第48話 夏の抜け殻

「んで?結局見送りに行かなかったのかよ」

呆れるように言う純也に、克己は首をすくめて笑顔をみせた。

「ああ、センチになるだけだしさ……」

屈託ない笑顔であっさり答えた克己。


図書室裏の木立の蔭。残暑が、行き遅れたセミのぼやきを聞かせる昼休み。

克己の彼女を乗せた列車は今頃夏の香りを乗せたまま新天地に向けてひた走っているのだろう。

何時誰が植えたのかわからない木立が、校舎裏の今風なアスファルトの道路と,古風な木造の図書室の間に光と闇のコントラストを作って。

まるで時代の狭間を繋ぐように時のグラデーションを描いている。


なんだか久しぶりに二人きりで肩を並べた気分の克己と純也。


彼女と別れたばかりの淋しさを、微塵も見せない親友の横顔に、純也は改めて克己との長い付き合いのあれこれを思い起こす。

喫茶店で、親友の切ない恋バナを聞かされたのはついこの間の筈なのに。

まるで何年も会っていなかったのような友人の変わり様に純也は親友の穏やかな横顔を穴が開くほど見つめる。

「あんだよ?」

純也の視線に気付いた克己がわざとらしくとぼける。

純也も純也で、笑顔でわかりきった質問を克己に投げかける。


「お前さー。休み中になんかあった?」


一拍置いた克己は、両手を大きく上に伸ばして伸びをすると答えた。


「んー……キスした……」


一瞬時間が止まったように感じて純也は大きく深呼吸した。


「それは……許しがたいな……俺だってまだなのに」

純也の答えに克己が苦笑して答える。


「親友だろ。許せ」


木立が産み出す木漏れ陽が、満面の笑みの克己の顔にストロボ効果を生んだ。


純也も結局笑顔を返して言い返す。


「また先越しやがって。当然俺の手伝いもしてくれるんだろうな?」


「俺がお前を置いていくとでも?」


「その言葉、夏前までなら信用出来たんだけどな~」


二人して破顔する。


そう言いながら、純也の克己を見る目は羨ましそうだ。


「その胸の……彼女からのプレゼントか?」


純也の言葉に克己は、ワイシャツの胸ポケットに留めた、ブローチ代わりのセミの抜け殻を撫でる。


「見送りに行けないって言ったら、彼女弟使ってこんなもん置いてきやがった」


言葉は未練たらしいが口振りはすこぶる清々すがすがしい。


愛おしそうに撫でる抜け殻の背中は綺麗に割れている。


(克己の彼女。次に会う時は、克己にどんな姿見せるんだろう)

胸の内で純也は呟いた。


他人事なのに。


純也はまるで自分が経験したように感じて胸が一杯になる。


親友なのだ。


例え一緒に過ごしていなくとも、その顔をみるだけで、克己がどれだけ充実した夏を送ったかは純也にはわかる。


(ちきしょう。こいつら、夏に青春燃やし尽くしやがったな)




どうやら、彼氏と彼女は、悔いないひと夏を燃やし尽くしたらしかった。


夏の彼氏と。

夏の彼女に幸多かれと。

柄にもないことを思って純也は親友と並べる肩の感触に満足を覚えていた。



                             ―完―

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ひと夏彼女 夏 露樹 @dacciman

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