♂&♀『そりゃ反発するよ、俺たちは磁石だもの』



「おのれおのれ、たばかったわね」

「何もだましちゃいないさ、初めから俺は王子様じゃないし、君はお姫様じゃない。俺は商人だと、そう名乗ったはずだぜ」

「嘘つき~何ですか、絵本の終わり方は! もう人間なんて信じられません」


 レストランに乗り込んできたリップルは、すっかり夢から覚めたご様子だ。

 そりゃそうか、絵本だと人魚姫は王子に捨てられた挙句、海のあぶくになってしまうんだからな。子ども心にあの結末は酷いと思ったもんさ。

 まさか、その配役が自身に回ってくるとは思ってなかったけど。


「何ですか人間は、金、金って! お金なんか無くても私達は幸福だったんです」


 耳が痛いな。

 でもそれは俺の主体性アイデンティティに関わる話なんで反駁はんばくさせてもらう。


「いや、金はいるさ。悪神ゼニゲバンから幼馴染おさなじみの魂を買い戻さなきゃならないからな。その値段が、なんとボッタくりの二千万金貨だ」

「金の為なら、どんな悪行にも手を染める。それが兄貴というお人ッス、諦めた方が身のためッスよ」

「くぅ~乙女心をもてあそんで!」

「受けた恩と、焼き魚の分はキッチリ楽しんでもらう。君の夢に付き合ったのは、代価の支払いに過ぎないからな。それはもう払い終えたんだ」


 暴れるリップルをお姫様抱っこで捕獲して、窓から海へと放流してやった。興奮した女には何を言おうが無駄だし、第一、ここはもう危ないからな。


 静まり返ったレストランでは、ガマクジラの寂しそうな声でさえ我が胸に刺さるもんだ。


「本当にこれで良かったんですかね、兄貴?」

「ここの暮らしは平穏すぎてな。絵本は良い教訓を与えてくれるよ、現実は悲劇の一歩手前で食い止められたわけだ」

「やっぱり、後ろ髪ひかれてるじゃないッスか」

「茶飯事だ、気にするな。それより、ヤバイぞ。人魚の長老がお怒りのようだ」


 窓から遠景に目をやれば、波間を割って巨大な竜の頭が姿を現す所じゃねーか。夜の海とシーサーペントの組み合わせはどこか現実味を欠き、幻想的な美しさすら感じる。


 やれやれ、今度は陸地まで送ってもらえそうもないぞ。難儀なんぎなことだ。













 二日後の昼時、豪商アキンド様はイカダで海を漂流中ときたもんだ。

 優雅だねぇ。


 レストラン船は海竜にしめ砕かれ、非常用の脱出艇だっしゅつていで難を逃れてこうなったわけだ。脱出艇がイカダというセンスには脱帽だよ、まったく。「要救助」と書かれた旗に船職人のこだわりを感じるね。


 かき集めた沈没船のお宝は大部分を本国へ送っておいたから無事だろう。

 決算では辛うじて黒字にいきそうだ。

 傷ついた乙女心の行方と、生きて帰れるかは未知数だがね。

 危険リスク利益リターンはいつだって等価交換なのさ。


 だから財布のくせにそんな顔をするな、相棒。


「ウチの異次元質屋は水や食料なんかも扱ってますぜ、兄貴」

「市販の三割増しだろ? 誰が買うか」

「またやせ我慢を。ボスから今回の件についてお話があるそうッスよ。腹ごしらえでもしておいた方が……」

「何? ゼニゲバンが? 早く言えよ、お前」


 成程、道理で天候が怪しいわけだ。

 空が曇り、海は大いに波立っている。先ほどまでのなぎが嘘のようだ。


 やがて海坊主のように膨らむ影法師がいかだの行く手へと立ち塞がる。

 爛々らんらんと光る巨人のまなこだけが俺達を見下してやがる。

 遂には、腹をえぐる大声が辺りに響き渡った。


「手ぬるいぞ、アキンドよ」

「これはこれはゼニゲバン様。こんな辺境の海へ、いったい何用で?」

「とぼけるな、虹色諸島ではまだまだもうけられたはずだ。人魚の肉は不老不死の霊薬、そう売り込めば奴らは破格の高値で売れたはず」

「インチキ商売には手を出さない性分しょうぶんでね。迷信を悪用して儲けるなんて性に合わないんですよ。それに海神を敵に回したら、この先のあきないに差しさわるじゃないですか」

「ふん、口だけは達者な奴。そんなに手を汚すのが嫌なら別な者にやらせようぞ。貴様が持つ『海神の護符』を我に献上せよ。人魚狩りの兵団を虹色諸島マーメイド・リーフに送り込んでくれよう」

「……!」

「ふん、まさか断りはしまいな。人魚どもに情が移ったとでも? 商人失格だぞ」


 するとそこへ雲海の隙間から一匹のカモメが舞い降りてくる。

 ナイスだ、ミミ。ギリギリ間に合ったな。付けしておいた甲斐があったぜ。

 俺は海神の護符をカモメにくわえさせると、首筋を撫でながら言ってやった。


「俺にはもう必要ないからよ。本当のお土産を届けてやんなよ」


 カモメのミミは一目散に飛んでいく、巻き貝のお家へと。

 頼んだぜ。


 この展開にさぞや怒り狂うかと思いきや、むしろ邪神は上機嫌である。

 神の考えだけは俺様をもってしても読めない。妙な奴め。


「フハハハ、一筋縄ではいかん! 流石だ、アキンド」

「お褒めにあずかり光栄ですよ……ったく」

「それでこそ我が信徒よ。その抜け目なさで、これからも貢献こうけんするのだ。貴様の大切なミランダの魂は大事に保管しておくからな」

「そんな脅しがいつまでも通用すると思うなよ。いつか必ず俺は取り戻してみせる。彼女の魂も、男としての誇りもな!」

「フハハハ!」


 高笑いを残してゼニゲバンは消え去った。

 後に残るは穏やかな凪の海原。

 頬杖をつき、俺はイカダの上で胡坐あぐらをかく。

 なんかもうドッと疲れたわ。


「おい、ガマクジラ。質草しちぐさにワインとか有る? 今日は飲みたい気分だ」

「内緒で貸しにしとくッス。付き合うッスよ」




 ミランダとアキンドは同じ孤児院出身の幼馴染だった。

 当時のアキンドは盗賊、ミランダは魔法使い。

 二人は冒険者を志し、遺跡巡りで盗掘ざんまいの日々を過ごしていた。

 だがある日、古代の神殿でガマクジラが眠る宝箱を開けたのが運の尽き。

 仕掛けられた罠にかかり、ミランダは古き神に魂を奪われてしまった。

 それは聖域を荒らした盗人への罰であった。されどゼニゲバンは商売の神。犯した罪さえも寄付の金額によっては帳消しとなるのだ。


「貴方なら、私を買い戻してくれるよね……?」

「ああ、きっとだ。待ってろ、エルロイ孤児院の絆は血よりも濃いんだ」


 別れ際のやり取りはいつまでもアキンドを苦しめる呪いとなった。

 もう五年も前の話である。













 泣きつかれ、涙も枯れはて、私リップルは悲しみの日々を過ごしていました。

 でもそこへ、カモメさんが贈り物を届けてくれたんです。


 嵐を越える海神の護符。それは確かにアキンドさんが所持していた物でした。

 これは、アキンドさんがまだ生きている証? 心のどこか安堵しながらも、なんでこんな品を私に届けたのかちょっと首を傾げてしまいます。


 長老様に返しておけ。違いますよね。

 俺を追いかけてこい。あんな絵本を渡しておきながら、ないない。

 ならば、思いつく可能性は一つしかありません。


 まだ旅立つ気概きがいがあるのなら、これを使え。

 そういう意図なのでしょう。

 正直、前ほどの憧れは感じないけど。

 逆に今は人魚族のポンコツっぷりが気にかかっています。私のみならず、虹色海域の人魚たちがみなアキンドさんに振り回されっぱなしでした。それもこれも、我々の世間知らずが原因です。

 もっと見聞を広めて、時代を追いかけなければいけないのです。


 それをやれるのは、護符を持つ私だけ。

 そう考えると、沈んだ気分も高揚してきます。


 これはきっと海のアブクにもなれなかった人魚姫のお話なのでしょう。王子様を無邪気に待つ人魚姫はもう居ないけれど。泣き虫もいつかは立派な淑女となって、アキンドさんを見返してやりたいものです。

 絵本の粗筋あらすじを追いかけるのではなく、ここからは自分の物語を探しに行くとしましょう。


 リップルはいつまでも泣きながらメソメソ暮らしました。

 そんな終わり方は情けなさすぎますから。

 旅立ちは笑顔でなくては。


 結びの一文はこうしましょう。


 恋の終わりは新しい冒険の始まりだったのです。


 ハッピーエンドはまだまだ先ですね。


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異世界豪商伝説アキンド! ~ 虹色諸島人魚編 一矢射的 @taitan2345

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