第59話 国民的アイドルたちに宣言した件

「俺にとっての、美月……」


 膝の上で起こっていることなど梅雨知らず、すぴすぴと寝息を立てる美月。


「美月は、『和くん』のことが大好きで大好きで仕方がない。これはトゥルミラ結成の時から変わらなかったわ」


 当時を思い返すように霧歌さんはポツポツと話していく。


「好きな男の子のためにアイドルやって、好きな男の子のために音楽磨いて、好きな男の子のために頑張る。どこにそんなアイドルがいるのって最初はよく思ってたものよ」


 心地良さそうに眠る美月は、頭上で行われている話など知るよしもないだろうな。

 だが、ここは俺や霧歌さん、咲さんたちと渡り合う中で避けては通れない道だ。


「霧歌さんや咲さんは、なぜそれを受け入れられたんでしょうか? アイドルとしてはあり得ない、その前提を……」


 思わず口にしたその言葉に、霧歌さんと咲さんは苦笑いを浮かべた。


「仕方ないじゃない。それが美月の一番輝けるスタイルだったんだもの」


「……みっちゃんは和くんのためなら、どんなことも乗り越える気概があった」


「要は、私も咲も美月にだいぶ充てられちゃったってことね」


「そうまでして、アイドルを?」


 思わず呟いた俺の言葉に霧歌さんは「そうねぇ」と懐かしむような目を見せた。


「私はもはや意地ね。15歳の時にこの世界に入って、スターダムを駆け上がる同期のみちるをずっと見てて、あの子に負けたままで終われるものですか……ってね」


 咲さんは梅酒をちびちび飲みながら携帯の写真を見せてくれた。

 そこには小さな男の子と女の子が1人ずつ。


「……アイドル、お金払いがいい。……弟妹、養えるのはトゥルミラのおかげ」


 ふ、2人して非常に現実的である。

 ある意味美月とは正反対だ。


「愛をドルに変える職業—それがアイドル……なんて、良い皮肉よね。結果として、それでお金をもらってるんだから」


 霧歌さんはビールを煽って続ける。


「世間には恋愛がバレた瞬間に袋叩き。アイドルとしての人気も失墜してポイ。はたまたそれが怖くて恋愛をしなくても賞味期限が切れた瞬間にポイ。人気が出なくてもポイ。正常な生き方も恋も知らない私たちがそんな状態で社会に放り出されたとしてもその後の生活の想像なんて難くないわ。まぁ、そんな因果な道に進むと決めたのも私自身なわけだけど」


 霧歌さんの言葉には、咲さんも思わず苦笑いで膝を抱える。


「……だからこそ、みちるさんは凄い。勝てないのも、正直……」


「それを白井マネージャーを含めたみんなが薄々と感じちゃってるのが、今のTRUE MIRAGEの現状ってところかしらね」


 —アイドルは、みんなにとってファンタジーの存在だからね。不都合なとこは見せちゃダメだし、あってもダメ。


 —古い観念かもしれないけど私も先輩にそう教わってきたし、それは正しいと思ってるよ。


—私の行動全てはファンのために、そしてファンの全ては私のためにあるんだから。


 頭の中に、藤堂屋で出会ったみちるさんとの会話が掘り起こされた。

 あのプロ意識には、当時は俺も度肝を抜かれたのを覚えている。

 —が、それを長年間近で見続けてきたのが咲さんや霧歌さん、そして白井さんだったのだ。

 

「そんな中で白井さんがあなたと美月との化学反応を見てあなたを抜擢した……。絶対的アイドルであるミスティーアイズを超えるべく、最後の切り札としてね」


 それには咲さんもこくりこくりと頷いた。


「……みっちゃんはグループ組んだ時から『和くん』が覚醒のワードだった」


「そ、そうなんですね……」


「……『和くん』をダシにしたらみっちゃんはノリノリになってくれるから、たまに名前も出してた」


 うちの美月がいつの間にかパブロフの犬に成り下がっていたということですかね……?

 

 「でもね」と、霧歌さんはどこか遠い目を浮かべた。


「その切り札はみちる達を越えていくどころか、美月の覚醒と引き換えに彼女自身を、私や咲を、TRUE MIRAGEを、ひいてはスタープラネットミュージックの存続そのものを脅かす爆弾になるかもしれない。だからこそ私たちもそれなりに不安なのよ」


 爆弾。

 言い得て妙だろうな。

 大人気絶頂のアイドルに実は男がいました、なんてのは御法度に決まっている。

 美月が一番最初に俺のアパートに乗り込んできたときはいの一番にそのことが頭をよぎっていたはずだったのに、時間が過ぎてみればなし崩しとなっていることが多かったのも事実だ。


 白井さんが、この場を許可したってこともそういうことだったんだろう。

 音楽祭あのの時は、ろくに話す間もなく場の勢いに乗せられて行われたことは事実だからな。

 ここで彼女達にリスク以上のメリットを示す覚悟を魅せろ、決めろと。

 

 俺はハイボール缶を飲み干した。


「それでも、俺は俺が入ることによって美月とTRUEMIRAGEがさらなる飛躍を遂げられるのならば、その選択を厭いません」


 俺はすでに美月に救われている。

 ピアノが、音楽が嫌いで嫌いでどうしようもなかった俺に、また音楽の楽しさを教えてくれた。

 

「美月が地獄に落ちるのならば、俺はもっと深くの地獄に潜りましょう。美月がスターダムを駆け上がるなら、落ちないように美月の成したいことを全力で応援しましょう。それが美月のためになるのなら。俺は美月がやりたいことを全部叶えてやりたい」


 一呼吸をおいて、俺は美月の頬を撫でた。

 少し頭がぼーっとしてきたが、ええいままよ!


「惚れた女の一位が見たい。美月の可愛さはこんなモンじゃないんだってことを世間に見せつけてやる。それが俺の音楽ならできる自負がある。だから俺がやるんだ」


 カランと空いた缶を机の上に置くと、2人がわかりやすく苦笑いしているのがわかった。


「そ、そう……それは、その……素晴らしいことね。あなたの覚悟はすごく伝わったわ。で、でも、もしかしてちょっと酔いすぎてるんじゃないかしら……⁉︎」


「……ガチファンもびっくりの共依存」


「俺の音楽は、美月を楽しませる音楽。美月を勝たせる音楽です。そこに関しては他の誰にも負けるつもりはありません」


「……ねぇ、キリちゃん。私達、忘れられてる?」


「ふふっ。そうね。でも、毒を飲むならそれくらいでいいんじゃない?」


 ……感情のままに言葉にしすぎて、何を言ったのかが微妙にわからなくなってきたな。

 だが、2人の様子を見るに間違ったことは言わなかったようだ。ならばこの際はなんでもいいとしよう。


「ま、そういうことなら認めないわけにもいかないわね。リスク以上のメリットを示す意思、あなたの並々ならない覚悟、ちゃんと受け取ったわ」


「……白井さんの社運ギャンブル、大成功?」


 少しのぼせた頭の俺に、2人はゆっくりと手を伸ばしてくれた。


「ようこそ、『TRUE MIRAGE』へ。ともに日本一を目指していきましょうね」

「……よろしく、ニキ」


 2人と固い握手をした日の夜の記憶は、そこで止まっていたのだった。



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国民的アイドルコミック10話が、コミックニュータイプにて掲載されております。

いよいよ音楽祭最下位会場からの下剋上が始まります。

盛り上がる場面の連続ですので、チェックしてみてください!

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国民的アイドルになった幼馴染みが、ボロアパートに住んでる俺の隣に引っ越してきた件 榊原モンショー@転生エルフ12/23発売 @Baramonsyo

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