2050年――脱炭素社会、成る
近藤銀竹
脱炭素社会のはじまり
2000年代から急激な高まりを見せた環境保護の意識は、人類に様々な変革をもたらした。機械工学から、植物学、動物学、そして医学……ありとあらゆる分野で研究が進み、人類は確実に脱炭素社会への道を進み続けてた。
しかし、その歩みはカタツムリのように緩慢で、思うように効果を上げることができずにいた。
有効な解決策が見つからないまま、温室効果ガス排出ゼロの期限が迫る。
そして2050年――
画期的な方策を提言し、世界の脱炭素社会への取り組みを牽引していた
式典の名前は、『完全脱炭素社会開始記念式典』という。
場所は、江主が自ら指定した。街並みが緑に沈むようデザインされた環境配慮型の都市だ。
静まり返った会場を歩み、登壇する江主。
ステージは円筒形で、壇上は板や石畳ではなく、土が敷き詰めてある。それはまるで、巨大な植木鉢のような姿だった。
ステージに一歩踏み出すと、AIが感知して自動で照明のレベルが上がり、マイクのスイッチが入った。
「皆さん、いよいよこの日が来ました。遂に人類は、完全なる脱炭素社会への第一歩を踏み出すのです――」
江主は胸のポケットから小さな注射器を取り出した。
「私が開発したこの薬によって、人類は温室効果ガスを発生しない生物へと進化を遂げました。脱炭素社会への転換を急ぎ、治験なしでご認可、及び全員接種へ法整備してくださった各国首脳の方々には感謝申し上げたい」
スピーチをしながら、彼はジャケットを脱ぎ、ワイシャツの腕を捲った。
「皆さんの……全人類の進化を見届けたので、いよいよ私もこの薬を接種したいと思います」
客席へと語りかける江主。
が、そこには人の姿はなく、樹高2メートル程度の木が並んでいるだけだ。
「総仕上げとして、最後の人間である私がこの薬を接種することで、人類の完全なる脱炭素社会が始まります……今日がその初日となるのです」
彼は自分の腕に注射器を刺した。
「そして、最後の接種者である私にこの薬を投与することで、完全脱炭素社会は完成します」
ピストンをシリンダーに押し込む。
薬剤が体内へ広がる。
皮下に葉緑体が生成される。
細胞が細胞壁を作り始める。
自分の体が聴衆と同じ植物に変化していくのを眺めた江主は満足げに目を閉じ、ほぼ同時に意識を手放す。
巨大な植木鉢型のステージには、ついさっきまで江主だった植物が誇らしげに枝葉を広げていた。
2050年――脱炭素社会、成る 近藤銀竹 @-459fahrenheit
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