最終話 エピローグ

「私にプレッシャーをかけてるの? いつもいつも、モダンの世話ばかりさせて」


「いいじゃない。モダンの事、好きでしょ?」


 まあ、それはそうだけど……。

 じゃあいいじゃない、と、断れない雰囲気を作る。


 ランコは不満そうだったけど、

 モダンが、よろしくねっ、と笑顔を見せると、顔を緩ませた。

 ランコもモダンには弱いのよね。


「いいけど、どうして私? 

 騎士団の子に任せたらいいんじゃない? あとほら、メイドさんとか」


「騎士団のメンバーに預けたら、なにを教えられるか分かったもんじゃないし。

 メイドは、甘やかしそうだから」


 それは分かるかも、とランコ。

 そうなんだよね、良いと悪いの両極しか身近にいないから。


「その点、ちょうど良い感じにランコは育ててくれそうだから……、

 面倒を見てくれそうだから」


「言い直しても遅いよ。私が育てる事になってるよぉ」


 もうっ、とぷんすかと怒るけど、

 本気で怒っていない事は誰の目にも明らかだった。


 だから、頼みやすいんだよね。


「ランコしかいないのよ、頼める人。ちゃんと報酬を出すから」


 いらないよそんなの、とランコがモダンを背中から抱きしめた。

 むう、頼む立場からで悪いけど、密着し過ぎ。


「いつもやってるのに? ねー?」

 言われたモダンも、ねー、と答える。……心配になってきた。


「あんたがモダンを襲いそうで怖いわよ」

「ワンちゃんがいるのにそんな事しないってば」


 親友の子供に手を出すとか、気まずいってばぁ。

 そう言うけど、じゃあ、気まずくならなかったら手を出すのか。

 言い方に気を付けて――あと、手を出すなよ、マジで。


「……ほんとに分かってるってば。

 いいから、早くいってきなよ。リグ、待ってるでしょ?」


 約束の時間まで、あと五分。

 歩いたら、ちょっと遅れるかもしれない……早足でいかないと。


「じゃあ、任せたわよ! 

 モダンも、ランコの言う事をちゃんと聞いてね。

 ワンダはぶっ飛ばしてもいいから」


「おっけー」

「おっけーじゃねえよ、勝手に人をサンドバッグ指定するな!」


 訪ねてから、遅れて出てきたワンダの戯言は捨てて、

 私は三人から距離を離す……はあ、いつ、あの二人は結婚するのやら。


 信頼関係は薄く、デートもまともにしないまま、

 七歳の子供を授かった私達から言われるのは、納得がいかないとは思うけど。


 結婚が早ければいいってものじゃないし。

 何段階もすっ飛ばした私達は、結局、今からやり直しをしてるわけだから。


 順番が違うだけで、実はランコ達よりも進んでいないのかも。


「あ、リグ」


 早足で辿り着いた待ち合わせ場所には、既にリグがいた。

 約束の時間前、一分。


 前回、私が言った事を実践してくれたらしい。

 けど、もうちょっと早くきててもいいんじゃないかな。


 今、ちょうど着いたシーンを見てしまったからなあ。

 次、五分前にはいなさいよ。


「注文が多いよ。もっと具体的に言ったら一発でできるのに」


 一発でできたらそれで終わっちゃうじゃない。

 次、直してきなさいと言う事で、次もあると約束してるんだから。

 そういう裏の気持ちも察しなさいよ、男でしょ。


「男、関係あるのか……?」

 あるの! 言いながら、私はリグの手を取る。


 すると、リグも握り返してきた。

 うん、まあ、成長してるかな。

 さり気なく指を絡めてくるところは、ポイントが高いわね。


「さて、どこにいくんだ、お姫様」

「フォアイトよ。あんたは私と対等なんだから。お姫様とか、敬称はいらないのよ」

「じゃあ、フォアイト」

 名前を呼ばれ、今でもどきっとする。


 出会った時からそうではあったけど、手を繋ぎながら言われたら……。

 シチュエーションが言葉の印象をがらっと変えるのだ。


「どこでもいけるぞ。国の外でも、森の中でも、巣窟でも」


「いや、巣窟はダメでしょ。危ないわよ」


 大丈夫だろ、つーか、大丈夫――と、リグは断言した。


「俺が守ってやる。まだ、不安な事があるのか?」


 ないわよ。最初からなにも、不満な事なんて。


「じゃあいこうぜ」


 私の体を持ち上げ、お姫様抱っこをして、跳躍する。

 建物を足場にして、あっという間に国の外に出る。

 途中で国民に指を差され、それがまた、心地良かったり……。


 着地して、リグが私を地面に降ろそうとするが、

「このままがいい」


 そんな私の注文を、リグは聞いてくれた。


 そして、


「どこまでいく?」

「どこまでも」


 それは、冗談にしても。


「のんびり、散歩は……嫌?」


「全然。お前がそれでいいのなら」


 リグが、ゆっくりと歩き出す。


 のんびりと、お話をしよう。

 たくさん、一緒の時間を過ごそう。


 私達がまだ手に入れていない、当たり前を、今から一緒に取りにいこう。


 子供を産み、結婚もした。

 けど、デートは少ないし、手を繋いだのも最近だし、キスもしていない。

 体を密着させる事が、今、いちばん進んでいる愛情表現かもしれない。


 だから。


 飛ばしてしまった隙間を。

 これから一緒に埋めていこう。


 思い出をたくさん、作っていこう。


 私達にとって、忘れ物は、数多く存在する。

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祭りの国とドラゴン・ドーター 渡貫とゐち @josho

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