一つ目探偵ジヴの機関車ミソニアウ号事件簿
平井純諍
第1話 序章
あれはまだ私が「ピィピィ」と鳴くことしか出来なかった頃の話である。
私は王都から離れた土地の森の中で一つ目族として生を享けた。幼少期の時を思い出すとホワホワと温かい気持ちになるので結構恵まれた環境だったのであろうと推察する。なぜ、推察なのかと聞かれればそれは一つ目族の特性に近く、宿命ともいえる事だからだ。
今から15年前の事になるだろう。当時私は、一つ目族にとって重要な眼球の成長に栄養が偏っており、世界や感情について判る事ができる物心というものが芽生えるのが人間族よりも3分の2のペースで遅れていた。だから目玉だけが一丁前にギョロギョロ動かす事が出来ていても肝心の頭の中の成長は時期的に乏しく、平たく言えば頭空っぽの状態であった。光や音の刺激に対して反射的な仮初の表情を呈しているに過ぎないのである。
目玉だけが最初に発達するので他の部位の成長が遅延しており、一丁前に大きくなった目玉と未熟な図体とのバランスがアンバランスになっていたのである。身体の大部分が一つの眼球に占有されており、そこから四方に申し訳程度に肉片の付いた手足が辛うじて伸びているのに等しい。簡潔にまとめるならば、ずんぐりむっくりとした身体に不気味なまでに成長した目玉だけがギョロギョロと外の刺激に対して反応しているだけの動物……いや、モンスターという表現がしっくりくるだろう。自分の意思が芽生えてはいないが甲高く生き物のソレに近い「ピィピィ」と鳴く声を使い自分の意思のようなものを伝えている存在であった。
そんな物心がつく前の動物的なモンスター的な本能が大部分を占めていた時代の私であるがどうにも不可思議な事に思考が介在しない記憶の奥底から湧き上がってくる一つの情景が物心がついた時から現在に至るまで脳内に記憶として刷り込まれているのである。
それは、淡く黄色い景色の中にぼんやりとした顔をした人物が自分の上に乗り、真っ赤な液体を滴らせながら掠れた笑顔をこちらに向けている。その直後に自分の上に乗っている人物の背後から棒状の獲物を振り下ろす濃い影―――
得物を振り下ろす影からは光が放たれており、シルエットでさえ境界が曖昧になるほどの強いものであった。私はその強い光を受けたことでくっきりと無駄に先に発達しスペースの広い物心がつく前の私の網膜に焼き付いたのであろう。
何がどうなってこうなったのかという『前』とその結果によりどうなったのかという『後』は途切れてしまい、まるでカメラのシャッターが決定的瞬間の時のまま、私の傍を離れる事のない現像不可の写真となって瞼を閉じると浮かび上がっていたのである。
それは忘れてはならない事を表現するのに『網膜に焼き付ける』を使うがそれを体現した状態で自分は成長した。常に自分の視界に存在する網膜の幻影に最初は酷く怯えたが、成長にするに従ってこの幻影の正体を知りたいと願うようになった。悪辣な輩から自分の身を顧みずに私を護ってくれた存在が居たのだという……一体誰か?
気になるのは......
あれは本当に自分を守ってくれたのか?
自分は命を救われたのだろうか?
そして護ってくれた人物は無事なのだろうか?
自分を襲った強い光は一体何なのか?
片時も離れる事のない写真のように残った襲撃風景の謎を解き明かす為に知識を集めて能力を開発していく。少しでも網膜に焼き付いた謎の答えを探すために私は15年後の自分の職業に探偵を選んだ。それが近道だと思ったからだ......恩人を探す為に......いや、まだ恩人かどうか定かではないが。
探偵としてはまだまだペーペーであった。それでもピィピィと鳴くことしかできなかった頃よりは進化したかもしれない......
一つ目探偵ジヴの機関車ミソニアウ号事件簿 平井純諍 @hiraisumika
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