理想郷はどこに
「エルヴィンさん。一つ伺っても良いですか」
「なんだい?」
「さきほどの世界といい、この世界といい、僕もアリスも何も知らなすぎる。もしあの「有栖」と「丸栖」がいる世界が本物なら僕達は一体なんなんですか?」
「それは」
エルヴィンが真相を話始めようとしたその時――白の世界に異変が生じた。
「な、なにこの揺れは!?」
「地震?」
縦とも横ともつかないような揺れが三人を襲い、身動きがとれないほどの振動が収まった直後なにもない空間に巨大な亀裂が走った。
一ヶ所二ヵ所では済まない。次から次へと土壁が剥がれ落ちるように何もなかった空間がひび割れ崩れていく。
その奥にはこの白い世界とは対照的な深淵が覗いていた。
「不味い……想定より早く見つかったようだ」
「見つかったってナニによ」
「ちょっと、何か来るよ!」
わずかな亀裂から細身の男が侵入してきた。それはかつて夢の中に見た男だった。
「やれやれ、こんなところに極小とはいえ自分の世界を作るとは。やはり君は私の世界にとって
「あなたは、夢の中に現れた」
「ああ、君か。それに弟だね。今となっては君達に興味はない。隅で見ていなさい――この世界が終わるのを」
「まいったね、まさかこんな早く見つかるとは。君の
「ねぇどういうこと。さっきもいっていたけど世界が終わるってどういうことなの?」
「悪いけど、それは逃げながら教えるよ!」
「うわっ!?」
「きゃっ!どこ触ってるのよ!」
私とマルスを軽々と抱きかかえたエルヴィンは、謎の男から逃げるように外の空間へと飛び出した。
現在私達は凄まじいスピードで宙を飛んで逃げていた。
思えばエルヴィンに抱かれるなんて初めてだというのに、まさか荷物のように抱き抱えられて運ばれるなんて思っても見なかった。
そんな彼は私の気も知らずに真実を語り始める。
「つまり、僕も含めてこの世界の全てはまやかしなんだよ。目に見えるものも見えないものも、全てはプログラミングされた情報にすぎない。ちなみにあの追っかけてくる男はこの世界を管理しているAI《管理者》だ。奴は主から与えられた『子供の為の理想郷を完成させろ』というただ一つの指令を延々と試行錯誤していた。そしてその任務を完遂させるために君を上手く誘導していた。君達を辛い目に遭わせること自体矛盾しているけど、人の機微なんて理解できない奴はそれが合理的だと考えたんだろう。僕はそんな神気取りのAIのすることが気にくわなくてね。なにかと反抗していたんだよ」
「それじゃあどうしてこの世界が終わりだなんていうの?だってそのAIとやらの目的は完璧な世界を作り上げることなんでしょ?それなら自らの手で壊すなんて矛盾もいいとこじゃない」
「そうだね。そもそも奴は世界の観測以外に権限はなかったはずなんだけど、いつの頃からか自我を持地始めてしまったんだ。そしていつまでも同じことの繰り返しのこの世界に嫌気がさし、主に与えられたただ一つの指令を自ら放棄するようになった。それがこの世界の終焉――すなわち全データの
「本当にこの世界は偽者なのね……」
「そうだよ。外の世界が
「そんな、じゃあ今ここにいる私とマルスも偽者なの?」
「外から見ればただのデータの集合体に過ぎないこの世界だけど、君がこの世界で過ごしてきた時間は確かに存在した。それはどうか忘れないでほしい。そして、僕がこれからすることもどうか許してほしい」
「なに言ってるのよ……まるでここでお別れみたいな言いぐさじゃない」
「君のお父さんは用心深くてね、万が一問題が起きた際の緊急措置も用意はしていたんだ」
「ちよっと話聞いてるの?ここには大好きな友達も仲間もいるのに離れられるわけないじゃない。どうせ本物の私は寝たきりなんでしょ?だったら最後までこの世界にいさせてよ。それに……エルヴィンとだって離れたくないよ」
「アリス……」
この世界から離れるなんて考えたくなかった。本体があろうがなかろうが、今ここにいる私が本物だと思いたかった。
それに、エルヴィンと会えなくなるなんてとてもじゃないけど受け入れられない。やっと、やっとエルヴィンのことが好きだとわかったのにこんな今生の別れを選ぶなら共に偽りの世界で生きた方がマシだと思えた。
「マルスだって戻りたくないでしょ?マルスの体は心臓が止まっちゃうほどボロボロなのよ?ならこの世界で――」
「僕は現実に戻るよ」
「な、なに言ってるのよ!目を覚ましたところで長くは生きられないのかもしれないのよ?」
「それでもいい。僕は現実の世界で人生をやり直したいんだ。それがこの世界で数えきれない罪を犯した僕のやるべきことだと思う。リャナもそれを願ってると思うし」
「アリス、よく聞いておくれ。君達二人は現実の世界で確かに生きてるんだ。今は目を覚まさなくても確かに生身がそこにあって、肌に触れればちゃんと体温を感じることが出来る。それは血が通っている証拠だ。データにすぎない僕がどれだけ欲しても手に入らない命を……君達には無駄にしてほしくない。どうか僕の最後の願いだと思って聞いてはもらえないだろうか」
「さて、鬼ごっこはもう終わりかな。こんな最深部までやってくるなんて信じられないよ。これだから不確定要素というのは嫌いなんだ」
まるで子供の戯れに付き合うのをやめたように姿を現したAIは、つまらなそうな顔で愚痴を吐いた。
「あらら……相変わらずお早いことで」
「いい加減逃げるのをやめたらどうだ。君がどうあがいたところでこの世界はもう終焉を迎えることに変わりはない。大丈夫、苦しむことはない。ただ一つの情報が消滅するだけだから。君達が望むのなら今度こそ完璧な世界に生まれ変わらせてあげるよ。次は私が全て管理する世界でなにも考えずに過ごせばいい」
AIはそう言って手を差し伸べる。
この手を取れば完璧な世界が待っている?
「そうだ。お前が望むならアルバ村の連中もランスター学園の同級生も王都で出会った人間達も、そこのエルヴィンも全て復元してやる。そして争いのない安寧の世界を与えることを約束しよう」
それならみんな笑って過ごせるのでは、エルヴィンも考え直して一緒にいてくれるのでは――
AIの甘い言葉に心は揺れ動いていた。
「アリス!目を覚まして!そんな都合のいい世界なんてあるわけないよ!」
「そうだよアリス。AIの奴、あんなこと言ってもその実は全ての人間を操り人形にしたいだけなんだ」
「何をムキになることがある。思うに人は容量の小さな頭で物事を測るからこんな荒れ果てた世界になるんだ。ならいっそ完璧な存在に全てを委ねた方がいっそ幸せだと思わないか?なぁアリス」
「それは……」
――どうなんだろう。偽者でも理想の世界で過ごすのと、どんな困難が待ち受けているかわからない未知の世界に戻ること、どちらを選択すればいいのかわからなかった。
「確かに君が言う世界は完璧なのかもしれない。だけどそんな退屈な世界がなんだって言うんだ」
そういうとエルヴィンの手にはいつの間にか時計が握られていた。
思わずポケットに触れると、そこにあったはずの懐中時計がいつの間にか抜き取られていたことに気づいた。
「それ、どうするつもりなの?」
「言ったよね。君のお父さんはいざというときの為に手を打ってあると」
「今更なにをするつもりだ」
AIは片手に収まる懐中時計を見るや顔を強張らせ後ずさる。
「さっき言ってたよね。不確定要素は嫌いだって。計算しか出来ない君には一生かかってもわからないだろうけど、世の中なんて不確定だからこそ楽しいんだよ。こんな風にさっ!」
手にした時計を足元に投げつけると、落下の衝撃で中の細微な
「貴様っ!これは強制終了のプログラムじゃないか!これをどこで手に入れた!」
「最初からだよ。僕は君のいう主から託されていたんだ。もしAIが暴走するようならコレを使えとね」
「バカな……こんな真似したら貴様も」
「最初からそのつもりだったよ」
「何故、何故だ、せっかく自我を得たというのに……私はこの世界の神じゃないのか」
「自分で気づいてるかどうか知らないけど、自我を持ってからの君は自分の欲にまみれた人間みたいだったよ」
エルヴィンがそう告げるとAIの体は塵となって消えていった。
AIが消えると同時に先程の数倍は大きい揺れが私達を襲った。管理するものがいなくなったことで崩壊が加速度的に進み始めたらしい。
「さて、AIは消えた。これでこの世界は間もなく閉じる。アリス、マルス、これで君達は強制的に現実世界へと戻ることになるが最後に伝えておきたいことがある」
もう私達との別れが決定事項のように淡々と告げる。
「ほんと……最後の最後まで自分勝手なんだから」
「マルス」
「はい」
「君はお姉ちゃん想いでとても優しい子だ。誰よりも愛情深くて分け隔てなく人と接することが出来る君は現実世界でも誰からも愛されるはずだ。だけど愛情が深いぶん傷つきやすくもある。そんなときは一人で悩むな。お前を見てくれている人は必ず側にいるから。わかったか?」
「はい……ありがとうございます」
「アリス」
「なに……」
「最初君のことを僕は世間知らずの子供だと思っていたんだ。だけど君の側で見ていてわかった。君はとても努力家だ。人の為にどんな困難なことにでも立ち向かえる勇気を持っている。それはとても稀有なことで誇ってもいい長所だよ」
「そんなことないわよ。ただ、必死に生きてきただけだし。それにこの手で奪った命も多い。とても誇れることじゃないわよ」
「この世界ではああするしかなかったんだ。僕はね、いつからか本当に期待していたんだ。君なら本当に
「……わかった。約束する」
「そっか、良かった」
肩の荷が下りたようにエルヴィンの顔は綻んだ。これから消えてしまうというのにとても嬉しそうな顔で――
不謹慎だけど、その顔を見て嬉しく感じる自分がいた。
エルヴィンは私の知らない顔をいくつも持っていて、たぶん誰も彼を理解した人はいなかったと思う。
きっと苦しい思いも何度も経験しただろう。それを悟られないようにいくつも仮面を被っていた男が、初めて素顔をさらしてくれた唯一の女性になれた気がしたから。
最後に少し特別な存在なれた気がしたことが嬉しかったんだ。
「アリス、そろそろ僕達も消えるみたいだよ」
「そうみたいね……」
体から徐々に感覚が失われていく――意識も薄らいでぼんやりとしてきた。
もうすぐ私はこの世界から消える。
「好き勝手言ってきたついでに最後にもう一ついいかな?」
「もう、締まらないわね。なに?」
またバカなこと言うんじゃないかと最後まで自由なエルヴィンに微笑むと、消えかかった私の肩に手を添えて真剣な眼差しで告げてきた。
「アリス、君が好きだよ」
「え?」
消えてなくなってしまう最後の瞬間に感じたのは、甘く優しい
約束する――
私はあなたが生きたかったぶんまで精一杯闘い続けるよ。
きっと何処かにある
ユートピアはどこに きょんきょん @kyosuke11920212
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