変身〜エスカレート〜(4)

 ピンポーン。音が鳴る。聴き慣れた音であるはずであったが糊で引っ付いていたようなまぶたを開けると、映った青白い室内を見て何かの聞き間違いではと思いたくなったが、ピンポーン。また鳴る。あまり間隔は空けずに。

「お父さん、さっきから玄関鳴っているんだけど」

「う……うん……」

 ピンポーン。海斗の母が言っている事は本当だとアシストするようにタイミングよく鳴る。

「誰だ、こんな時間に?」

「まさか泥棒?」

「泥棒が、チャイムなんて鳴らさないだろう。存在を知らせてどうする」

「じゃあ……」

ピンポーン。これは悪戯ではない。誰かが用があるから鳴らしている。時間帯を顧みず。これは緊急事態かと得体の知れない焦りが生まれて急いで立ち上がった海斗の父。キッチンにある受話器を目の前にするとそこで立ち止まりじっと見つめる。緊張の瞬間である。

「はい……」

「あっ、すみません。こちら警察の者ですがご無事でしょうか? あっ、いえ、お宅の二階から不審な人物が侵入したのを見たという通報がありまして駆けつけたのですが」

「えっ、いまなんと!?」

 深夜一時過ぎに突然の訪問者、その恐怖は侵入者が居るという恐怖に塗り替えられた。海斗の父はすぐさま二階で眠っている息子の身を案じた。

「鍵を開けてもらい、中に入ってもよろしいでしょうか? そちらで確認するのは危険が伴いますので」

「目視できる限りでは敷地内には怪しい人物いません」

 もう一人の警察官の声、植田家は騒然となる。

 警察官の指示も無視して海斗の父は二階の部屋へと向かいドアをドンドンとノックする。

「海斗、起きろ! 大丈夫か!? 今すぐ部屋から出てきなさい」

 気が動転している父はやや何を言いたいのかまとまらない言葉をかける。少しの間があったが海斗はゆっくりとドアノブを回して出てきた。

「なに? どうしたのこんな時間に……」

「よかった、無事だったか……海斗、お前、どうした? そんな乱れた格好して」

 黒い長袖シャツをたった今、急いで着たように左肩が露出していた。下のスボンも腰パンのように下がっている。その指摘をされてしっかりと整えた海斗。そんな違和感はあったが侵入者に襲われたというわけではなさそうでひとまず安心する父。

「実はうちの二階から不審な人物が中に入っていくのを見たっていう通報があったらしいんだ。警察が安全確認するから下に降りろ」

「えっ、警察なんて来ているの?」


「すごい汗じゃない。どうしたの?」

 海斗が電気の明かりに照らされる。ものすごい量の汗をかいていると母は気がつく。最近、春の匂いが混ざっている風が吹いてきたとはいえまだ冬と言える時期に顔から流れるほどの汗はあまりにも不自然だった。髪の毛も全体的に濡れているようだと光の反射で見てとれる。

「なんか、変な、怖い夢を見たみたいで……それで目覚めたらこんな感じになっていたのかも」

 怖い夢をみた。それが原因でここまでの変調をきたすのはそれはそれで気がかりだったが喫緊の問題はこの家に侵入者がいるかもしれないという事だ。警察官二人と父が家中を回っている。

「二階から侵入者ってそんな事あるかな? どこから登ったの」

「私もそう思うけど通報があった以上、仕方がないでしょう」

「親切からなんだろうけど、目が悪い人が猫とかと見間違えたとしか思えないよ」

「部屋の鍵はちゃんとかけていたんでしょうね? 一番入りやすいのってベランダからでしょ」

「うん。それは大丈夫だよ。変な物音も無かったと思うし」

 入念に調べたのか三十分以上が経過していた。そして異常はなし、それが出た結論だ。

「戸締りもしっかりしていましたし、何かの道具で開けられた痕跡もないのでどうやら通報者の勘違い、或いは少なくとも室内の侵入は許していないという事でよろしいでしょう。どうも、夜遅くお騒がせしました」

「あの、誰が通報したのでしょうか?」

 大事にはならずその点はホッと一安心であったが通報者はなにを見て通報に至ったのか? 父が質問する。

「通りすがりの人だったみたいですね」

「通りすがりの人ですか。近所に住む人だったらどんな特徴があったのか聞いてみたかったのですが。諦めはしたが本当に侵入を試みようとした人がいたのかもしれないですし。ましてや二階のどこかは知りませんが、屋根の上に登られたとかだったら気が休まりませんよ」

 その通報者の姿はない。たまたま通りかかった人なら通報だけして後は警察に任せるとなってその場を去ってしまったのかもしれないがこの住宅街の真ん中を深夜、歩いていたという事はやはりこの周辺に住んでいる可能性が高いのだ。

「そうですね。私どもとしても通報者の話を聞かないで終わるのはどうもすっきりしません。仰る通り危険が迫っていたのは事実かもしれないのでもっと詳しく聞いてみたかったものです。不安でしょうからこの周辺のパトロールを強化しますよ」


 海斗にとっての気がかりは人がいるという事だ。しかも警察に通報までされた。このご近所付き合いが希薄な時代に、しかも深夜、なぜそこまで危機意識が高い人に見られないといけないのだとこの運の無さを恨んだ。

(本当にそうなのか?)

 もしもしていた人がいたら? 誰がそんな事をするかと言われたら見当はつかないが身であるのは正しい。

(いや、した時の身体能力は凄まじいものがある。並の人間ではついていけるはずはない)

なら本当に運が悪かったという事なのか……。

 今日は遂に、かもしれない。医者でもないので確認はできなかったが頭をあれだけの強さで、見事にジャストミートさせてしまったら……。

(でも大丈夫)

 海斗には妙な安心感があった。あいつは差別的な思想を持っている奴だ。外国人の店員という理由だけで敵視して、わけのわからない妄言を喚く。あの異常な言動は単発で終わらず執拗に続くように見えた。だから早めに芽を摘んだ。する前に。

 そう、最悪の事態になる前に対処する。事が大きくなる前なので目立つ事はないがこれが一番難しい。騒ぎが起きてから解決した人が褒められるが、それは間違いだ。何もトラブルを起こさないようにする人が本当に凄い人なんだ。

 そのミッションを達成したらあの涙を流していた店員の姿が浮かび「これで大丈夫だよ」と優しく包み込んであげているような気持ちになった。

 誰からも讃えられないが救われた人がいる、それだけは真実。もしも本当に死んでいればおっさんのあの人間性を考えると、身内がいたとしてもいなくなってくれてせいせいしたと思っているかもしれない。

 これでまた一つ、害悪は取り除かれた。本質的な解決はそれだけで心を大きく軽くする。それで十分だ。

(でも、さすがに殺すのはやり過ぎか)


 ようやく海斗は一仕事を終えて眠りにつく。近年、不眠に悩まされていたのでここまで安らぎへ沈むように眠れるのはそれだけで幸せに値していた。誰かの助けにもなる、このをやめられるはずはなかった。

 サイレンが遠くから聞こえる。何を言っているのか聞き取れないがスピーカー越しからの声も。その音に海斗は胸が高鳴った。


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