ともしびのまじょ

乙彗星(おつすいせい)

ともしびのまじょ

 一章いっしょう よみがえる記憶きおく



 ──わたしはあてもなく暗闇くらやみなかすすんでいた。仲間達なかまたちにもわかれをげて。いた情報じょうほうたよりに無謀むぼう冒険ぼうけんにでる。きる世界せかいわたし世界せかいより過酷かこくだった。いついのちとしてもおかしくない。


 すべてはわたしがこの世界せかい突然とつぜんある記憶きおくをよみがえらせたから。



 小学生しょうがくせいころわたし活発かっぱつだった。おとこ子達こたちじってあそび、両親りょうしんあきれさせたものだ。


貴方あなたおんななんだから──」


 わたし名前なまえ木下きのしたあかり。いつもニコニコと笑顔えがおやさずみんなこころあかるくするようにとのねがいをめてけられた。


 ……中学ちゅうがく一年生いちねんせいときそれは発症はっしょうする。現代医学げんだいいがくでも解明かいめいできないなぞ難病なんびょう。そのから友達ともだちとも大好だいすきな両親りょうしんともはなされ、ただ清潔感せいけつかんのみが目立めだ病室びょうしつ自分じぶん世界せかいすべてになった。


 両親りょうしん毎日まいにちのようにてくれていたが、友達ともだちによる見舞みまいは入院にゅういん長引ながびくにつれ段々だんだんあしとおのいていったことおぼえている。回診かいしん先生せんせい看護婦かんごふさんとは仲良なかよくなって病院内びょういんない散歩さんぽ日課にっかにしたものだ。一人ひとりさびしいときはほんやテレビでごまかした。


 同級生どうきゅうせい高校生こうこうせいになっていたころわたし身体からだうごかずたきりの状態じょうたいになっていた。びたかみ、やせほそった身体からだ自分じぶん一人ひとりではこと出来できない。当然とうぜんほんやテレビも。自分じぶん世話せわすら他人ひとにやってもらわなければきていけなかったのである。はははそれでも


希望きぼうはあるわ。だってあなたの名前なまえあかりなんですもの」


 こうって元気げんきけてくれた。


 しかし……それから一年いちねんたずにわたし世界せかいほか人達ひとたち世界せかい完全かんぜん遮断しゃだんされてしまう。……ほねかわだけになってしまったようなをしっかりとにぎり、涙声なみだごえわたしはは。でもわたしなん反応はんのうかえせない。


(おかあさん大丈夫だいじょうぶだよ。ちゃんとこえも、ぬくもりもつたわっているからかないで)

(おとおさん。わたしあいしてくれているのはかっているから。だからそんなに自分じぶんめないで)


 わたしは……わたし二人ふたりとしてまれてこれてしあわせでした─


 植物しょくぶつ状態じょうたいとなったわたしがその生涯しょうがいじた瞬間しゅんかん残念ざんねんながらおぼえていない。


 木下灯きのしたあかり。─享年きょうねん十七才じゅうななさい



 二章にしょう まじょをさがして



 自分じぶんをはっきりと意識いしきしたときわたしみずなかにいるのがわかった。そしてわたしまわりには……さかなだ。

 

 このときわたしはこの不可思議ふかしぎ現実げんじつれていたのだとおもう。みずからもまたさかななのだと。


 たくさんの家族かぞくともだちとごしながらもわたしたちがつね捕食者ほしょくしゃねらわれているという立場たちば生活せいかつなかおしえられた。


「このうみにはのぞめば姿すがたえてくれる存在そんざいがいる。ってみんなをまもれる姿すがたになりたいな」


 仲間なかまがこんなことっていたのをおぼえている。このときわたしとくにもとめていなかった。


 そしてあるときわたしたちはつい捕食者ほしょくしゃおそわれる。家族かぞくともだちがまどう。わたし必死ひっしはなれないようについていく。


(おとうさん! おかあさん! たすけて!)


 どんどん海面かいめんちかくにまれたその瞬間しゅんかんわたしおもした。


(!? こんな光景こうけい病室びょうしつのテレビでおぼえがある。たし海上かいじょうからはとりねらってるんだ)


「みんな! うえげちゃダメ! 危険きけんでももぐって!」


 ……それからどうまわったのかはおぼえていないけれど、わたしについてきたすくない仲間達なかまたちなんのがれられたようだ。


 しかし人間にんげんだったころ記憶きおく意思いしさかなでは、このままの生活せいかつおくるのはどこかで支障ししょうをきたすとおもう。それに……ひともどりたいという気持きもちも自覚じかくしてしまったから。


 両親りょうしんにもう一度いちどいたい。わたし仲間なかまわかれをたびる。すでにいるのかどうかもからない家族かぞくさがしのたびへと。



 ともしびのまじょ。その存在そんざいはそうばれているらしい。くら場所ばしょみぼんやりひかっているのだとか。


 うみまわりの景色けしきんで天敵てんてきから気付きづかれないようなものも、かたよろまもれるものもまじょにねがいをかなえてもらったからだという。


 ひととしての記憶きおくはそんなはなし信用しんようしたりはしていない。けどいまはそのひともどためにわずかな可能性かのうせいにでもすがりつきたかったのも事実じじつ


 広大こうだいうみふかほうへとおよつづけてどれくらいったのだろう。だんだんと周囲しゅうい確認かくにんしずらくなっていくにつれて不安ふあんになってきた。


(やっぱりかえした方がいいのかな……それになんだかいきくるしいような……)


 いまわたし人間にんげん記憶きおく基準きじゅんにしてさかな身体からだうごかしている。もしこころ意思いしさかなのままだったならけっしてこのさきすすもうとはしなかっただろう。知識不足ちしきぶそくだったがゆえに……水圧すいあつという概念がいねん気付きづけなかったのだ。魚特有さかなとくゆう器官きかんぶくろ負荷ふかがかかっていることに。



 三章さんしょう 危険きけん世界せかい



 くるしさを我慢がまんしてつい海中かいちゅうただよいいながらひかものつけた。輪郭りんかく沿ってひかっているのでそのものなんであるかは判断はんだんできる。


(あれは……クラゲだ)


 テレビでこともあったし、お見舞みまいでもらった絵画調かいがちょううみのパズルにもひかるクラゲがいた。


(もしかしてこのクラゲがともしびのまじょ?)


 わたしはゆっくりと近付ちかづく。あなたがともしびのまじょさんですか? そういかけようとしたときはげしい悪寒おかん全身ぜんしんはしった。それは捕食ほしょくされるがわだからこそかんじたもの。


「このクラゲはちがう! はなれ……あうっ!」


 ひるがえすのとびれ付近ふきんいたみをかんじたのは同時どうじだった。ひか触手しょくしゅれられたのだ。


(された! に、げないと……)


 なんとかはなれようともがく。けどおもうように身体からだうごかせなくなった。それだけじゃなく意識いしき朦朧もうろうとしてくる。ここで意識いしきうしなえばわたしさかなとして生涯しょうがいえてしまう!


(これじゃ……仲間かなまわかれてまでしてきた意味いみが……)


 視界しかいせまくなってきたわたしみずながされるままいわ隙間すきまへとまれてく。


(あ……)


 意識いしきうしな直前ちょくぜん、ゆらゆらとひかなにかが前方ぜんぽううごいているのをた。ひととしての記憶きおく警鐘けいしょうらす。わたし最後さいごさとった。ながされるさきたのはチョウチンアンコウ。捕食者ほしょくしゃだ。


「とも……しび……の……ま……じょ……に」


 ふるえるくちからこの言葉ことばしたわたしはそのまま意識いしきうしなった。



 四章よんしょう まじょとの出会であ



 まずんできたのは見慣みなれていた風景ふうけい息苦いきぐるしさもおさまっていた。


「あれ? わたしは?」


 自分じぶん記憶きおく辿たどる。絶体絶命ぜったいぜつめい瞬間しゅんかん。しかしなぜ無事ぶじで、周囲しゅういいわ海底かいていすなえるあかるい場所ばしょにいるのかがからなかった。


「おや、がついたかい」


 おどろいてこえのしたほうるといわのひとつがく。いわだとおもっていたのはうしな直前ちょくぜんたチョウチンアンコウだったのだ。


まったく。あんたみたいなさかな場所ばしょじゃないよあそこは。いのちがいくつあったってりやしない」


 いかついかおまえにはゆらゆらとれている器官きかんが。あれをひからせてってきた獲物えものべるはず。いまひかっていない。


「もしかして……たすけてくれたんですか? わたしはあなたのえさなんじゃ?」


 おそおそいてみる。ちかくでると結構けっこうこわい。


えさえさだって? えさなもんかい! ご馳走ちそうだよ! あんたがまえながれてこと感謝かんしゃしてるところさ!」

「ひっ」

「……普段ふだんならね。けどあんた、まじょをさがしてるんだろ?」

「!?」


 どうやらうしな直前ちょくぜんくちにした言葉ことばこえていたようで、それでべずにここまではこ介抱かいほうしてくれていたらしくわたしはおれいう。


「で、あんな危険きけんまでおかしてまじょになんようなんだい」


 くちぶりからするとまじょをっているのかも。おもいきって人間にんげんだったころ記憶きおくふくめていままでのことはなした。


「そうかい。人間にんげんもどりたいっていうんだね」

「あの……もしかしてまじょのことなにかご存知ぞんじなんですか?」


 わたし質問しつもんにはきょとんとしたかおをされる。


普通ふつうさかな人間にんげんはなしなんてされて理解りかいできるとおもうのかい? もう気付きづいてるもんだとおもってたけどわたしがそのまじょだよ」

「!」


 わたしはまじょにえていた。いまになって冷静れいせいかんがえれば無茶むちゃ無謀むぼう行動こうどうばかりしていたのに。それでも。それでもわたしわずかかな可能性かのうせいほうつかめたのだ。けれどつづいた言葉ことば残念ざんねんだけど人間にんげんにはもどせない。だった。



 五章ごしょう まじょからのねが



 あかるい周囲しゅういくらくなっていく。そんな気持きもちになる。


「そんな……わたし両親りょうしんうために……」

はやとちりするんじゃないよ。最後さいごまでおき」


 わたしねがいは一人ひとりのまじょではかなえられない。世界せかい三人さんにんいるすべてのまじょにい、助力じょりょくがなければ実現じつげんしないのだとおしえられた。


「まじょはわたし身内みうちなんだがそのみちのりは当然とうぜんけわしい。今度こんど本当ほんとういのちとすかもしれない。それでもあんたは人間にんげんもどことのぞむのかい?」

わたしは……すすみちえらびたいとおもっています」

「……そうかい。じゃあわたしからはなにわないよ。ただ、協力きょうりょくするかわりにひとつたのみをきいちゃもらえないかい?」


 わたしことわ理由りゆうはない。


「でておいで『みのり』」


 すると……べつ岩陰いわかげからわたしよりもちいさなチョウチンアンコウが姿すがたあらわす。


わたしじゃないよ。このはあんたとおなじでね」

わたしおなじ……え? じゃあそのも?」

「そう。わたしところ辿たどいた。けどこのおさなすぎて一人ひとりでこのさきへはかせられなかった。だからあの環境かんきょうごせるようにわたしおな姿すがたにして保護ほごしていたんだ」


 今後こんご一緒いっしょたびをし、彼女かのじょ母親ははおやのもとへおくとどけてしい。これがたのみだった。


「みのりはその『おもい』だけで此処ここにきちまった。まもってくれる存在そんざいがいないとなにもできないんだよ」


 みのり……ちゃんをつめる。


「みのりちゃんもいたいひとがいるんだね」

「……うん。パパと……ママと……おねえちゃん」

「そっか……わたしあかり。みのりちゃん、これからよろしくね!」


 そして助言じょげんけた。けっしてねがいをあきらめないこと出会であったまじょにつたえる言葉ことば


わたしはともしびのまじょなんてばれちゃいるが、私達わたしたちまでのみちをつくるのはほかでもないねがものなんだよ。……そう、『ともしびのみち』をね」


 ……ともしびの……みち。


あかりったね? みのりを……たのんだよ」


 わたしはみのりちゃんとつなぐ……ことはできないので自分じぶんのヒレを彼女かのじょのヒレにかさねた。


「よし。じゃあ二人ふたりともじておくれ」


 わたしとみのりちゃんはつぶる。……と、ってもさかななのでまぶたがない。精神せいしん集中しゅうちゅうするという意味いみだろうか。


「……ごほん。やりにくいねぇ。いいかい。わたしったときおなようさがすんだよ。つあえる言葉ことばわすれないようにね」


 意識いしきなにかにられていく。こえるこえもだんだんととおざかる。


「……無事ぶじ家族かぞく……える……いのって……よ」


 そしてこえこえなくなった。



 六章ろくしょう あらたな世界せかい


 だれかにばれてます。


「あかりおねえちゃん」

「う……ん」


 意識いしきがはっきりしていく。すぐまえにはむしかおちか……ちかっ! ちかい! っていうかおおっ!


 まずは自分じぶんかせる。人間にんげんになるまでにはちがもの経由けいゆする必要ひつようがあるといていた。と、いうことは……


 このまえわたし緑色みどりいろ光沢こうたくがあるむしがみのりちゃんなのね。おおえるのは仕組しくみからみたい。


「みのりちゃん?」

「うん」

「みのりちゃんは多分たぶんカナブンだとおもう。わたしむしなのかな? なんむしかわかったりする?」

「……ごめんなさい。でも茶色ちゃいろくてわたしよりおおきい」


 抽象的ちゅうしょうてきだった。……もしゴキブリだったらどうしよう。身体からだはまるで以前いぜんからむしであったかのように自由じゆううごかせる。あし自分じぶんでもこと出来できたけど、それで種類しゅるい特定とくていできるほどくわしくなかった。


「ここはえだうえ……かな」


 まじょにかんする情報じょうほうがないのだ。私達わたしたちもりなかにいることしかわからない。


「みのりちゃんまずはどうしようか」


 わると同時どうじ二人ふたりのおなかがくうとる。


「……おなかいたね」

「……うん」


 空腹くうふく意識いしきするとなんだかあまにおいをかんじた。はななんてないから感覚的かんかくてきにとしかえないけどみのりちゃんも触覚しょっかくせわしなくうごかしている。


あまにおいがするよおねえちゃん」

「みのりちゃんにもかるんだね。どこからかな」


 えだ移動いどうみき近付ちかづいてうえをみるとある部分ぶぶんちょうまっているのがえた。においもそのあたりからただよってきている。多分たぶん樹液じゅえきだ。


樹液じゅえきなんてめたことないけど美味おいしいのかな……」


 って気付きづく。さかなとき多分たぶんひと基準きじゅんだととてもべられないものをべていた。プランクトンだとかこけだとか。……私達わたしたちみきにしっかりとあしをかけた。おどろほど簡単かんたんのぼれる。ちいさいころ木登きのぼりをしてりられなくなりおや心配しんぱいさせたときおもす。


「うわぁ。美味おいしそう」

「ほ、本当ほんとうだね」


 樹液じゅえきはとても魅力的みりょくてきえた。やはり味覚みかくむし基準きじゅんなのだろう。先客せんきゃくちょうはこちらをにしている様子ようすはない。まだ場所ばしょいている。


「お、お邪魔じゃまします」


 一応いちおうちょうことわりをれ、わたしとみのりちゃんはあたまちかあし二本にほんわせていただきますをしてからしたでそれをめた。正確せいかくにはしたにあたる器官きかんなんだろうけど。


「「!」」

美味おいしいよおねえちゃん!」

「だね」


 夢中むちゅうになっておなかたしているあいだほか虫達むしたちがきて食事しょくじはじめていた。みんな目線めせんはそんなにたかくないんだけど、身体からだはこっちがおおきいようにかんじる。わたし一体いったいなんむしなんだろう?


 やっとおなかむしきかけたころわたしよりおおきいむしあらわれた。これはわたしでも流石さすがっている。


「カブトムシだわ!」


 さらにべつ方向ほうこうからももう一匹いっぴき。こちらもおおきい。あのころ一緒いっしょあそんだおとこたちならよろこ光景こうけいかもしれない。……人気にんきはクワガタのほうだったけどね。この二匹にひき食事しょくじ参加さんかしたら場所ばしょせまくなりそう……って、その二匹にひきわたしちかくにるなり食事しょくじじゃなくて何故なぜあらそいをはじめた!


「ちょ! なにしてんの!?」

「このむしねえちゃんにてる。おねえちゃんにはつのはないけど」

「!?」


 おもわぬ展開てんかいからわたし正体しょうたい判明はんめいしたっぽい。いまのみのりちゃんの発言はつげんから推測すいそくするならわたしはカブトムシのメスになる。すると……もしかしてこの二匹にひき喧嘩けんかはじめた理由りゆうって……わたし!?


『ブウウゥゥン』『ブウウゥゥン』


 しかし突然とつぜんこのおとこえた刹那せつな全身ぜんしん悪寒おかんはしった! さかなときひかるクラゲと接触せっしょくしようとしたときかんじたあれだ。ひろ範囲はんいえるのいくつかがその姿すがたとらえた。おおきい身体からだ巨大きょだいあごむし目線めせんるとその姿すがた凶悪きょうあくそのもの。


「……スズメバチ」


 この場面ばめんはテレビだけじゃなく実際じっさいにけともある! スズメバチは複数ふくすういた。おそらく間違まちがいない!


げるよみのりちゃん!」


 わたし咄嗟とっさにみのりちゃんをかかえて空中くうちゅうしたのと、スズメバチが餌場えさば独占どくせんするためほか虫達むしたち攻撃こうげきはじめたのはほぼ同時どうじだった。



 七章ななしょう 逃走とうそうてに



「おねえちゃん! まだいるよ!」


 六本ろっぽんあしにだきかかえられている彼女かのじょさけぶ。なのかあしなのかわからないけどこんなふうなにかをつかんでそらぶなんてはじめての経験けいけんだ。わたし無我夢中むがむちゅうでこの初飛行はつひこう維持いじしていたが、スズメバチの一匹いっぴきがこちらを執拗しつよういかけてきていた。


なにさわったのかしらないけど!」


 もりからしたわたしはそこで眼下がんかながれるかわんぼがあり、しずみかけている時間帯じかんたいだということる。もりなかだから薄暗うすぐらいのかとおもっていたけどちがったようだ。そして同時どうじ陽光ようこう反射はんしゃしてかがやくあるものにもがついた。それを利用りようすればこのスズメバチをれるかも。


うしろにきたよ!」

好都合こうつごう! しっかりつかまってて!」


 わたし彼女かのじょ身体からだ回転かいてんさせおたがいのおなかをくっつけた。そしてうしろにスズメバチをつけさせたまま高度こうど調整ちょうせいし……


いまよ!」


 空中くうちゅうはねをしまい放物線ほうぶつせんえがきながら急激きゅうげき地面じめんちていく。わなにはぎりぎりでたらないように。スズメバチがそのままそれに様子ようす確認かくにんできた。たしかコガネグモっていう蜘蛛くもにね。捕食者ほしょくしゃ相手あいて捕食者ほしょくしゃまかせる作戦さくせん成功せいこうしたようだ。


 一方いっぽうわたしはみのりちゃんをいたまま背中せなかから地面じめん落下らっかしていた。


いたっ! ……くない。全然ぜんぜん頑丈がんじょうむしたすかったわ。みのりちゃん大丈夫たいじょうぶ!?」

「うん平気へいき。ありがとうおねえちゃん」

「これでまじょさがしに専念せんねんできるかな」


 むし痛覚つうかくがないってはなしあとったんだけど、まじょにかんする情報じょうほうはいまだになにもない。


「おねえちゃん、あれ」

「これはまさか……」


 完全かんぜんしず周囲しゅういくらくなったとき彼女かのじょなにかにいた。


 最初さいしょはひとつ。空中くうちゅうでゆっくりと明滅めいめつするひかりたまようなものがあらわれ、それはだんだんとかずしていく。


ほたるっていうむしだよみのりちゃん」

「きれい」


 無数むすう幻想的げんそうてき光景こうけいわたしとみのりちゃんもしば目的もくてきわすれ、はねひろげて空中散歩くうちゅうさんぽたのしむ。


ひかむし……あ、まじょ! でももしこのなかにいたとしてもこれだけいたらつけられないよ」


 わたしおもったことつぶやいた。


「おねえちゃん。あれもほたるひかりなの?」

「どれ? ……!?」


 わたしむしなのにむせたとおもう。だってしめされる方向ほうこうにひとつだけピンポンだまくらいおおきさのひかりがあったんだもの。そのくさでできたドームのような場所ばしょ私達わたしたち一際ひときわ巨大きょだいほたる出会であう。そしてこのほたるこそがさがしていたまじょだった。



 八章はっしょう 最後さいごたび



 わたし巨大きょだいほたるはなしかけ、いままでの経緯けいい説明せつめいする。


「ふーん? ほかのまじょにもったって?」

伝言でんごんあずかっています」

「? あたしは伝言でんごんなんてらないよ」


 雲行くもゆきがあやしくなってきた。


「あたしの質問しつもんただしくこたえればいいだけさ。間違まちがえればそれでわり。むし姿すがた一生いっしょうごすんだね」

「そんな!」

こたえなくてもむしのまま。どうするね?」


 選択権せんたくけんなんてないじゃない!


「……質問しつもんとはなんでしょう?」


 まえのまじょが意地悪いじわるそうににやりとわらったがした。


むしにしてもさかなにしてもひとにしても。きるってのはどういうことだとおもうね?」


 ……子供こどもわたしになんて質問しつもんを。こっちは伝言でんごんとしかいていないのに。……必死ひっしわかれたときおもす。


 あ! つたえる言葉ことばってったのよ。それを伝言でんごんだとおもんだのかも?


「さあ、どうしたんだい? こたえられないのかい?」

「……おねえちゃん」

大丈夫たいじょうぶだよみのりちゃん」


 彼女かのじょ不安ふあんにさせちゃいけない。わたし安心あんしんさせるように力強ちからづよった。


「それで? こたえはたかい?」

きるというのは……『つね苦労くろうともにある』とおもいます」


 わたしつたえる。おしえてもらった言葉ことばを。たしてまえのまじょさんは……


「くろうと……ふ。正解せいかいだ。ならあたしも協力きょうりょくさせてもらおう。よくたね」


 とって豪快ごうかいわらった……がした。こうしてわたしとみのりちゃんはつぎのまじょのもとへと旅立たびだつ。


 つぶらされて意識いしきとおくなっていく。まあむしにもまぶたはないんでまたおなじようなながれになった。


「ごほん。ひさしぶりだとどうもねぇ」


 身内みうちというだけのことはあるのかも。


「まあいい。やつに……つから……に……いの


 最後さいごになる言葉ことばのこった。やつとは?


「はっ!?」


 つきあかるいよるわたし意識いしきもどす。空気くうきがすごくつめたい。


「みのりちゃん?」


 わたし周囲しゅうい確認かくにんしつつびかけた。まずくび可動範囲かどうはんいひろさにおどろく。なんというか「ぬっ」とびて「ぐるっ」とまわったがする。


「おねえちゃん? みのりはここだよ」


 ちかくにいた『はと』が返事へんじをした。今度こんどとりなのね。わたしがって確認かくにんしようとした。


「え?」


 地面じめんのみのりちゃんがとおのく。まさかとおも両方りょうほうつばさひろげてみた。


「おねえちゃん……おおきい」


 かげをみるかぎりそうでしょうね。これは一旦いったんわきいてまずは情報じょうほう整理せいりかな。


「あのね。まじょはひかるからよるとかくら場所ばしょほうつけやすいとおもうの」

「うん」

「あと私達わたしたちさかなときはまじょもさかなむしときはまじょもむしだったでしょ?」

「あ! じゃあ今度こんどとりさん?」

可能性かのうせいはね。でも……ひかとりなんてってる?」


 みのりちゃんはくびよこる。そうよね。いたら絶対ぜったいニュースになってるとおもうもの。


「どうやってさがそう」


 そのとき突然とつぜん頭上ずじょうからなにかの気配けはいがした。



 九章きゅうしょう ふゆ空路くうろ



 突然とつぜんあらわ私達わたしたちまえったのは……とり。しかも。


「ぼんやりひかってる! お、おけ?」

「おねえちゃんこわい!」


 みのりちゃんをかばうようにおけとのあいだちはだかる。相手あいては……わたし半分はんぶんくらいおおきさ。これなら。


ひどいわ。わたしはまじょよ」

「え?」


 まさかこうからるなんて。しかも本当ほんとうひかとりだし。このまじょさんは親切しんせつ色々いろいろ説明せつめいしてくれた。


 彼女かのじょ役割やくわり見届みとどけること私達わたしたち自分じぶんかえ場所ばしょつけてそこへ辿たどけばいらしい。自身じしんはゴイサギ(五位鷺)というとりで、ひかっているのは発光性はっこうせいのバクテリアが付着ふちゃくしているから。つきあかるいとこうなるんだって。


 たしかに夜明よあけとともにまじょさんの発光はっこうがおさまる。実際じっさい体色たいしょくはペンギンみたい。わたしなんとりかについては言葉ことばにごされた。本当ほんとうらないのかも。


「ついていくからきましょう」

くとわれても……どこへ?」

「おチビちゃん。あなたにもからない?」


 みのりちゃんにいているが……


「あ……」


 彼女かのじょ上空じょうくうしばら旋回せんかいしてりてきた。


多分たぶん……あっち」

「え? かるの?」

はと帰巣本能きそうほんのうつよいのよ」


 帰巣本能きそうほんのうとはとりとおはなれたところからでも自分じぶんかえることができるまれつきもっている能力のうりょく。じゃああとはついてくだけ?


簡単かんたんそうですけどいいんですか?」

べつ試練しれんじゃないからなにもないのはいいことよ。でもね、これはわたし危険きけんなの。簡単かんたんだなんておもわないほうがいいわ。さぁつからないうちに出発しゅっぱつよ」

「……だれにです?」

「……時期じきたらはなすけど、とにかくてきよ」


 みのりちゃんが先頭せんとうあとつづく。むしときおなじで飛行ひこうはすんなりとできた。


たかい! はやい!」


 ひと感覚かんかくだけだったら気絶きぜつしてるかも。でも障害物しょうがいぶつのない世界せかいだからぐいける。これならきっとすぐに両親りょうしんえるよね。


 みのりちゃんはまよわずすすむ。やがて景色けしきもほぼ自然しぜんだったかんじから人工物じんこうぶつ点在てんざいするものへとわってきた。


ひとだわ!ひと沢山たくさんいる! あれはビルよ!」


 こころ感動かんどうなみせる。


多分たぶんもうすぐだとおもう」

本当ほんとう!?」


 みのりちゃんの言葉ことばさらにドキドキしてきた。


「あれ?」


 そらくろてん同時どうじにまじょさんがさけぶ。


「いけない! つかった!」


 ちらちらとゆきはじめたそら最後さいごたたかいがはじまろうとしていた。



 エピローグ



 があかない。でもこのいているような感覚かんかく時折ときおりこえるおとにはおぼえがあった。これはみずなか状況じょうきょうさかなだったとき感覚かんかくだ。暗闇くらやみ孤独こどくなかわたしすべてをおもす。最後さいご瞬間しゅんかんと……かんじた恐怖きょうふを。


(そうよ。……失敗しっぱいしたのよ)



 くろてんはカラスの大群たいぐんだった。上空じょうくう私達わたしたちおそわれ、様子ようす気付きづいた人達ひとたちそら見上みあげて悲鳴ひめいをあげる。


おそわれてるのははととコウノトリとサギか?」


 くわしいひとがいたのだろう。自分じぶんがなんのとりだったかはこれでかった。正直しょうじきうとわたしはこのとり体色たいしょく桃色ももいろだとおもっていたのだ。なので飛行中ひこうちゅうビルのまどにこの姿すがたがうつってもコウノトリだとはおもわなかった。はとのみのりちゃんにとってはカラスは捕食者ほしょくしゃわたしはカラスよりずっとおおきいのでていしてかばう。


 じつたすけてくれたまじょたちはギリシャ神話しんわ女神めがみ。うち一人ひとりは『クロートー』。おしえられた「つねに『苦労くろうと』ともにある」は名前なまえかくす目的もくてきつくられた言葉ことば。ラケシス、アトロポスの三姉妹さんしまい運命うんめいつかさどっているらしい。


 つよおもいにこたえ、ねがいをかなえようとしているかみ敵対てきたいしているかみ邪魔じゃました。それだけのはなし北欧神話ほくおうしんわかみオーディンとつかいであるカラスにとっては。


 必死ひっし家族かぞくさがすみのりちゃんはついにその場所ばしょつけた。彼女かのじょはマンションのベランダへもうとし、たくさんのカラスがそこをねらう。咄嗟とっさわたしあいだみそのたてとなった。まじょさんはそんなわたしすくおうとしてひかりやりつらぬかれる。わたしつばさちからはいらずべなくなり落下らっかはじめながらも気力だけでみのりちゃんに近付ちかづこうとし、彼女かのじょそばひとがいるのと……そこにかざってあったクリスマスツリーをぼんやりとながめた。


(クリスマス……だったんだ……)


「おねえちゃん!」


みのりちゃんの悲痛ひつうさけびがとどく。


かった……わたしぶんまできてね。おめでとう。みのりちゃん)


 時間じかんをゆっくりとかんじるなかでさらに攻撃こうげきされたのか、とりにぶつかられた衝撃しょうげきわたし身体からだ軌道きどうえ……そこまでがおぼえている最後さいご記憶きおくだ。


本当ほんとういもうとみたい……だった……よ)


 水音みずおとじってドタドタというおとひびく。


「ただいまぁ! 木下家きのしたけたからちゃんたち。いいにしてましたかぁ?」

「あら。当然とうぜんいいまってますよねー?」

「クリスマスののベランダにはととコウノトリがんできたときおどろいたけど、そしたら念願ねんがん子供こどもだもんな。それも双子ふたごむすめ! 絶対ぜったいコウノトリがはこんできたんだよ」

「またそのはなしぃ?」

「コウノトリはペンギンみたいなとりにぶつかられたいきおいで入ってきてさ」

「もう。何度なんどおなはなしかされてあかりちゃんもみのりちゃんもうんざりでちゅよねー?」


 木下きのしたあかり? みのり? この会話かいわは……?


(あんたはのぞんだ運命うんめいいとつかったんだよ)


 あたまなかなつかかしいこえこえたがする。今のはクロートーさん?


(あたしらとはこれでおわかれだ。家族かぞくみんなと仲良なかよ元気げんきでね)


 これはラケシスさんだ。じゃあ……


(みのりちゃんは本当ほんとうならあなたのいもうとになるはずのだったの。最後さいごにあなたをたすけること出来できてよかったわ)


 まさかあのとき衝撃しょうげきは……アトロポスさんがわたしをベランダへとすために?


 まじょのこえはそれっきりこえなくなったけど、こわさはすでえていた。すぐそばにはいもうとがいる。きっとおとうさんとおかあさん、そしてわたしえるときを待ちわびているんだ。そうだ、だったら私は『はじめて』かおれたらこうおう。


 わたしあかり。おねえちゃんだよ。


 またえたね!



        ともしびのまじょ  Fin


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