粉と水さえあれば、たいてい食べられる

ちびまるフォイ

簡単に食べられるもの

「それじゃしばらく家を空けるから、あとはよろしくね」

「ああわかってるよ」


「掃除もちゃんとしてね」

「わかってる」


「洗濯物も貯めないでね。あと食器は洗ってよ」

「はいはい、わかってるって」


妻が出張で家を空けると、やたら部屋が広く感じた。


「独身時代以来だな、こうして一人でいるのは」


久方ぶりの感覚を肌で味わっていると、お腹からぐぅと音がなった。

なにか食べようかと冷蔵庫を開けてみる。


妻が買い置きをしたのであろうたくさんの食材が詰め込まれている。

まるで「自炊しろ」と強要されているような見えない意思を感じる。


「料理かぁ……だるいなぁ……」


料理をしたら時間もかかるし面倒。

そのうえ洗い物が増えるというダブルパンチ。

どうにか楽できないものか。


「あれ? これは……?」


出前でも取ろうかと思ってネットを漁っていると、見知らぬ家電が紹介されていた。


「ふむふむ……。粉と水を入れるだけでどんな料理も思いのまま……まじかよ」


妻がいたら余計なものを買うなとなじられるところだった。

今はひとりなので自分を止めるものは誰もいない。

秒で届いたのはごく普通の炊飯器だった。


説明書を読みながら炊飯器に水と粉を入れる。


「あとはスイッチを入れると食品培養が始まる……ホントかなぁ?」


スイッチを入れて数十分。

炊飯器の蓋を開けるとハンバーグが出来上がっていた。


「おいおいすごいな。これ粉と水だけでできたんだよな!?」


お皿によそってひとかじり。食感はどう味わっても肉そのもの。

本物のハンバーグとなんら区別つかないし、中からチーズまで溢れてくる。


「おいしい!! 信じられない!!」


すっかり培養炊飯器の魅力に取りつかれてしまった。


「次は野菜炒めと、アイスクリームを同時に作ってみようかな」


炊飯器の蓋を開けて、中の窯に間仕切りをしく。

片方に野菜炒め用の水と粉。もう片方にアイスクリーム用の水と粉を入れた。


スイッチを入れて待つこと数十分。


どうみても粉とは思えないクォリティの野菜炒めとアイスクリームができていた。

炒めものとアイスを同時に作れてしまうなんて。


「ん~~!! おいしい!! 食感も完全に野菜だ!!」


結局、この世界にあるほとんどの物体は水となにかできている。

粉はその「なにか」に自由に姿を変えられる粉らしく、どんな料理にもなれるらしい。


「これは自炊が進んじゃなうなぁ」


すっかり魅了されて日がな一日ごろごろしている時間はほぼすべて

この培養炊飯器の新しいレシピを探すだけの時間になった。


このすばらしき最新科学技術の賜物はまだ利用者が少ないものの、

良さがわかった人は有名店の料理を再現する粉量や水料を紹介してくれている。


行ったことないし、これからも行くことはないレベルのお店でも

培養炊飯器が水と粉で完全再現してくれる。


「うっわ、めちゃめちゃ美味しいなコレ! どうしよう!」


妻が家を空けて食事の楽しみがグレードダウンするかと思いきや

もはやこれまで食べていた料理では満足できなくなっている。


食への探求を進めていると、培養炊飯器を使ってさまざまなものを作る猛者まで現れた。


「に、人間……?」


閲覧数も低く冗談だと笑われるコメントが続く人間のレシピが書かれていた。

「まさかね」と鼻でせせら笑う自分と、「ひょっとしたら」と思う自分が共存する。


「……試すだけなら、いいかな」


このレシピが本当かどうかを試すことに。

水と粉の量を指定通りにしてスイッチを入れた。


しばらくして培養炊飯器から出てきたのは裸の成人女性だった。


「できちゃった……」


「でき、ちゃ、た?」


生まれたての人間はまだ言葉を覚えていないのか自分の言葉を反芻するばかり。

妻の服を着せてしばらく一緒に生活することに。


服から伸びる白く華奢な四肢とハリのある肌。

どこに触れても柔らかく甘い匂いがする。


「これが水と粉からできるなんて……」


どう見ても、どう触っても人間そのもの。

ハンバーグを作ったものと同じ素材からできているとは思えない。


「ハンバーグ……か」


培養炊飯器で作られるものはすべて食べ物。

ではこの人間も食べられるんじゃないか。


食への好奇心が自分の中での倫理観を歪めていく。


「そもそも水と粉で作ったから人間じゃない……。

 人間の形をしているだけの食べ物なんだ。そうだよ。

 人形のクッキーと同じだ。ただ人の形をしているだけなんだ」


どのみち、知らない女を勝手に家に入れている状態を保てるわけがない。

いつか必ずなにか手を打たなければならない。


これはけして悪いことではない。

単に培養炊飯器で作られた食品を無駄にしないだけだ。


念のため、携帯の電源を切っておいてGPSでさとられないようにする。

夜に食材加工用の刃物などを買い込み、レシートは残らず燃やした。


家に帰ると家は真っ暗で寝室から寝息が聞こえてくる。


電気をつけると人型食品の前に決心がにぶりそうなのであえて暗いまま進んだ。

ベッドに横たわるシルエットを確かめてから調理をはじめた。


培養炊飯器のクォリティはやっぱり完成度が高い。

からくりを知らなければコレが水と粉だとは誰もわからないだろう。


すべて残さず食べ終わる頃には朝を迎えていた。

時間を確認しようと携帯電話の電源を入れる。


「はぁ、結構量あったなぁ。それにあんまり美味しくない。

 もう二度とこんなことはしないように気をつけなくちゃ」


カーテンから薄く朝日が差し込んでくる。

光の筋は部屋の隅にいた人間を照らした。


「きを、つけ、る?」


人間と目があったとき、携帯電話に遅れて妻からの通知が来ていた。





>出張が早く終わったから今日の夜に帰るね。もうくたくたで眠い。何か食べ物用意しておいて

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