第27話 寄り添う君に口付けを

「クソッ、街を出るだけだってのに、どうしてこんな疲れてんだ俺は……」


 雲一つない青空の下、その言葉は風に乗って流れていった。


 ファイントから別の場所に移るための馬車の上。ボクはいつも通り、エマの灰色のマントの内側、左腕に抱かれたまま揺られてる。


 エマはげっそりやつれた顔で、馬車の縁に頭を預け、


「リベリーと議員め。床転げまわってギャン泣きでダダこねるとか、いい大人が二人揃ってやることかよ……」

「それはその、やっぱりファイント男の技なんじゃないかな」


 ボクが返すと、エマはもう限界とばかりに目を閉じて、


「ま、これで忙しい日々とは完全にオサラバだ。何処に腰を落ち着けっか、今度こそゆっくり選んで回ろうや」

「そうだね、今度こそね」

「なに、大丈夫だ。俺達なら、何処でだってやってけるさ」

「だったら別に、何処でもいいよ」

「お前な、そういうのが一番困んだぞ?」


 エマはぱちりと目を開けボクを見て、それから大きなため息を吐いた。そして、大きな腕でボクを抱え直し、


「十年だ、色々あった。色んな奴等に会ったし、色んな場所に行った」


 ほんの少しだけ、口の端を上げて見せて、


「会いに行こうぜ、俺達の十年によ」

「うん」


 ボクが頷くと、エマは再び馬車の縁に頭を預け、瞼を閉じた。


 しばらくすると、静かな寝息が聞こえてきた。ボクは小さく、「お休み」と呟いて背伸びをし、エマの頬にキスをした。ちくちくする不精ヒゲの感触に可笑しくなって、もう一度キスをする。


 それからエマの胸に頬を寄せ、心臓の音を聞きながら、思い出す。


 分かって、いたのに。


 あの時、ギーリは確かにそう言った。


 ボクも同じだ。ボク達魔女は人間とは違う。それは分かってた。それでも信じたかったんだ。


 だけど、裏切られた。


 魔女を物として扱う人間を目にして、ボク達の本質を思い知らされた。ボク達魔女は普通の人間とは決定的に違う生物だと、理解させられた。


 そうだね、ギーリ。だからボク達は、これでいい。


 ボク達はそれでいいと言ってくれる人に出会えたから、安心して人であることを棄てられたんだ。


 ありがとう、エマ。


 君がありのままでいいと言ってくれたから、ボクはもう、自分を諦めなくて済んだんだ。


 これからはこの姿で、きちんと人と向かい合う。何があっても、魔女である自分のせいだなんて思わない。


 そう、




 気に入らなければ凍らせる。歯向かう奴はブチ砕く。




 それが今のボクの、魔女という生き物の行動原理。


 ボクは体の熱を一層感じられるように、厚い胸板に手を添えて、


 ねえ、エマ。


 何処がいいかなんて、そんなバカなこと聞かないで。ボクはこの腕の中が、一番居心地がいいんだ。


 カツカツ響く馬の蹄。コトコト回る車輪の音。木漏れ日を浴びながら、馬車は往く。今に続く、二人の未来のその先へ。


 ボクは灰色のマントから顔を出し、今度は肩の上に頬を乗せた。それから、大好きな君の首元に口付けをし、瞳を閉じて、


「ボクはね、エマ……」


 ささやくように、想いが届きますように、


「君がいないと、ダメなんだ」


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はみ出し夫婦は引退したい ~君がいないとダメなんだ~ Monjiroh @Monjiroh

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