第58話 アイドル達が速攻で幼馴染みを潰した件

「……粗茶です」


 そう言って俺は3つのお茶をお出しした。

 迎える相手はというと――。


「何だか前にもこんなことあったねぇ」


「どうも、ありがたく頂戴します」


「……トゥルミラのアルバムがたくさん。さすがガチオタニキ」


 日本のトップアイドルTRUE MIRAGEの東城美月、西園寺霧歌、南舞咲という豪華なご三方である。


 ボロアパートの俺んちにトップアイドル全員集合! なんてもはやゴシップ大好き週刊誌も「うん、なんで?」となる事態だ。

 俺の困惑っぷりを慮ってか、美月が机に広げられたお酒のつまみを口にしながら言う。


「ホントは私だけで和くんちに行こうとしたら、二人も面白そうだから付いてきたいってことでね? ってあああ、和くんおつまみ取らないでぇ」


「事情は分かったが最近ジャンクしか食ってないだろ。お前に何かあったら全国のファンに申し訳が立たん。いったん没収だ」


「あばばば、ご無体な……」


 しおしおと机にうなだれる美月。


「なるほど、これが噂の」


「……夫婦めおと漫才」


 それを見た霧歌さんと咲さんはそれぞれジト目で眺めるのみだ。

 霧歌さんは苦笑いながら言う。


「とはいえ藤枝さん。今回の件は白井さんにも話は通っていますから。多少の緩みなら許してあげましょうということです」


「むしろ、白井さんは許可したんですね。トップアイドル3人がうちにやってくることを」


「いまさら何をおっしゃいます。そもそも、周囲の物件はウチの事務所が独占。マスコミや一般市民対策を一番しやすいという点でも、密会場所としてはここか美月の部屋が一番なのですよ。スタープラネット社もそういう認識です」


「俺はそういう認識じゃなかったんですけど……?」


むしろ白井さんは勝手にここも密会場所の一つに指定してたってことだよな?

先ほどまでの俺の胃痛を返してほしいところだ。


「……ともあれ、乾杯」


 待ちわびたかのように咲さんは度数高めの缶チューハイをぷしゅと開けた。

 9%の缶チューハイを、何のためらいもなく……?


『かんぱーい』


 咲さんの静かな音頭とともにトップアイドル3人との宅飲み会は幕を開けた。

 9%の缶チューハイをコクコクコクとさも当然のように煽り飲んだ咲さんは、俺の隣にちょこんとやってきた。

 そしてツンツンと肩をつつき、興味深そうに呟いた。


「……ホントに生きてる。みっちゃんのイマジナリーじゃない」


「白井さんも言ってましたけど、皆そういう認識なんですか!?」


 そういえば、白井さんと初めて会った時もまるでお化けを見たかのような反応をされていたっけ。

 咲さんに次いで霧歌さんは缶ビールで気持ちよさそうに喉を鳴らした。


「だからこそ白井さんに音楽祭での話をオファーいただいた時は驚いたものです。美月が執心していた男性が実在・・していたのですから。しかも、TRUE MIRAGEの音楽性を十二分に理解し奏でるとくれば、なおさらです」


「……ニキを見出した時の白井さんの眼鏡、光ってた」


「本当に、あの人がこのグループをどこまで見据えてくれているのかは分かりませんね。最近は少々危ない橋を渡ることも多くなっているのも確かですけど。そんなことよりも――」


 と、霧歌さんがピッと俺の左隣を指さした。


「咲。それくらいにしておかないと、後が怖いわよ」


 物珍しそうにツンツンと俺の腕を突っつき続ける咲さんだが、霧歌さんが指さした方には「がるるるるるるるるる……」と唸り声を上げるクールビューティー系の絶対的センターの姿があった。


「……みっちゃん、どうどう」


「美月、安心なさい。あなたの大好きな和くんは取っちゃったりしないから」


「がるるるる! がるるるる!」


「お前は猛獣かよ……」


 度数低めの缶チューハイは既に一本が空になっている。

 あれ、そういえば美月はお酒が好きな割にはだいぶ下戸寄りの人間だったような。

 そういうのを知ったのも、まだここ数ヶ月ばかりの話だが。


 霧歌さんが無言で袋入りチョコを俺に手渡してくる。

 なんとなく、美月のこれまでが伺える慣れ方だ。


「よしよし美月大丈夫だ。大丈夫だぞ。俺はここにいる。なぁんにもやましいことはしていない。ほら、美味しい美味しいチョコだぞー。あーん」


「あむ、あむ、あむ」


 小動物のような小さい口を開けて、俺の指ごとパックンとチョコを持っていく美月。

 

「えへへ、美味しい」


 ――悩殺されそうだ。

「可愛いがすぎます」

「……かわわ」


 クールの欠片もないだらけきった表情に俺たち三人は思わず目を見合わせていた。


 そのままコテンと俺の膝の上に頭を乗せた美月は早くも心地良さと眠さと適度な酔いに包まれていた。


「お、おい美月。飲み会は今始まったばかり――」


 ――と、俺が美月の頬をぺしぺしと叩いて起こそうとしたところを、霧歌さんが優しく制止した。


「いえ、いいんですよ。特に美月は今日、激しい稽古でしたし、疲れているのでしょう。これであなたともようやく腹を割れるというものです」


「……みっちゃんが起きてると、暴れだしかねない」


「まぁ、それもそうですね」


 この二人がここに来た理由なんてそれくらいしかないだろうな、と心に決めていたことだ。

 彼女たちからしたら、俺の存在なんて爆弾そのものでしかない。

 TRUE MIRAGEは何も美月だけのものではないのだから。

 霧歌さんは缶ビールを空になるまであおった後、カランと机に置いてから告げる。


「――美月にとってのあなたは今までこの子から再三聞いています。だからこそ単刀直入に聞きましょう。美月はあなたにとっての何なのでしょうか、と」


 膝の上では、この場で誰よりも呑気に美月は「すぴー……すぴー……」と小さな寝息を立てていた。


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漫画版「国民的アイドル~」の第9話がコミックニュータイプで掲載されています。

音楽祭編の開始話ですので、ぜひぜひそちらも読んでみてください!

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