第47話 新しい朝
昨夜乗り込む時には、心引き裂かれそうだった僅か2両編成の列車に乗り込み。
玲子は朝日の暖かさに胸温められる。
窓の外の風景は、何故か昨日と逆に故郷の駅へと近づいていくのだが。玲子はもうそんな不思議な事の成り行きにも気持ちを動かさない。
「駆け落ちしよう」
そう言われたあの夜、玲子は荷物を詰め始めたのだ。
迷いも山ほどあったし。
逡巡する思いも溢れるほどあった。
(でもいまここで克己君を疑っちゃったら……)
自分を励ますように玲子は隣の克己に肩を擦りつける。
「お天気になって良かったよね?」
玲子は意味もなく克己を見上げて笑顔を投げかける。
「全くだ」
短く答えた克己の笑顔はもう玲子にとって只の笑顔ではない。
(私はこの
疑ったり、後悔したりすれば自分を否定することになる。
あの日克己の申し出を受けた自分を。
あの日共に過ごした夏の暑さを。
あの夜許したこの唇を。
(嘘になんかできないよ……)
克己の温もりに、玲子は自分の存在を確かめた。
見慣れた街の光景に滑り込むように止まった駅のホーム。
降り支度を始めた克己が窓の外を笑顔で指差した。
目を凝らした玲子の眼に、最近ぐんと大きくなった弟の大きく手を振る姿。
「昨夜は姉ちゃん、友達んちでお別れ会してた事になってるから」
玲子が何か言う間も与えずまくしたてた雄馬は玲子に続いて改札をくぐった克己に右手を伸ばして固い握手を交わした。
「んで、お前は俺んちに泊まった事に」
笑顔の純也が続けた。
「そしてあたしは……」
一瞬間を置いた杏が続ける。
「櫻井君の罠に嵌って」
杏の笑顔と、一瞬杏と雄馬が交わした視線に、玲子は隣の克己の顔を見上げる。
「さあて、何のことだかなあ」
忌々しいことに、克己は玲子の視線をかわして出口から差し込む眩しい朝日の照り返しに眼を細めて見せた。
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