あざとさには騙されない

 

 教室に入ると――三ヶ月前と同じ光景が広がっていた。

 極々平凡な学生生活。……普通だと思っていただけだ。



「おい、健太〜、今日は大人しくね?」

「一緒にゲームやろうぜ! えっ、持ってきてねえだと!? あ、あの健太が!」

「健太君〜、昨日のテレビ見た〜?」



 普通の学生ってなんだ?

 時間を潰すために教室でしか会話しない生徒、特に仲良く無いやつなのに空気を読んで、はしゃぎまくる男子生徒。何でもかんでも恋愛に結び付けたがる女子生徒。


 俺は友達――クラスメイトの会話をやんわりと聞き流しながら今後の事を考えていた。



 梓は病気で死んだ。……それも人生を悔やみながら死んだ。俺のせいかも知れない。

 病気という事は……梓の死は逃れられないのかも知れない。


 ――直接聞いても答えてくれないと思う。だって、梓は素直じゃない。絶対俺を心配させないために嘘を言うはずだ。


 ……妹の菫に聞いてみるか。


 病気か……すでに発症しているって事だよな? ……救えないのか?


 俺はちっぽけな高校生だ。

 ――それでも。

 全力を尽くして――梓の幸せを願うんだ!!


 ……あれ? あいつの幸せってなんだ?

 

 あっ、あのリストを参考にするか。


 俺は思い出しながらスマホのメモに入力をする。

 よくわからないリストだけど、これを叶えてあげればきっと――




 俺のスマホに影が差した。


「あれ〜、健太君、何してるの〜!」


 猫なで声でわかった。顔を上げると目の前には清水咲しみずさきがいた。



 咲と俺は……この時期からよく会話をして……少しいい感じの雰囲気になっていた。

 ――が、冷静になって考えると、咲は定期的にクラスの特定の男子と仲良くなっている。

 前回は田中、その前は山崎、その前の前は佐藤であった。


 この時期の俺はイメチェンを果たした時であった。

 ……梓に地味男って言われてカチンとして……友人の琢磨たくまに相談して、色々試行錯誤して……懐かしいな……。


 ――見た目は変わっても、俺の中身は変わってなかったな。


 クラスでほどほどに可愛い咲に話しかけられて舞い上がっていたんだ。


 咲は笑顔で俺の前に立っている。

 今ならわかる……咲の笑顔の薄さを感じ取った。

 あざとさと香水の匂いで吐きそうだ。


「……ああ、今日の予定のチェックだ」


「ふーん、ねえねえ、私今度さ〜…………」


 一ミリも俺の話を聞いていない。

 咲の自分語りが始まった。咲は見た目が可愛いし、自分の見せ方をわかっている。

 だから馬鹿な男子……俺の事だな、が騙されるんだ。


「ふぅ〜、あっ、そう言えばさ〜、梓がまた告白断ったらしいよ〜! 三年のイケメン先輩! あんなわがままで粗暴な女のどこがいいかしら〜? マジ謎〜」



 俺は後ろを振り返って、窓際の席にいる梓を見た。

 梓は決して器用な子ではなかった。友達は少ないけどちゃんといる。

 だけど、口調と態度のせいで……女子からの敵が多かった。


 ……俺も……梓の事を……くそっ……自分を殺したくなる……。


 咲が脳天気な声で続ける。

 頭に響く声が――頭痛を引き起こしそうだ。


「でね〜、あいつってさ、清楚ぶってるけど男好きで有名らしいよ〜。ていうか健太君に理不尽な事言ってんでしょ? マジ死んで――」


 俺は感情を押さえながら静かに咲に伝えた。





「――頼む、黙れ」



「えっ!? ――ひっ」



 隠しきれない俺の怒りの感情が――

 周囲のクラスメイトの驚きの顔が――

 頭に浮かぶ大切な幼馴染の梓の顔が――




「トイレ――」




 俺は席を立った。

 椅子を引きずる音がやけに響く。

 教室は静かになっていた。



 後ろから聞こえる咲の小さなつぶやきを俺は拾った。


「は、はいっ? 意味わかんないし……ていうか――マジ冷めたわ〜」



 俺はそんな呟きを無視して教室を歩く。

 ちらりと後ろの席の梓を見た。


 梓は口をポカンを開けていて俺を見ていた。

 少し間抜けな顔であった。


 俺がニコリと笑いかけると……梓は慌てて顔を窓の外に向けた。

 ほんのりと顔が赤くなっている。……眉はしかめているけどな。


 俺はそんな姿をみるだけで……心が落ち着いてきた。


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