』

『なんだろう……今回はちょっと分からないですね』

『目に見えるんだよ』

『目に見える? あっ、この姿はまさか能力が発揮されている状態だからって言うんですか?』

『おそらくな。こんな化け物みたいな顔……って言うのも失礼だが。かぶれ、炎症が酷いってわけではないと思う。それと身体能力、具体的には足の速さが人間離れしていたんだ。目に見えるとはそう意味でもある。どんな能力を持っているのか、目に見えるんだよ。俺も、安原の能力も肉眼では確認できないだろう』

『身体の機能が向上するってそれドーピングでも打っているんじゃないですか? そうなら超能力と言えない気が……顔も不幸な事故でなったものかもしれないですし』

『でも反応したんだろう?』

『あっ。そっか』

『おそらくこいつは強く願ったのかもしれないな。こんな存在になりたい、自分にとって徹底的に都合の良い存在を。この場合は、誰もが恐れをなす絶対的な強さを渇望していたってところか。それが身体の能力に表れたが、外見に関してはまだうまくコントロールできていないか? いくらなんでもこんなみにくい顔を望むとは思えん』

できるってことですか?』

『変身か……また凄い能力が出てきたな。しかも変わったのは外見だけじゃないときた』

『本人はどういうつもりで使っているのでしょうか?』

『さぁな。ただその力を使って標的にしているのは柄の悪い、不良みたいな奴だからではない気がする。この車の持ち主をチラっと見たんだが、まぁ見るからに性格悪そうな奴だったよ。こんな奴の高級車が破損するならいい気味かもしれん。現に怒り狂っている姿は見てて面白かった。動画でも撮っておけばよかったかな』

『義賊みたいな人なんですかね』

『よくそんな言葉知っているな。弱者の味方ではあるかもな。ただ、一抹の不安もある。誰であれ危害を加えているのは間違いがないだろう。これも初めてではないだろうが稀に見るパターンと言っていい。かつての俺みたいに無意識に暴走しなければいいんだけどな』

『使い過ぎて身を破滅させてしまいかねないってことですね』

『絶対に無理があるはずだ。本来の出せる能力とは大幅に上回る力を発揮しているんだから。これはできるだけ早くこの人物を特定して、助ける必要があるかもしれない。わからないまま使い過ぎて命を落とす前に』

『池袋でしたっけ? 目撃した場所』

『あぁ。だがあの俊敏性を生かせば相当、行動範囲が広いかもしれない。なかなか居場所を突き止めるのは難しいかもな。しかも安原の言う通り本当に姿を変えているなら年齢、性別もこの写真からでは不明という手詰まりの状態だ。ただ、そういう時のためにお前がいる。ここはもう安原の能力に頼るしかない。学校までの定期券内でいいから時間ある時は探してみてくれ。俺も最初に目撃した場所を中心に探すから』

『こればかりは向こうもバレてほしくないかもしれませんね。だって明らかな犯罪を犯しているんですから。古谷さんと初めて会ってその日にもうある程度、仲良くなれた時はお互いの事を理解しているからだったと思いますけど……』

『言いたい事はわかる。だから今回は声をかけなくていい。最大値は尾行してくれて生活圏が把握できればと期待しているってところだ』

『わかりますかね〜まだ僕の精度は低いですし』

『この変身という仮とした能力は、ちょっと俺たちのと比べてグレートが群を抜いている。きっと通常時でも抑えきれないが漏れていると推測する。下手すると今までで一番強く反応するんじゃないか。写真越しからでも直視できないほどなら』

『なるほど。わかりました、可能な範囲で頑張ってみます。どんな人なんだろう〜』

 最後の一言だけが小さくて聞き取りづらかった。独り言のつもりで言ったんだろうな。だがどんな人? かと聞かれたら俺は信じている事がある。それを安原に言う。

『きっとだと思うぞ』

『なんでそう言えるんですか?』

『もしも本当の悪人がどんな能力でも持っていたら、絶対にその能力で可能な悪事をやり尽くすはずだ。ただ今のところ日本は概ね平和だ。不可解な事件、事故も短期間、継続的に頻発していない。これでも俺はかれこれ二十年間、報じられたニュースをくまなくチェックしているんだ。それはひとえにこういった能力は善人にしか宿らないってことなんだと思う。その古谷さんも優し過ぎて感激したって言ってたじゃないか。だから秩序が保たれているんだ』

『小野さんも善人でいいんですかね?』

『あったり前だろうっ。俺が普段、何をやっているのか知っているだろう』

『ははっ。ごめんなさい、そうですね。でも、いい人なのに車を壊すって、持ち主がろくな人でないにしてもやっぱり穏やかじゃない気が』

『あぁ、俺もそう思っていないわけではない。こいつと遭遇してからというものずっと不穏な流れに変わったと誰かに言われているような気がする。何かが、崩れ始めているんじゃないか、また俺のが』

『それって、時代の流れと無関係じゃないような気がします。今って世の中全体がそんな不穏な流れでどこに向かっているか予測つかないですし、そんな変化の激流の中にいるようなものじゃないですか』

『なるほどな、一理ある。それでこの界隈の動向も変わってきたか。俺のここまで培ってきた感覚は時代遅れになりつつあるか。安原はどう思う? これからを担うのはお前たちだぞ』

『僕は、打ち明けると僕たちが中心になって世の中を変えられるんじゃないかって思っています。どうあがいても超えられない壁、それを特別な能力を持った、その善人達で結束すれば超えられる力を秘めていると、そう考えています』

『大それたこと言うな。でも、いいぞ。俺には無かった発想だ。その善人達を集める事ができるのも安原、お前だ。俺の計画は正しかったか。可能な限りサポートする』

『ありがとうございます。けど、それでいつか衝突が起きるのも避けられない気がするんです。変えると言ったら、それに反対する者、阻む者が現れます。或いはこの人のように、過激でやり過ぎなんじゃないかと思うような方法の人も』

『こいつも何かを変えようとしているってのか?』

『はい、断言できませんが一人で闘っている孤高の戦士にも見えるんです。ただそのやり方と、あと精神状態が危険な気がしてならないからなんとか正していきたいですね。そのためにもやっぱり一刻も早く接触することが第一歩です。早く見つけられるように頑張ります』

 安原とあの日以来、久々に長話をした。面白いことを言う。世の中を変えられるか。今の若者も捨てたもんじゃない。やはりこのまま願わくば現状維持で果てようと考えているおっさんとは志が違う。

 その野心ある若者を邪魔するのも権力だけ無駄に持ってしまったおじさん達だろう。その壁を越えるためにこの能力は大きな助けになると俺には聞こえた。そこまで思っていないって言われそうだが。

 人のこと言えないが改めて、もやしみたいな見た目しやがってとんでもない構想があたま中にありやがるな。これも己の非凡性を自覚したからか。

 ならきっと——この人物も本来なら有望な若者なんだろうな。高校生か大学生とみるか。根拠は俺もその歳くらいから口には出せないおもいを抱えていたからだ。

 よし、年齢は絞れた、学校を中心にあたってみるか。それでも途方もない時間がかかるが。

 ……安原にはまだ黙っているが俺も同じ能力のコツを掴んでしまったかもしれない。安原と唯一、通じる話題があったのは漫画『ドラゴンボール』だった。

 悟空達が「すごい気だ」とか言って強大な敵を察知する場面が何度も出てくる。安原はそれと同じような能力なんだろうなって良い例えを見つけて二人で共感して盛り上がった。

 その気を察知する能力。終盤は当たり前のように使われているがベジータなんかは最初の頃は使えなかった。だがコツさえ掴めば簡単に体得できたらしい。

 ドラゴンボールの登場人物が修行したりして同じ技を身につけている。かめはめ波なんてまさにそうだろう。

 だったら……軽いつもりで意識してみた。そろそろ他にも新しい技でも身に付けられたらと余裕ができてきたのもあるかもしれないが。

 超能力とは? と聞かれたら全ての根源は、ドラゴンボール風にいうならだと思っている。

 それが体中に流れていると自覚して、自在にコントロールできた時に強力な技が使えるようになる。そう考えるとドラゴンボールの描写も漫画だけの世界と思われがちだが決して非現実的なことを描いているわけではないと受け取れる。

 見込みは当たった。これで同じ能力を持つ者同士は互いに共鳴みたいなものはしないのか? というずっと持っていた仮説はほぼ当たっているとした。とは言っても互いが反応するにはまた色々と条件が合う必要がありそうだが。

 なぜ俺があの怪物と導かれるように遭遇できたか? それはこの能力を目覚めさせる事ができたからに他らない。まぁ、その相手が強大であると早い段階で判別できないという欠陥があったが……。

 なにはともあれベジータと同じようにちょっとコツを掴めば簡単に身に付ける事ができたのをみると、実はこの能力は基本機能として備わっていたという線だってある。だったら安原もまだ気がついてない別の力が……。

 それは本人次第ということで任せよう。遅かれ早かれ自ら発見すると安原を信じてみる。

 今は、自分の身の心配だ。安原はなんとかなると、どこか軽く思っているらしいがこれは初めて命に関わる任務かもしれん。

 時に真っ直ぐな想いは、真っ直ぐ過ぎるがためにいつの間にか軌道が歪んでいてもはや修正が利かない事はよくある。過信してしまい何を言っても、もう無駄だということだ。

 あんな行動に走ってしまうという事は確固たる信念とその奥底に憎しみを持ち動いているはず。話し合いで解決できる? できればそうあってほしい。俺も戦争、争いは駄目だと教わった一人だ。血が流れるのは嫌いだ。

 が、人間の心はそんな甘いものじゃない。正論を言えば理解してくれると信じているならそれは人生の経験不足。安原もおのずと身に染みる日がくる。

 俺が悪だと思っている行為、それはある人にとっては正義である。いま風に言えば価値観の違いってことか。それを理解して受け入れていきましょう?

 違う、そんな奴は敵とみなすだ。そして最後は……どっちが強いのか、決着をつけるだけ。そのぶつかり合いに勝てる見込みはない。ハンデで拳銃が欲しいくらいだ。

 まさかこんな日が来るなんてな。見過ごしても誰からも批判なんてされないだろう。知ったこっちゃないと思うのもありだ。

 こんな能力を授かったのだろう。

 これは逃れられない運命なのかもしれない。俺が犠牲になる事によって、巨悪を表に引きずり出す。

 そう、近い未来、全く新しい脅威として人類に立ちはだかる者が突如、出現する。こいつはそのプロトタイプだ。その頃には俺はどのみちいないが、次世代の種は蒔いたつもりだ。あとは頼んだぞ若い衆。そのバトンをさらにつないでその脅威に備えてくれ。

 さぁ、最後の、闘いに向けた準備のために俺は今日も街へ繰り出す。せめて傷口は浅くて済んだ、そのくらいの成果は上げたいな。

 あぁ、この時のために生きてきた、そんな答えが見つかったようで清々しい。最後にもう一度、あの子の姿を見ておこう。ずっと見守っていたが、もう俺の手助けも必要ない、立派な大人になっていくと思う。

 その未来を守るためだと思えば喜んで身を捧げよう。これほど誇らしい幕切れはない。


(了)


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超能力者たち 浅川 @asakawa_69

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