味なんてわからない

「あっちいな? 梓は夏休みどっか行くのか? ていうかテストどうだった? 俺は散々だったぜ!」


「…………う、うう」


「そうだっ! 夏に俺の親戚の家行こうぜ! 覚えてるだろ? だだっ広い畑で一緒に遊んだじゃねーかよ!」


「…………う、ぅぅぅぅ」


「うん? カバンについてる人形って……これって俺が大昔にあげた――」


「ああああぁぁぁ!! もう一体全体どうしたのよ! わ、私は構って欲しいなんて言ってないだから! それにあんたが私に、ぼ、暴言吐いた事は許してないんだからね!!」


 俺と梓は二人っきりで街のカフェでお茶をしている。

 正直、嫌がる梓を無理やり連れてきた感じであった。後悔はしてない。後悔なんて出来ない。――俺たちにはそんな時間なんてない。


 目を逸らしてふくれっ面でストローを咥える梓。

 髪を指でくるくる回す。

 うん、ご機嫌な証拠だ。


「ほら、梓が好きなパンケーキが来たぞ! 冷めないうちに食べようぜ!」


 タイミングよくオーダーしたスイーツが来た。

 梓はパンケーキと俺を見比べながら……「し、仕方ないわね……」と言いながらパンケーキを食べ始める。俺も食べよう!


 梓はパンケーキを口に入れると「うぅ〜美味しい!! あ、あんたにはあげないからね!」と言い放つ。


 ……そうだったな。この頃の俺たちはこんな感じだったんだよな。何故かトゲトゲしている梓に……それに反発するように文句を言う俺。


 でもそれじゃ駄目なんだ。

 俺は知っている。梓は本当は……俺と友達に戻りたいはずなんだ。


 梓はパンケーキを頬張りながら俺に訪ねる。


「……ねえ、あんた咲の事はいいの? 最近、い、いい感じなんじゃなかったの?」


「あれは俺が遊ばれていただけだ。ちゃんと周りが見えてなかったんだよ」


「う、うう。わ、私に何も言わずに……イメチェンして、女子達からチヤホヤされて……気持ち良かったんでしょ?」


 上目遣いで俺を見る梓。……何も意識してないんだろうな。すごく可愛いな――

 あれ? 梓ってこんなに可愛かったのか? 

 俺は梓を幸せにするために戻ってきたはずだ。……俺に取って梓は大切な……なんだ?


「ぼけっとしてないでよ! もう」


「あ、ああ、悪い。ちょっと梓の事を考えていて――」


「――!? ちょ、ちょ、何言ってんのよ!? ……ていうか、私の呼び方が……いつの間にか足立から、あ、梓に戻っているし……ふんっ」


 そうだ、俺に取って梓は大切な幼馴染。……梓が死んでから……俺は本当に大切な人がわかった。

 それがどんな感情かはわからない。

 ……梓にとって俺は……大切な幼馴染なのか? 俺は嫌われていると思っていたけど、少し違うみたいだ。遊園地で過ごした梓を思い出す。


 ――梓にとっても俺は大切な幼馴染なんだろうな。


 梓がイメチェンしてチャラチャラしたら、俺も嫌だろ? 


「――そういう事か? うん、まあいいか」


「あんた一人で納得しないでよ! もう……でも、パンケーキ、美味しいよ――」


 梓は照れくさそうに俺に言った。

 ……俺はそれだけで心が満たされた気分になった。


「梓、俺のパンケーキも味見しろよ! 俺のはチョコ味だぞ!」


「み、見りゃわかるわよ! ……じゃ、じゃあ、い、いただくわ……ごくり……間接……」


 梓は恐る恐る俺のパンケーキをフォークで口に運ぶ。

 顔は真っ赤だけど、とても満足そうであった。





 そんな梓の席の後ろに人影が見えた。……菫である。


「楽しそうだね!! あ、私もおごってよ、けんちゃん!」


「ぶほっ!? げほっ、げほっ!? ちょ、菫……驚かさないでよ!」


「あーー、お姉ちゃんとけんちゃんがいちゃいちゃしてる!! ずるいよ〜」


「い、いちゃいちゃなんてしてないわよ!!」


 菫は梓を後ろからハグをする。

 姉妹でじゃれ合っている姿は微笑ましい。


 梓は俺を睨みつけた。


「……ちょっと、なんであんた、けんちゃんって呼ばれてんのよ……まさか!? う、うちの菫に手を出したら、ゆ、許さないからね!!」


「――うん? 俺たちにとって妹みたいな感じだろ? ははっ、安心しろよ!」


 菫は何故か少しだけ不機嫌そうな顔であった?


 梓は菫を押しのけながら俺に言った。


「あ、あんた本当にどうしたの? ちょっと前のあんたからは考えられないわ。……これじゃあまるで昔に戻ったみたいな――」




 俺は一度目を閉じる。

 目の奥に焼き付けた――梓の姿を思い出す。


 そして、意思を込めて目を開け放つ。





「――梓のおかげで目が覚めたんだ。俺にとって大事な人……、それが誰かわかった。だから俺は二度と――悲しませない」




 俺は目をパチクリさせている梓の手を取った。

 梓は――口をモゴモゴさせながら何かを必死で抑えていた。

 それは、嬉しさを無理やり抑えるような表情でもあり、悲しそうな表情。

 梓はいつもみたいに言葉を強気で覆い被せて俺に言った。



「――う、うぅ……あ、あんたが、そ、そこまで言うなら――一緒に遊んであげてもよくてよ!」


 そして梓は自分に言い聞かせるように、消え入りそうな声でつぶやいた。



「……少しくらいなら……いいよね……」



 俺はその言葉を聞こえないフリをして、笑顔だけで答えてあげた。

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