第57話 アイドルたちがお酒を持ってやってきた件

「はいっ、霧歌さん」


 白井さんからの指名に呆然としていた俺だったが、隣では霧歌さんが静かに挙手をしていた。


「一つ。以前よりお聞きしようと思っていたことです。彼の……藤枝和紀くんのチーム入りは、誰の思惑でしょうか」


 霧歌さんは壇上と変わらないクールさを持ってして問う。


「……キリちゃん?」


 スライムのように溶けていた美月がピクリとアホ毛を揺らした。

 それに構わずに霧歌さんは続けた。


「彼自身か、白井さんを含めた会社か、あるいは――」


「TRUE MIRAGEの総合マネージャーたる私、白井久美子がスタープラネットミュージックの名の元にスカウトしています。それこそ、社運を賭けて・・・・・・


 霧歌さんの問いに、食い気味に言葉を被せたのは白井さんだ。

 赤縁眼鏡をクィと挙げたその所作は歴戦の経験からくる確かな自信を覗かせた。


「……白井さんの社運ギャンブルは当たる。これ、有名」


 と、今まで無口だった咲さんは驚きの顔を見せる。

 霧歌さんは白井さんの言葉に小さく頷くだけだった。


「白井さんが社運を賭けたのはこれで4回目、ということですね」


 むしろ4回も社運を賭けちゃったのか。

 それはそれで賭けすぎな気もするが――。


「? 前の3回はというと?」


 呑気な俺に対して、霧歌さんは顔色一つ変えずに答えてくれる。

「1度目はスタープラネットミュージック黎明期、素人の美月を発掘して社の看板アイドルに据えると決めた時。2度目はTRUE MIRAGEの結成にこの3人を集わせた時。3度目は第4シングルから美月を不動のセンターに据えると決めた時です。いずれも白井さんの慧眼を持ってして為せたこと。白井さんの一存がなければ、TRUE MIRAGEの現在の地位はおろかスタープラネットミュージック自体がすでになくなっていたとも言われています」


「……なるほどとびきり裏事情だ」


 トゥルミラのファン界隈では常識の知識として、美月(21)にとっては5年目の歴史を持つこのTRUE MIRAGEが初めてのアイドルグループだが、他の2人はそうではない。


 咲さん(22)は高校在学中にアイドル界に殴りこんできた。トゥルミラを組む前は2年ほどソロ活動をしていたという(だがその動画はどこにも出回っていない)。

 極度の人見知りで寡黙だった咲さんはアイドルとして致命的な弱点を背負っていた。

だが、クールビューティーをコンセプトにしたトゥルミラの作成と同時にメンバーに抜擢。

その弱点をクールさという武器に変えて現在に至る。


霧歌さん(25)は中学卒業と同時にこの世界に入ってきた。アイドル歴で言えばみちるさん率いるミスティーアイズと同じ10年目だ。

唯一、3年近く続いた地下アイドルグループ《あっぷる・あっぷる》も特に跳ねることもなく、同じく地下上がりからメジャーデビューしていったミスティーアイズの躍進を見守るだけとなった。

 その後、メンバーの卒業や脱退、持ち前のダンスの才を生かし事務所所属のアイドルのバックダンサーとして過ごしていたが、5年前にトゥルミラに加入。現在へと至る。


 美月と異なり、スタープラネットミュージック黎明期から会社を支える二人だからこそ感じることは大いにあるはずだ。


「彼の実力については先の音楽祭と、聴衆の反応からしても申し分はありません。そこに白井さんの社運ギャンブルが上乗せされるならばなおさらです。ですが――」


「……? ホントにどったのキリちゃん」


 きょとんと、クールビューティーの欠片もない美月を見て霧歌さんは唇を噛む。


「この賭けには、これまで以上の重い業・・・があるということは、白井さんのことです。承知の上、でしょうが……」


 霧歌さんの言葉に、白井さんはぐっと喉を鳴らした。


「それを飲んでも尚。私はこのチームを日本一にする責務があります。停滞しているチームには、残された道は後退しかありえません。多少のリスク・・・を被ってでも、私たちは前に進んでいくべきであると判断しました」


 第一回・新生TRUE MIRAGEチーム作戦会議は終了した。

 ――が、その話題の中心にいる俺にとっては、なんとも後味の悪さが残るものとなってしまった。


〇〇〇



 作戦会議が終わった日の夜。

 俺は自室で大学の課題に向き合いながらも心あらずが続いている状態だった。


 突発的にその場のノリと勢いでライブ参戦を決定させた音楽祭あの時とは違う。

 霧歌さんや咲さんが俺のチーム参加に懐疑的なのも至極当然だ。

 俺はそれをねじ伏せるだけの実績がまだないし、何よりも大きいのは美月絡みのことについてだろうな。


「……実績、か」


 目の前で上げられる実績と言えば、大瀬良の日本最後での演奏とも目される学期末の演奏試験だろう。

 特に今年は稀代の天才とも言われる大瀬良の姿を撮りに、色々な思惑が動くはずだ。

 マスコミやら一部の熱烈な大瀬良ファン、オーケストラへ勧誘したい勢力や芸能関係者、海外の著名音楽家らは押し寄せてくるだろう。

 格式ばった箱の中、権威づいた審査員の元で厳かに試験を進めたい大学側にとっては皮肉でしかないだろうが。


 と、ふいにインターホンが鳴る。

 こんな夜9時に、誰が……


『かーずーくーん、あーそーぼー』


 ……と思っていたら、とんでもない既視感デジャブだ。

 毎度毎度とんだサプライズである。


「って言ったって、こんな夜中に堂々と来てもいいのかよ⁉」


『ふぇ? 今日はサクサクコロッケがあるよ?』


「…………じゅるっ。いや待て抑えろ俺。そもそもだな、お前は毎回毎回不用心が――」


 と、なんだかんだで部屋の片づけを大急ぎで済ませながら話そうとする俺を遮る声があった。


『いえ、今回は私が美月にお願いしたのです。私は少しお高いインスタントを。和紀さんがお好きなようなので』


『……私もいる。……チョコパイある』


「――え?」


 その声の主は、霧歌さんと咲さんだった。

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