第十三話 誰かの日常
その日は彼にとって、最高の日になった。
「おめでとうございます。女の子ですよ」
椅子に腰を掛け、長時間握り続けた両手は。
「やったな、ゆかり……!」
その瞬間、彼の表情と共に漸く解れたのだった。
遂に誕生した第一子に、二人は喜びを隠せない。
命を賭けて戦い抜いた妻に、彼は涙を流して感謝した。
妻もまた、激痛と疲労に朦朧としながらも、夫の顔に安堵を覚えていた。
「娘さん、とても元気ですよ」
「ありがとうございました……!」
草西という看護婦、そして松尾という医師に頭を下げ、男は泣き続けた。
胸に溢れる数多の感情に、涙が止まらなかった。
得難い物を取り戻した様な、格別の感動を覚えていた。
守り抜こう。幸せにしよう。
そんな決意を幾度も繰り返し胸に刻んだ。
――その感動で、きっと混乱していたのだろう。
その時の彼は、どうしてそんなことを言ったのか覚えていない。
後から妻にどうして? と聞かれて分かった位だ。
ただ何となく、愛しい娘の名前を口にした時、共に出てきたのだという。
それが一番、正しい言葉だと感じたそうだ。
「おかえり、智子――」
今でも彼は、そう娘に向けて何度も口にする。
おにとわらし かんばあすと @kuraza
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