日常なんていらない
「……はは……けんちゃん……顔……ひどいよ……」
俺はなんて言っていいか分からなかった。
一目見てわかった、梓の命が消えようとしている――
「――お、おい寝てなきゃ駄目だろ?」
馬鹿野郎っ! 俺はそんな事しか言えないのか?
感覚が告げているんだ。……最後……かもしれないって……。
梓は顔を緩めていた。笑っているようである。
「……私……リスト……できなかったよ……ぐすっ……もっと素直に……あれ? けんちゃん……どこ?」
だが、梓の焦点は合っていなかった。
「お、おい――けんちゃんだぞ? ここにいるぞ! お前の幼馴染のけんちゃんだぞ!! ほら、この前言った事は謝るからさ! 元気になってくれよ!! また一緒に出かけようぜ!!」
くそっ!! 俺はなんで今まで梓に向き合わなかったんだ! こんな時に謝罪なんて……。
梓は再び目を閉じようとした。
そして一言――俺に――
「――けん……ちゃん……悔しい……よ――ごほっ……ごほっ!!」
俺の頭がハンマーで叩かれたような衝撃を受けた。
梓の顔が……本当に……悔しそうで……悲しそうで……そこに俺が入る余地がなかった……。
「あず――」
「――ごほっ、ごっほっ!! ごほっ……ごほっ……はぁはぁはぁ……」
複数の足音が後ろから聞こえた。
「梓!! 大丈夫だ! 先生呼んだから!! ほら、安心しなさい――」
「うぅぅ……梓……なんで私達よりも先に……」
俺はよろよろと後ろへ下がる。
医者がすぐに来て、咳き込む梓に呼吸器を付ける。
よくわからない薬を注射したり……
俺はただ呆然とそれを見ている事しかできなかった。
******************
梓の葬儀は粛々と行われた。
学校中の生徒、先生が通夜に参列する。
俺もかろうじて参列をした。
俺は魂が抜けた状態であった。
おかしい――
俺と梓は幼馴染だけど……疎遠になり、お互いいがみ合い、嫌い合っていたはずであった。
それなのに俺は普通に生活することが出来なくなってしまった。
友人にどうにか連れられて通夜に参列するも、俺は梓の遺体を見たくなくて……遺影を見たくなくて……会場の前で一歩も動けなくなってしまった。
クラスメイトはそんな俺を見て声をかけてくれる。
「――健太、げ、元気だせよ……顔怖……」
「健太君……私がそばにいるよ……。えっ……む、無視?」
「健太! 学校来いよ……」
クラスメイトの声は聞こえるけど、今は聞きたくも無い。何も喋らず、動かない俺に業を煮やして、クラスメイトたちは散っていった。
そして、俺が帰ろうとした時――
「――けんちゃん、待って」
梓の妹である
菫は俺達の一個下だから高校一年生のはずだ。
俺と梓が疎遠になったから、菫とは随分長い間会っていなかった。
目が腫れている菫は手に何かを持っていた。
それはくしゃくしゃな紙? であった。
「――けんちゃん……本当は渡すかどうか悩んだけど……、けんちゃんを見て、渡してもいいかなって思ったの」
紙を俺に向ける。
それはノートを一枚破いた物であった。
くしゃくしゃの紙切れである。
「――これは?」
「お姉ちゃんの部屋から出てきたの……中身は読んで確かめて」
菫はそれだけ言って俺の前から消えた。
俺もこの通夜の場から消えることにした。
菫からもらったボロボロの紙切れを片手に――
*******************
俺は自分の部屋で紙切れを広げて読むことにした。
くしゃくしゃに丸められているだけだから、伸ばせば全然読める。
一番上には――
『梓リスト!!』
これは梓の字である。顔に似合わず丁寧で綺麗な字。
くそ、また……涙が出そうだ。
――俺は目を瞑る。
おかしい、梓は俺に対して理不尽なわがままをずっと言っていた。
だから俺は梓に愛想を尽かしたはずであった。
梓も俺の事を嫌っていると……そう思っていた。
だが、梓が弱っているのを見た時……梓が死んだと聞いた時……俺は自分の何かを喪失した感覚に陥った。
――俺の生きる力が無くなった。
俺の中の全てが吹き飛んだ。
もし仮に他のクラスメイトが亡くなったとしても……、ここまでの喪失感は無いだろう。
心の表面では否定していた。
だけど、奥底では違った。
否定する理由もない。そして、その理由もわからないけど、俺にとって梓は――特別な人であった。
……死んでから初めて分かった。
目をゆっくりと開け放つ。
文字が飛び込んで来た。
『その一、一日一回でもしゃべる!』
『その二、嫌がる事をしない!』
『その三、わがまま言わない!』
『その四、昔みたいに仲良くする!』
『その五、一緒に手をつないで……遊園地へ行きたい!』
『その六、付き合いたいけど、それはルール違反!」
『その七、……でも、ロマンティックな場所で……キスしてみたい』
『その八、すなおに、なりたい』
『その九、後悔したくない』
『その――』
可愛らしいイラスト付きで丁寧に説明してある。
所々、文字が消されていて読みにくかった、最後の文だけは完全に読めなかった。
――これは……なんだ? 俺の胸がきゅっと締め付けられる。
リストと言いながら、梓の決意みたいなものがあるぞ?
ははっ、あいつ……いつまで……経っても……ばか……なんだから。
「ばかやろう――死んだら意味ないだろ!!」
俺の中で激しい後悔が産まれた。
俺はなんで梓に優しくできなかった!
俺はなんであいつの言葉の裏を読まなかった!
体調悪そうにしてただろ!? 気が付けよ、俺!!
俺は自分で自分を殺したくなる。
梓が書いたメモを握りしめる。
あいつがどんな思いをしてこれを書いて……ゴミ箱に捨てたんだ……。
梓が死ぬ時の言葉を覚えているか?
『――悔しい』だぞ?
この言葉は俺が言わせたんだ。
俺は馬鹿だ。
梓が死んでから……本当に大切な物に気がつくなんて……。
メモをきつくきつく握りしめる。
爪が食い込んで血が出ても俺は握りしめるのを止められなかった。
「――――――――――梓っ」
俺は何でもする。
俺が死んでもいい。
だから梓を助けてくれ。
いや、せめて……後悔したまま死なせないでくれ!!
お願いだ!!
俺の全てをくれてやる!!!
俺は強く――強く願った――
「――あっ」
ぶちっという音が頭の中で聞こえた。
まるで命の綱が切れるような音であった。
視界がぶれる。
それでも俺は――梓だけを想う――
――もう一度……あいつの後悔を無くすために!!!
視界が一瞬暗くなったと思ったら――すぐに俺は意識を取り戻した。
違和感を感じる。
……梓が書いたメモが無くなっていた。
確かに俺はそれを握っていた。
……おかしい。手に血が出ていない。
手を見ると、俺は制服を着ていないことに気がついた。
――パジャマだ。
周囲を見渡す。
外は薄暗い。いつもどおりの俺の部屋……じゃない。俺は一ヶ月前に模様替えをした。
――ここは模様替え前の部屋だ!?
俺は慌ててスマホを手に取った。
「――なんだと……いや、俺が願ったからか?」
スマホは三ヶ月前の日付を示していた。
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