夏の夜

「わぁぁぁーー!!! 畑だーー!! ほら、けんちゃん畑だよ! あ、ごほん……相変わらず何もない田舎だわ!」


 都心から電車で二時間、バスで一時間揺られてたどり着いた、俺のおじいちゃんの家がある田舎町。

 町はほどほどの田舎であり、ほどほどに観光に力を入れているので、結構栄えている。特別なものはない。あるのは畑と山と谷と川と温泉まんじゅうだけであった。

 あ、大きな橋もある。よく昼ドラで使われているから奥様たちの聖地になっているな。


 梓は元気であった、菫から梓の病気の様子を聞くと、「――医者いわく安定しているって、余命はよくわからないそうよ」とのことであった。

 ……なんだかもやっとする言い方だ。

 だって、梓は医者から余命宣告をされたはずだ。宣告されたのは……俺が過去に戻る前の日、俺が梓に冷たくしてしまった日だ。

 その時に三ヶ月って宣言されたんだ。


「お姉ちゃん、懐かしいね! 昔はけんちゃんと一緒に来たよね?」


「ええ、そうね。けんちゃん、鼻水垂らしながら私のあとを付いてきてね……『梓ちゃん〜、置いてかないで!』ってね」


「お前よく覚えてんな……。俺はじっちゃんから『女の子には優しくしろ!』って言われてたからな! 梓が無茶しないか見張ってたんだよ! ――あ、そろそろじっちゃん家に着くぞ!」


「わぁーー!! 相変わらず大きいわね!」


 田舎道を歩くと、大きな家が見えてきた。平屋で古びた日本家屋。



 梓の余命宣告が安定しないのは、俺たちの行動のせいだと思ってる。

 まず、梓の病気が判明したのは、俺が冷たい言葉を言い放った日に家で倒れた。

 梓のお母さんは慌てて病院に連れて行った。

 そしたら体中が何かに蝕まれているのが判明した。

 何かが梓の心臓に絡まっている。身体を輪切りにする写真を見ても、レントゲンを見ても、明らかに異常であった。


 いざ手術をしよう、ということになり、再度手術のたまに検査をしたら、何も見えなくなっていたらしい。

 梓の身体の調子も良かった。

 医者は首をかしげていた。だが、翌週検査をしたら、また何かが絡まっているのを発見した。……今は医者も様子を見ているだけであった。



 俺は一番はじめの世界のことを思い出した。

 梓は学校を休みがちであった。

 手術をしたのかも知れない。前回の世界はわからない。

 手術をしても助からなかったのだろう……。


 梓は今回、余命が短いとしか言われていない。

 三ヶ月という明確な数字ではない。所詮医者の言葉だ。信じられない。


 ……梓の症状がいきなり悪化しないか心配だ。


 今でも看取った時のことを思い出す。

 苦しんでいる梓を見るだけで辛かった……。


「けんちゃん、何ボサッとしてんのよ! 早くおじいちゃんに挨拶しよ!」


 梓と菫は俺を置いて先を歩く。


「ああ、今行くぜ!」


 考えすぎても仕方ない。この旅行で梓を楽しませないとな! 

 俺は二人の元へと走り出した。




 ***********




 旅行の日程は一週間。まだまだ夏休みは長い。

 俺たちは疎遠になっていた事を忘れるかのように遊び呆けた。


 朝早くから山を駆け回り、川で水遊びをし、夜は温泉に行ったり花火をしたり――


 まるで子供の頃に戻った気分である。

 梓は昔みたいな笑顔に戻っていた。

 菫もいつもよりも子供っぽくなっている。




 夜になるとあたりに真っ暗で、じっちゃんの家だけが明かりが付いていた。

 菫とじっちゃんはご飯の準備をしていて、俺と梓は邪魔だからって台所を追い出された。


 梓は居間でテレビを見ている。


 俺は縁側で涼んでいた。

 都会と違って星がすごくキレイだ。

 まるで別世界。


 ――なんで俺は過去に戻れたんだろう?


 何もしていない時間ができると考えすぎてしまう。

 梓と一緒に遊んでいても、心の隅で罪悪感が生まれてしまう。


 ――こんな事やっている場合じゃないだろ。


 って、思ってしまう自分がいる。

 それとは別に、


 ――もしかしたら、この世界の梓は死なないかも知れない。


 って、思っている自分もいる。


 ……このまま遠足まで乗り切って、梓の症状がよくなれば――



「けんちゃん? どうしたの? なんか暗い顔してるね」


 梓は心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

 強気な態度はなりを潜め、心底俺を心配している様子。


「ああ、色々な――」


「む、わ、私には言えない事なの! あっ、もしかして菫の事?」


 梓はなにを勘違いしているのか、俺と菫の仲を疑っていた。


「ばっか、言っただろ? 菫は妹みたいな――」


「うそばっか、私知ってるわよ。菫と二人っきりで会ってる事。……でもいいの。菫はいい子だし……けんちゃんは大事な幼馴染。――二人だったら、いいかな……」


 俺の隣に座る梓、足をぶらぶらさせていた。


「菫ね……昔っから、けんちゃんの事好きだったからね。だから私嬉しい……」


 言葉とは裏腹に寂しそうな表情の梓。

 俺はそんな顔の梓を見たくない。


「梓っ、俺は――」


「けんちゃん、駄目。私の心配しなくていいわ。私は……今のままで満足してるの。だって、けんちゃんと仲直りできて、一緒に旅行に行けて……それ以上望むものなんてないわよ」


 俺は梓に聞いたことがない質問をしようとしている。

 心に葛藤が生まれる。


 聞いていいのか? 聞いてみてもいいんじゃないか?


「梓――好きな人いるのか?」


 梓の足の動きが止まる。

 口をもごもごさせながら、大きくため息を吐いた。


「…………ううん、いないわ! へへ、好きって気持ちがよくわからないのよ」


 ――梓の口がモゴモゴする時は、嬉しい時か……嘘を付く時だ。


 梓は自分を誤魔化すように軽い口調で続けた。


「け、けんちゃんこそ、す、好きな人いないの?」


 俺は間髪入れずに答えた。


「――いない」


「え、あ、うん……、けんちゃん?」


 俺はどんな顔をしているんだろう? 感情を抑えるのは得意だ。

 何度も経験した。

 だから――大丈夫。


 台所からおじいさんの声が聞こえた。


「おらーー!! 飯の時間じゃ!! さっさと来んかい!!」


「はーーい! 梓、行こうぜ! 飯のあと花火しような!」


 俺は逃げるようにその場を離れようとした。





 ****************




 ――嘘つき。


 私はけんちゃんが嘘を付いているってすぐにわかった。

 だって、私はけんちゃんをずっと見てきた。

 子供の頃からずっと……ずっと……。

 嘘を付く時は目をそらすのよ?


 私はけんちゃんが大好き。

 世界で一番好き。


 ――でもね、私死んじゃうの。


 だから、好きなんて言えない。

 でもね、私はちょっとだけ素直になれたわ。

 けんちゃんのおかげね。


 けんちゃんの好きな人が私だったら嬉しいけど……悲しい。

 けんちゃんを悲しませたくない――


 今のままで十分幸せだよ。


 けんちゃん、リストは絶対埋められないの。

 私の心がそれを否定するの。






 たとえ、何度繰り返しても――



 私は死んじゃうの――

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