香煙の魔女と顔無しの騎士 〜Forest in the mist〜

Forest in the mist

　そうして英雄が護（まも）る国と魔女の国との戦争は、二人の死を以（も）って終結した。

　焼け落ちた敗戦国の城に遺（のこ）されていた英雄の剣と、それを握る腕のみが彼の国へと帰還し、それを見た民達は嘆（なげ）きながらも心から戦勝を喜んだ。

　王は切り札だった駒（英雄）と精鋭を消耗したことに激しく憤（いきどお）りはしたが、すぐに頭の中は次の戦争のことで一杯になっていった。

　そうして次に起こる戦争までのつ（・）か（・）の（・）間（・）の平和が訪れ、魔女の森に棲む人間は居なくなった。

　そう、人（・）間（・）は（・）。

　森の主（あるじ）が居なくなった今、森に潜（ひそ）むモノたちが蠢（うごめ）き始めていた。

　魔女の国との戦争から数か月後。

　守人の檻（おり）から解き放たれた化け物達は、己（おのれ）たちを封じていた森から飛び出し、本能に従って周囲の国々を次々と侵略し始める。

　さらに数年もしない間に、圧倒的に数を増した漆黒の大群が英雄のいた大国を襲った。

　王の命令によって軍が反撃を試みたが、味方は次々と不死の化け物に飲まれ、次の日には敵として襲ってきた。

　そして栄華を極めた大国も、たった数週間であっけなく地上からその姿を消した。

　愚（おろ）かな彼（か）の国の王は知らなかったのだ。

　否（いな）、知ろうともしなかったことでもあるが。

　――なぜ亡国（ぼうこく）の城の庭園がわざわざ堅牢（けんろう）な造りで護（まも）られていたのか。

　――どうして一国の第一王女ともあろう姫が、危険な森の中に長年放置されていたのか。

　――いったい何が"強国が誇る英雄"を瀕死になるまで追い詰めたのか。

　そう。香煙の魔女が護（まも）る国に戦争を仕掛けた時点で、彼の国が滅ぶことは決まってしまっていたのだ。

　大国の英雄と呼ばれた騎士が、心の底から守護していたのは何だったのかを王が理解していたら、こうはならなかったのかもしれない。

　しかしそれはもう、何もかも終わってしまったこと。

　さまざまな国々や、英雄と呼ばれた者達が群雄割拠（ぐんゆうかっきょ）していたこの大陸も、生を貪（むさぼ）る不死の大群の進軍によって人間が棲める土地は急速に失われていった。

　奪う命も尽き果て、嘆（なげ）く不死者が土へと還（かえ）った頃。

　人類に僅（わず）かに残されたのは、もはや誰も知ることのない辺境（へんきょう）にある森のみだった。

　しかしその限られた小さく残った場所では、とある美しい光景が見られるそうだ。

　それは森の開かれた場所に一面と咲く、甘く優しい風が香る花畑。

　そしてそれが一望（いちぼう）できる場所に立つ、一つの白い墓標（ぼひょう）。

　白い花で織（お）られた絨毯（じゅうたん）畑の隣には小さな木の家がポツンと建ち、その家の煙突からは紫色の煙が緩々（ゆるゆる）と……いつまでも、いつまでもたなびいているという――――