お気に入りのクッキー

ぽちこ

お気に入りのクッキー

街中が、クリスマスだのハッピーホリデーだの騒ぎ出すととても憂うつになる。


彼氏はいる。

一緒に住み始めて3ヶ月。

とにかく家にいたい人。

人でガヤガヤしてる所がイヤみたい。

出会ってもうすぐ1年、2人で外へ出かけたのって何回だっけ?

全部が全部

「家でいいじゃん」


一緒にいるだけで良かった時期はとっくに過ぎてしまったわたしの心には、キラキラしたイルミネーションたちが恨めしい。


こんなのは、恋人同士が一緒に見るからキラキラして見えるのであって、恋人がいたって一緒に見られなかったら眩しくて騒がしいだけ。

はぁ、心が荒んでっちゃうよ。

彩られた街の中をちょっと並んで歩いたして、

”今”を一緒に感じたいなぁって思ったって良くない?


なのに、今朝も

「アレでいいじゃん。あのホイル巻かれた鳥の足食ってりゃさ」

外に出ようなんて気は全くなくて、

それとなく、クリスマスどこか予約する?なんて言ってみたけど、

「イチャついたカップルにまみれて飯食うの?絶対イヤだね」

まみれてって、その言い方。

そんな風に言うって分かってたけど、一応わたしにはキラキラへの憧れもある。


初めて一緒に過ごすクリスマスなんだから。


そんな訳で今日、つまりクリスマスイブは仕事帰りにわたしがデパ地下でちょっと高級なお惣菜買ってこよう!ってことになったのだけど。

ホイルに巻かれた鳥の足って。

「ターキーまるまる1匹買ってきちゃう?」

って言ったら返ってきたのが鳥の足。

頼まれてもターキーなんて買ってきてやるもんか。


さっ、デパ地下でテカテカでツヤツヤしてるチキン買って帰ろうっと。

サラダはわたし好みのシーフードいっぱいのモノって決まってる。

要らないって言ってたけどケーキも買おっかな。

ケーキの無いクリスマスって意味わかんないもん。



「おかえりー」

そのいかにも”ながら”な言い方はゲーム中、だよね。

それが仕事なんだもんね。


「ただいま!チキン買う人多いんだね。人で溢れてた」

「だろ?やっぱりみんな家でチキン食うんだよ」

って言いながら、顔と目はゲーム用のテレビ画面に釘付け、コントローラーを持った手はすごいスピードで指が動いてる。

みんな、って。

小学生じゃないんだから。

そんなこと言うなら。

みんな、キラキラしたところで、クリスマスディナー楽しんでるって言っていいの?

ただでさえ外に出たくない人なのに、人の多いクリスマスイブに出かけるなんて考えは論外って感じ。

今日は1歩も外へ出ず1日中お篭もりパターンだったんだろうな。


「あっ、うまい、うまい。コレ食ったら十分クリスマス!」

十分か……

モヤモヤするけどとりあえず食べよう!

ガブッと目いっぱい大きな口を開けてチキンにかぶりつくわたし。


「そんな腹減ってたんだ」

「うん、ペコペコ。サラダもすっごく美味しい!」


やけ食い気味にパクパクと食べるわたしを半分呆れ顔で眺めてる優しい笑顔がたまらなく好き。

そう、すごく好き。

こんな日々の幸せももちろんわかってるんだよ。

だって、顔も雰囲気もとにかく好きなの。


お腹がいっぱいになったわたしは、イライラも和らぎ、今度はソファーでスマホゲームやってる彼の右横にドスンと座る。

彼に全体重をかけてもたれかかり、首を傾け彼の右肩の上に頭をのせる。

そうやってテレビを観るのも嫌いじゃない。



「あっ、えっ?」

わたしは声を上げながら、彼に委ねていた自分の身体を自分自身に戻す。

テレビの横の棚に、あるモノを見つけた。ソレと真剣にゲームをしている彼の顔を何度も見比べるわたし。

澄ました顔をしていた彼が、もう我慢出来ないって風にわたしから顔を背けてニヤニヤしてる。



「なんで?えっと、誰かからの頂き物?まさか買いに行ってくれた…の?」

ソレは、わたしの大好きなケーキ屋さんの、お気に入りのクッキーの包みだった。


わたしがよく、彼に全体重を委ねてテレビ観ながら食べてるやつ。

最近買いに行けてなかったお気に入りのクッキー。

その包みが今、部屋の中にある。



「オレが買ってきてやったんだから、いつもより美味いぞ〜」

ゲームしながら、真顔で言う。

何そのドヤ顔。さっきニヤニヤしてたじゃん。


「1人で?本当に買いに行ってくれたの?」

「コントローラーの調子が悪くてさ。そのついで」

「どこのケーキ屋さんか知ってたの?」

「いつもお前が食ってるから、前に袋見た」


こういう所。

いつもゲームばっかりして、わたしのすることに興味なさそうなふりして、すごく見てるの。

仕事で凹んだ日もわたしは普通にしてるつもりなのに絶対「今日なんかあったー?」って聞いてくる。

「早く寝た方がいいよ、身体が悲鳴あげるよ」って言われた日、そう言えばダルいかもってハッとする。

わたし本人より、わたしの色んなことに気づいてくれる。



わたしはテレビの横の棚のクッキーの包みを手に取って、中を見る。

いくつか種類があるんだけど、もちろんわたしがいつも食べてるクッキーが入っていた。

今日はクリスマスイブ。

ケーキ屋さんは大混雑のはず。

あの人混みの中、お店に入って買ってくれたんだ。



「すっごく混んでたでしょ?」

「まぁね」

クリスマスプレゼントは、2人でお揃いのパジャマを買った。だからもうプレゼントは無いと思ってた。

買いに行ってくれた事が、何より嬉しいって思うのを、彼はわかってやってる。

ズルくて大好き。


わたしはまだゲームをしてる彼の後ろから、首もとに両腕を回して抱きついた。

彼の耳のすぐ横でささやく。

「ありがと。でね、お願いがあるの」


するとゲームを放ったらかしにして、彼がわたしの方へ顔を向けた。

必然的にというか、位置的にそうなるって感じで、軽く唇を重ねたふたり。

そして、わたしの目の奥をのぞくようにして言う。

「違うの?キスしてっていうお願いでしょ?あ、それとももうベッド行く?」

そうじゃないのを分かってて意地悪っぽく言う。


「散歩に行きたい」

「散歩?今から?」

「うん、今から」

「もう9時だよ?」

「まだ9時じゃん」

「外、無茶苦茶寒いのに?」

「たくさん着たら平気」

「平気って。あーもーわかった。行きゃいいんだろ」


言ってる言葉とは裏腹に、表情は優しい。

「帰ってきたら、コーヒー入れてクッキー食べるの!」

「いやいや、おかしくない?ケーキ買って来たんならケーキでしょ」

「あーうん、そうだけど…」




そんなこんなで、わたしの願いは叶えられることになった。

クリスマスイルミネーションに包まれた街の中を

ただ2人で並んで歩いた。

とても寒くて、早く帰りたい彼はとても早足でズンズン歩いた。

引っ張られるように歩くわたし。

繋いだ手は、彼のダウンジャケットのポケット中に突っ込まれてギュッと握られてる。

すっごく寒いけど、わたしの心はポカポカだった。



同じイルミネーションなのに、やっぱり全く別のものに見えて、キラキラ綺麗だった。

買ってきてくれたクッキーは、確かにいつもより美味しかった。


お気に入りのクッキーが特別なクッキーへと変わったクリスマスイブ。最高!



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