Promise with you.

イケヅキカショウ

廃屋敷の思い出

 少し、思い出話をしよう。これは幼い頃の話だが、私には何もなかった。信頼できる友人も、優しい両親も、皆私を裏切って離れていく。

 最初は辛くて、寂しくて、離れていく人の手を掴んだが全て振り払われて、皆私の手の届かない場所へ行ってしまった。そんな日々を繰り返すうちに私の心はすさんで、どうでもよくなった。

 こんな私には学校にも、家にも、どこにも居場所はなくて、ずっと山の麓にひっそりとたたずむ廃屋敷で朝から晩まで、ずっと一人で過ごしていた。その廃屋敷はって噂があったが、心がすさんだ私にとってはどうでもいいことだった。むしろ、出るなら出て、自分をあの世に連れて行ってほしいとすら思った。

 そんなことを思いながら過ごしていたある日。


「そんなところで何をしているの?」


 不意に後ろから声をかけられた。振り向くとそこには高校生くらいの少女が立っていた。すみれ色の髪に、透き通ったアメジストのような瞳。肌は病的なまでに白く、どこか儚い印象を感じさせる風貌だった。

 私は少女に、あなたは誰?と問う。


「私?私はね。幽霊。この廃屋敷に住む幽霊だよ。」


 幽霊、いきなりそういわれても普通の人間は信じないだろう。自分だってそうだった。最初は信じなかった。そんな訳ないだろう。そう言った。


「まぁ、普通は信じないよね。でも、これを見てもそう言える?」


 そう言うと少女はその場で軽くジャンプする。すると、少女の身体は引力に引っ張られて降下することなく、宙に浮き上がった。

 流石の私も目を疑った。しかし何度目をこすっても、何度瞬きしても、現実は自分の目に映るとおりで、少女はこの世の物理法則を無視して浮かんでいる。そんなことが出来るのはこの世という領域の外の存在、幽霊と呼ばれる存在にしか出来ない。


「どう?これで信じてもらえた?」


 私は呆然としながら首を横に振った。


「ならよかった。」


 彼女は宙から地に降りると、自分の目線に合わせて屈んでくる。


「君、よくここに来るよね?しかも朝から。学校はどうしたの?」


 ......


「その様子だと、何かあったの?」


 ......自分には何もない。居場所も、信頼できる人も。だからここにいる。誰も居なかった、ここに。


「......そっか。」


 あなたは幽霊なんだろう?だったらあの世に連れてってよ。


「え?」


 もう嫌なんだ。親も友達も、皆皆離れていく!行かないでと言っても!


「ちょ、ちょっと落ち着こう?」


 こんな世界に留まっても何も良いことはありやしない!こんな世界に無意味に存在し続けるくらいなら死んだほうがマシだ!


「だから落ち着いてってば!」


 幽霊の声にふと、我に帰る。


「私はね、君をあの世に連れて行ってあげることは出来ない。というか、そんな力を持ってない。」


 当たり前だ。そんな事出来るはずがない。こんな優しい幽霊に、そんな事......


「でもね。君の力にはなれる。話を聞いてあげることが出来る。」


 ......


「だからさ。話してみない?今まで我慢してたこと、全部。」


 その言葉に私は救われた。初めてだった。自分の話を聞いてくれる人は。だから自分は今まで我慢してきたものを解き放った。幽霊は私の口から氾濫した川の水の様に溢れてくる言葉を零すことなく受け止めてくれた。


「辛かったね。」


 全てを出し切った後、幽霊は私の頭をそっと撫でた。その手は冷たいが、なぜか温もりを感じた。落ち着いた私は幽霊に問う。

 ......私はどうすればいいのだろうか。


「それは......ごめんね。私にも分からない......私は君ではないから......」


 幽霊は少し困った顔をしてから答える。反省した。意地悪な質問だった。彼女は私ではない。そんなこと......分かるはずがない。


「見つけていくしかないんじゃないかな。」


 見つける?何を?


「生き方とか、目標とか、そういうもの。」


 見つけられるだろうか。空っぽな自分に。


「大丈夫だよ!君ならきっと見つけられるよ!」


 幽霊は喰い気味に答える。


「確かに、今は辛いかもしれない。でも、でもね、その先にきっと光はあると思う。」


 光......?


「そう。今君はね。暗い夜道にいるんだ。月明かりすらない夜道に。でも、光があるから永遠に夜が続くことはない。もし君がその光を見つけられたとき、きっとそこには君が欲しい答えがあるはずなんだ。」


 答え......


「だから......諦めないで。辛いときは泣いてもいい。苦しいときは立ち止まってもいい。でも、進むことは止めないで。そうすれば、きっと良い事があるよ。って、こんな事を死んじゃった私が言うのもおかしい話なんだけど......でもこの言葉は私が言える確かなことだよ。」


 夕日が差し掛かる廃屋敷に幽霊の言葉が木霊する。

 外は陽が落ちかけていて、帰宅時刻を告げるチャイムはとっくに鳴った後だった。


「......そろそろ時間だね。」


 時間?


「うん。陽が落ちて、夜が訪れる。そうなると自然とこういった場所には悪いものが寄り付いてくるんだ。私は幽霊だから何ともないんだけど、君は生きてる。だから奴等に憑かれちゃうかも。本当は真昼でもこういう所は来ちゃいけないんだ。君は運よく何とも無かったけど、ここは危険なんだ。だからもう、ここに来るのは止めたほうがいいよ。」


 そう......なら、もうここには来ない。


「......ねぇ、約束しない?」


 約束?


「私とまた会う約束。もし君が、夜を抜け出せたとき、またここに来て?そのときは......また一緒に話そう?どう?約束する?」


 わかった。約束する。


「うん。いい返事。じゃあ、指切りしよう?」


 もちろん。

 幽霊と私は、互いに小指を出してぎゅっと、絡めあう。


「ゆ~びきりげ~んまん、嘘ついたら針千本の~ます!指きった!」


 絡めた指が離れる。その光景に少し寂しさを覚えた。約束したはずなのに、何故か幽霊との縁が切れてしまった様に感じて。


「大丈夫。指は切っても、約束は切れないよ。」


 ......そうだ。うん。きっとそうだ......!


「さぁ、それじゃあお帰り。君のお家へ。」


 ありがとう。それじゃあ、また!


「うん!また会おうね!」


 私は後ろを向いて、幽霊が見えなくなるまで、手を振り続けた。何度も、何度も。


「......本当は毎日でも会いたかったんだ。でもここは、君にとって何も変らない、停滞の場所。ここにずっと居たら、君は一生前に進めない。だから......もうここには、来ては駄目だよ?」


 しかし私は、幽霊の優しい嘘には気づくことは出来なかった。

 これが、私の記憶に残っている思い出。僕が前を向いて歩けるようになったきっかけ。

 この後私は夜を抜けられた。ずいぶん時間がかかったが、空っぽな私でも光を見つけられたんだ。だから、約束どおりまたあの廃屋敷に行った。でも、もう無くなってしまっていた。私が来る少し前に取り壊されてしまったらしい。私は幽霊と約束を果たすことは出来なかった。


 ......


 電車に揺られながら、SNSをチェックしている。通知、メッセージを確認して後はただ、目的地に着くまでTLをボーっと眺めるだけ。特に感心できるような投稿はなく、SNSを閉じようとしたときだった。

 一件の投稿が目にとまった。画像のみの投稿だが、その画像に映る少女の姿に見覚えがあった。すみれ色の髪に、アメジストのような瞳、そして病的なまでに白い肌。私がその姿を忘れることも、間違えることも無かった。

 数年の時を経て、私は約束を果たすことが出来た。その事実に歓喜しながら私は投稿にコメントを送る。


 "あなたのおかげで夜を抜けられました"


 それは、私が幽霊に一番伝えたかった言葉だった。


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