第十二話 紅天と緑天

 日が落ちた。


 遂に緑天が踏み込んだ其の村に、人は居なかった。

 在るのは死体の山である。


 引き裂かれ、千切られ、誰もが恐怖の形相を焼き付け死んでいる。

 男も、女も、爺も、子供も、坊主も、獣も、烏も。

 何もかもが、死んでいる。 


 紅天は、其の惨劇の中枢に座っていた。

 物言わぬ木像の様に、ただ静かに、座っていた。


「坊主共は皆殺しにされたかよ。腑抜けた連中だな」


「――其の、声は」


 動かなかった紅天が、ゆっくりと顔を上げた。

 其の顔に緑天が眉を顰める。


「お前は――誰、だったかなァ」


「……身下げ果てたぞ、大馬鹿者が」


 紅天の体が、のっそりと起き上がる。

 眼が異様な光を放ち、緑天を映している。


「ァんだ? お前も鬼かよ……坊主じゃねェのか……」


「おい紅天。娘はどうした」


 正気とは思えぬ紅天の言動に、緑天は迷わず切り込んだ。

 紅天の顔が僅かに引き攣る。


「頭が痛ェな……お前の言葉は、異常に頭が痛くなるぜ」


「覚えて無いか。……否。覚えて、居られ無かったか」


 紅天は頭を抑え、露骨に痛がっている。


「千湖、というのだったな、お前の娘は」


「喋るんじゃねェよ! 死にてェのかッ!!」


 言うや否や、紅天は緑天へ襲い掛かった。

 人を容易く引き裂く怪腕が、一切の躊躇なく振るわれる。

 緑天はひらりと身を躱し避けて見せた。

 其の表情は殊更に冷たい。


「嗚呼あああ、我慢出来ねえ! お前も殺すッ!!」


「――馬鹿な男だ、お前は」


 緑天は転がる坊主を蹴飛ばし、其の下に隠れていた刀を掬い取る。

 そして振り下ろされた紅天の腕を、瞬く間に切り落とした。


「――――ッ!!」


「もう一振りだ」


 痛みに悶え下がった紅天の足を、銀閃が翻り両断する。

 鮮やかに断たれた足から血が噴き出した。

 紅天は背中からどすん、と倒れ込む。

 緑天はびゅん、と刀を振り血を落とした。

 其のままゆっくりと近づき、動かぬ紅天の首へ。

 

 ――刃が煌めく。


「嗚呼、流石だぜ。お前はやっぱり凄ェ奴だ」


 その声を耳に入れても。

 緑天の刃は止まらなかった。


 刃が滑らかに肉を断つ。

 紅天の首が胴と離れた。

 無双を誇る鬼とて、首を撥ねれば流石に死ぬ。


 天下の悪鬼・紅天は、死んだのだ。


「戯けめ……俺を、利用しおって」


 去来する感情が緑天の顔を歪ませる。

 跳ねた紅天の首は、鬼とは思えぬ和やかな笑みを遺していた。

 刀を振り血を払う。


「どれほど共に居たと思っておる――お前の大根演技を見抜けぬ俺と思うたかよ。大馬鹿者が」


 呟く緑天に、紅天は応えない。

 冴え冴えとした月が惨劇を照らし出す。

 舞台に残った唯一人の鬼は、暫く動かなかった。


 去来する数多の記憶。

 紅天の最期の笑み。

 其の最後に見えたのは、懐かしい妻の顔であり――。


「女々しい物よ。俺も、お前に会いとうなってきた……」


 緑天の右手が上がる。

 濡れた刀に月が輝いた。

 

 そして彼は――。


 

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