主人公の【俺】が、心身の調子を崩し、病んでいるという作品紹介から、今まで読むのがしんどい作品かなと思って先延ばししていた。
それでも今日は、赤い砂に自然と引き寄せられるように、ただただ読みふけってしまった。
そこには、静かで美しい、それでいてごく淡々とした自然の営みが、【俺】と私の前に広がっていた。
「生涯に一度しか起きないようなこんな邂逅の粒」という表現が出てくる。
これぞまさに、私が今日この作品に出会えた奇跡のことではないか。
素晴らしく日本語が美しい。秀逸である。描かれる自然は、静かな涙を誘う。
そして、主人公の【俺】は言う。
「これからのことはわからないが、今ここで、俺は生きていてよかった。」
気の迷いのような切っ掛けから始まる、アメリカ本土の旅。
心身に変調をきたし実家で療養する青年にも、この旅行が本当にすべきことかどうかはわからない。
けれども彼は、久方ぶりに味わった熱い情熱に押されるがまま足を踏み出す。この一歩が、停滞し続けている自分が変わる契機になると信じて。
療養中の主人公がじんわり感じる肩身の狭さや焦燥感と、ひょんなことからみなぎる活力と憧憬の再燃。そして、肌で感じるアメリカ大陸。
危うさを感じるほどのコントラストは五感・心情・環境から精彩に描かれ、読み手を容易に感情移入させる。
レンガ色の砂と同色の岩山。沈む夕日と染まる荒野。人の営みから切り離された、悠久なる流れから切り出したかのようなモニュメント・バレー……。
青年を通して見るアメリカ南西部は、どこまでも雄大であたたかで、懐が深い。
もしあなたが忙しない日々で疲れ、心身ともに摩耗してしまっているならば、
この作品の与える澄み渡った読後感に、きっと心救われることだろう。