鈍感は悪い事じゃない


「……けんちゃん、ごめんね。いきなり泣き出しちゃって……」


「ああ、気にすんなって! ……それより俺と一緒に下校して大丈夫なのか? 友達は?」


「あ、けんちゃん、なんか昔みたいな喋り方だよ! ふふ、まさかけんちゃんと一緒に帰れるなんて思わなかったよ」


 俺は、菫が落ち着くまで待って、一緒に図書室を出た。


 菫は程なく泣き止んで、比較的落ち着いた様子であった。


 昔は梓と菫の三人でよく遊んだな。

 本当に遠い昔のようだ。


 梓がガキ大将で、菫は俺たちの後ろに付いてきて……。


 懐かしい匂いを思いだす。

 学校の裏山を駆け回ったり、梓の家でゲームをしたり、近くの海で遊んだり……。

 潮の香り、むせ返るような緑、梓の家の匂い。


 ――いつからだろう? 中学生になった頃か? お互い異性と話すのが恥ずかしくて――



「ちょっと、けんちゃん! ぼうっとしすぎだよ! もう……どうせお姉ちゃんの事考えていたんでしょ?」


 菫は俺に体当たりをしてきた。

 女の子の匂いがふわりと漂う。


 菫は続けて俺に言った。その声は先程と打って変わって暗い声色であった。


「ねえ、けんちゃんはなんで知ってるの……。お姉ちゃんの病気は誰も知らないはずだよ? 家族しか知らないよ――」


 俺は過去に戻れた事を菫の正直に話していいのか? 

 いや、頭がおかしいと思われるのがオチだ。


 それでも――


「信じられなくてもいい。俺の話を聞いてくれ――」






 *************





 俺と菫は帰り道にある公園のベンチに座って、長い時間をかけて話した。


 俺が梓と仲が悪くなってしまった事。

 傷つけるような言葉を梓に投げつけた事。

 秋の遠足で仲直りしそうだった事。

 ……梓が悔やみながら死んだ事。

 俺が過去に戻れた事。


 全部話した。

 菫に笑われると思った。


 だが、菫は――



「――あははっ……もう、けんちゃん素直じゃないね。ほんとお姉ちゃんには勝てないよ」


 菫はあっけらかんとした声であった。


「それでか〜、けんちゃんが少し大人っぽくなっていたのね? でもさ、けんちゃんはもっと元気な方がいいかな? あ、リア充ぶって調子乗ってるけんちゃんは嫌だよ?」



「お、おい、菫? 自分で言うのもなんだが、俺、結構突拍子も無いこと言ってんぞ?」


 菫は首を傾げた。


「え? だって本当なんでしょ? けんちゃん私に嘘付いたことないもん! それに……」


「それに?」


「――お姉ちゃんの余命、あと三ヶ月だもん」


 俺の胸がドクンと鳴る。


「助からないのか? 手術とかしたら?」


 菫は首を振る。


「お医者さんいわく、長くて三ヶ月。――そっか、お姉ちゃん遠足楽しみにしてたもんね。頑張ったんだね……」


「遠足の時は……全然病気なんて……思わなくて……」


「お姉ちゃん意地っ張りだから」


「そう、か――」


 助からない。その事実が俺を打ちのめす。

 深いため息をして天を仰ぐ。


 




 その時、頭に衝撃が走った。


 ――あいった!?


 結構な強さの力で菫が俺の頭を叩いていた!?


「す、菫!?」


「けんちゃん!!」


「お、おう」


「男ならしゃきっとしなさい!! 私は覚悟をとっくに決めたよ? けんちゃんはお姉ちゃんを幸せにするために戻ってきたんでしょ! なら……けんちゃんがそんな顔しちゃ駄目!! けんちゃんが笑ってお姉ちゃんを幸せにするんだよ!!! ――わ、私が手伝ってあげるから!!! だから、だから、けんちゃんは……昔みたいに……」



 菫は真剣な瞳で俺を見据えた。


 俺は梓が死んだ絶望を引きずっていた。

 俺のとって数日前の出来事だ。


 馬鹿野郎!! 俺は誓っただろ?

 こんな辛気臭い顔しちゃ梓に合わせる顔がねえよ!


 俺は自分の顔を両手で叩く。

 バーンッという威勢の良い音が響く。


「菫、ありがとな!! ああ、暗いのはやめだ!! 昔みたいに何も考えずに梓と過ごすぜ!!」


 菫は少し微妙な顔をしていた。


「……う、うん、なにも考えないのは……それだと……お互い鈍感だし……不器用だから……好きっていう気持ち気が付かないよ……絶対自覚してないし……はぁ」


「うん? どうした?」


「ううん、なんでもないよ! 私も明るいけんちゃんが……す、す、す、好きだよ……」


 菫は妹みたいなものだからな! 


「そっか、ありがとな!! ……ところで、あいつの幸せってなんだろな?」


「――はぁ……もう」


 肩を落として落胆している菫。

 どうしてだ?


 それでも菫は俺に柔らかい笑みを浮かべる。


「菫、これからよろしく」


「もちろんよ! 私も一緒に付いてくからね!」



 俺達の二度目の夏が今ここで始まった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る