鏡の中で
つくのひの
鏡の中で
手鏡を覗き込んで、目が合った。
私の背後から、私の手鏡を見下ろしている女性がいる。
白い顔。長い黒髪。
私はソファから立ち上がろうとした。鏡の中の女性が私の肩を押さえつけた。
私は立てなかった。
私は、持っていた手鏡を、低いテーブルの上に伏せて置いた。
私は立ち上がって振り向いた。
誰もいない。
当たり前だ。この部屋には私一人しかいないのだから。
私はもう一度ソファに座った。
テーブルの上に伏せられた赤い手鏡に右手を伸ばす。
手鏡を持ち上げた。
手鏡を覗き込む。
私の右肩に女性の顔が載っていた。
女性の骨張った顎の感触を、私は右肩に感じた。
鏡の中の女性と目が合う。
女性は目だけを左側へ向けた。
鏡の中で、女性は、私の顔を目だけで見ていた。
私は手鏡を置こうとした。
鏡の中で、私の背後から女性の左手が伸びた。
鏡の中で、女性の左手が、手鏡を持っている私の左手首を掴んだ。
私の右手は手鏡を持ったまま、私の顔の前に上がっていく。
鏡の中で、女性の視線が、鏡の中の私と同じ方向に向けられた。
私を、見ていた。
私は、動かない自分の右手から、左手で手鏡を掴み取ろうとした。
鏡の中で、私の背後から女性の右手が伸びた。
鏡の中で、手鏡に近づいていた私の右手首を、女性の右手が掴んだ。
鏡の中で、女性に掴まれた私の手が、私の顔に近づいていく。
手鏡を持った私の右手が、私の顔に近づいてくる。
女性の顔が、私の顔に近づいてくる。
私の目の前には、手鏡の鏡面があった。
私の左耳に、女性の囁き声が聞こえた。
女性の手が、私の手から離れた。
私は自由になった手で、手鏡を顔から遠ざけた。
私の背後で、女性が立ち上がる。
鏡の中で、女性は、私の右側へ歩き出した。
女性が、ソファを回り込む。私の正面で、立ち止まった。
女性が手を伸ばした。
女性の手が、手鏡を掴んだ。
私が手に持っていた手鏡を、女性の手が、前後に反転させた。
鏡の中には、女性だけがいた。
私が、いない。
鏡の中で つくのひの @tukunohino
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