かまくらに包まれた化け物を、彼女は出そうとはしない。出すことを諦めているからだ。

「……ナニガ起キタノ?」


 暗闇の中で、タビアゲハは体を動かしてみた。


「……コレッテ、雪ノ壁?」


 タビアゲハの周りには、雪の塊が包んでいた。、体が動けるほどの空間はカフセルホテルを思わせる。


「ン? チョットマテ、ウチガ食ベタノ、モシカシテ変異体!?」

「ワウッ……」

 突然、雪を響かせて聞こえてきた声に、タビアゲハは思わず耳をふさいだ。

「ネエ、ソノ声ハ変異体?」

「ソ、ソウダケド……」

 おそるおそる耳から手を離して、

「ソウカ! 変異体カ! ハハハハ!!」

「――ッ!!」

 またすぐに耳をふさぐ。

「チョ……チョットダケ静カニシテ……」

「オ、ゴメンゴメン。サッキカラ人間2人ガ雪ダルマヲ作ッテイタカラ、憎タラシクナッテ食ベチャッタンダケドナ……マサカ変異体ガ変異体ヲ食ベルトハナ」

 その声はタビアゲハと同じく、奇妙な声。

「食ベルッテ……マサカ、アノカマクラガ……」

「アア、ウチダヨ。コンナ体ニナッタカラ、ミンナニハ嫌ワレルカラ……体ヲ雪デ隠シテ、カマクラノフリヲシテ食ッテイルノサ」

「……溶ケタリ、シナイヨネ?」

「ソレハ大丈夫、栄養ニスル気ハナイヨ。人間ハミナ凍死スルケド、ソノ声ニナルマデ変異シテイタラソノ心配ハナイネ」


 タビアゲハは安心したように一息つく。


 それからしばらくした後に、心配するような声を出した。


「コレッテ、ドウヤッテデルノ?」

「デレナイサ。出シ方ダッテワカンナインダカラ」


 諦めていながら、責任を取らないような話し方をする雪を、タビアゲハはそっと手で触れる。


「今日ハココニ泊マッテモイイ?」

 先ほどとは違って、心配する声ではなかった。

「泊マルモナニモ、アンタハモウココカラ出レナイケド」

「大丈夫。朝ニナッタラ出テイクカラ」

「……話ヲ聞イテタ? アンタハ出ラレナインダッテ。ソレニ、ヨク死体ガ埋マッテイル場所デ寝ラレルナ」

「ウン……ナンダカ、慣レチャッテ……」


 タビアゲハはそれ以上、なにも答えなかった。


 ただ触覚を仕舞い、小さな寝息を立てるだけだった。


「寝ルノ、早ッ……」






 それから、9,10時間たったころだろうか。




「ン……」

 タビアゲハのまぶたが開き、触覚が表れた。

「アア……」

 余裕がある空間とはいえ、あくびとともに行う背伸びはどこかきつそうだ。


「ン? モウ起キタノ」

 雪が確かめるように声をかける。

「エット……モウ朝?」

「マダ朝日ガ出タバッカリダ」

「カナリヒンヤリシテテ気持チヨカッタカラ、ツイ長ク寝チャッタ……ソロソロ行カナイト」


 周りの雪から、生暖かい風が流れた。ため息なのだろうか。


「昨日カラ出テイクッテ言ッテルケドサア、ドウヤッテ出ルツモリ? 逆ニ気ニナルンダケド」

「大丈夫。チョット痛イカモシレナイケド、スグニ終ワルカラ」


 タビアゲハはゆっくりと両手を、目の前の雪の壁に向けると、




 その長いツメを、突き立てた。




「イタィアッ!!?」

「本当ニスグ終ワルカラ、ナルベクジットシテテネ」


 ツメの間から流れ落ちた黒い液体が、タビアゲハのフードに付着する。

 

 その液体はまるで、墨汁のよう。


 両手を外側に力を入れると、より多くの黒い液体が流れ落ちていく。




「アトモウチョットダカラ……ヨシ」




 タビアゲハは指先に一気に力を入れると、




 変異体の雪のような肉を、引き裂いだ。




「ギャガ!!?」






 液体は噴水を上げるように地上に飛び出し、白い雪を黒く染める。




 その引き裂いた穴から、よじ登るタビアゲハの姿が見えた。




「モウダイジョウブ。変異体ナラ、シバラクスレバ治ルカラ。コノ液体、見ツカラナイヨウニ雪デ隠シテオクネ」

 タビアゲハは息を切らすように口をうごかすかまくらに伝えると、黒く染まった雪の上に白い雪をかぶせ始める。

「ゼエゼエ……アンタ、大人シソウナ顔ヲシテ、ウチノ腹ヲ引キ裂グナンテ……見タ目ダケジャナクテ、行動モ化ケ物ナノネ……」

 嫌みを言うかまくらの声を聞いて、タビアゲハはいつのまにかフードが下りていたことに気づき、それを被り直す。


「ウン。私ハ変異体ダカラ。旅スルコトヲ夢ミテキタ、変異体ダカラ」





 雪をかぶせ終えると、タビアゲハは街に向かって歩き始めた。


「……邪魔ヲスルナラ、手段ハ選バナイ……ッテコト?」


 その後ろ姿を見ていたかまくらは、また嫌みを口にする。




 そして、嫉妬とうらやましさ、そして安心したような、



 白いため息を吐いた。

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化け物バックパッカー、かまくらに食べられる。 オロボ46 @orobo46

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