※ アイ・フラット…蛇足。

 そうして、今まさに遠き野より昇って降りて、ようやくこの国までたどりついた年神様は窓の向こうをじいっとみていたのでした。


 年神様は別に祝詞も呪言も好きでも嫌いでもなく、たいそうどうでもいいと思っています。そも神に好きや嫌いがあっていいことはないという考えのりっぱなお方でしたので、きまぐれで誰かの生活に手出しすることは殆どありませんでした。

 それは「年神様」と名付けられただけで、私たちの思い描くような神様ではありません。都道府県の一端を担うに過ぎない北海道が「雪国」と名付けられるのと、おおむね同じようなことです。


 実のところずいぶん前にすべては壊れ、なにもかもがもう、私たちが認識している範囲にしかないのです。ほんとうの世界はまるでホールケーキのようにぱっくり分かたれています。世界は、誰かが1人でもこころとあたまで認識し、記憶の上で保持されているものだけで構築され、それ以外のすべてはなくなってしまいました。


 あの日愛しく思った   も、あんなに頑張って作り上げた        も、もうどこにもありません。凍り付いたふうに停止し、吹雪の果てのように、忘れられたものの場所へは訳知り顔の冬がやって来て、意味と価値を攫っていったのでした。


 そういうはたらきが綱渡りのように今日までのんびりと続いているだけです。

 攫われたものたちは、逝く先の世界があまりに幸せで帰ってこようとしません。だから私たちが悲しむ必要はひとかけらもありませんが、それでも、知ってしまうとほんの少し寂しいものです。もうあの     や       は、私たちを選んではくれないのですから、だから、神様たちはこのことを、ほんとうにいっしょうけんめい隠していて……


 話が逸れましたね。


 つまり何を言いたいかと言うと、相互に認識し存在を確認しあえるのであればもうそれだけでお互いのために生きていると、愛しあっていると言えるのです。


 そんなことにも気付かないとは幸福なやつらだ、と年神様は思いました。


 窓の向こう、ふたりはブランケットをはんぶんこして……

 ふたり、というのはもちろん、あのふたりのことです。


 あなたが見たふたりの姿をしたそのふたりは、あなたのよく知るふたりの表情をしています。


 そしてふたりは、うとうと、そろそろ、眠りかけていました。


 すべてが壊れてしまってからは、この世界を構築する広大なネットワークはいくつものか細く平等な愛と憎しみで繋がって、年神様はそれをほんの少し気に入っていたものですから、ではそのほんの少しの快さ分、今年はあのふたりにほんの少しいいことをしてやろうと思いました。


 年神様は、その部屋のストーブの電源を落とし、代わりに寒冷地用エアコンと加湿器のスイッチをいれてあげました。

 そうすると、灯油代より電気代の総額のほうがお安いものですから、お得なのです。


 傍らに落ちたスマートフォンには、ふたりの好物のモンブランケーキのレシピや、クリスマスのデコレーションを包装紙で作る方法がぴかぴかと表示されていたので、ついでとばかりにそれもスリープにしてあげました。



 年神様は、白く塗りつぶされていく景色の中へと消えて行き、



 世界中の視差が重なり、静まり返って、時間は平らになりました。

 そうして、今まさにもう一度動き始めます。



 つまり、あともうしばらくすれば、新しい日が始まります。

 ただひとつ確かなことは、今日は16日。明日は、17日だということです。

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アイ・フラット ハユキマコト @hayukimakoto

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